プロローグ ①

 俺はすみあき。この春から高校生になる十五歳。


 容姿端麗、学業優秀、スポーツ万能、金持ちの家に生まれ、超美人の姉妹までいる。


 誰もが羨む『持てる者』。


 非の打ち所がない、控えめに言って日本一の男。


 それが俺だ。


「アハハハハハハ! ハーッハッハッハ!」


 笑い声までカッコいい。


 唯一の悩みは、まったく女子にモテないこと。


 いくら考えても理由がわからないが。


 フッ──まぁ、そういうこともある。


 人生でもっとも大切なことのひとつは、狼狽うろたえないことだ。


 見苦しく騒いだり、冷静さを失って右往左往しないことだ。


 よってすみあきは、こんなことで狼狽うろたえたりはしない──そう、でもない限り、な。


 冷静に、前向きに、笑って目標へと進むのだ。


 中学卒業──そして、高校入学。


 環境の大きな変化は、絶好の機会だろう。


 頼れる生徒会長という人望だけではなく、高校では心機一転、女子にちやほやされる日々を送ってみせる!


 すみあきの名に懸けて、かなえてみせる!


 そう誓った翌朝のことだ──



 ──目覚めたら、女になっていた。



「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 洗面所の鏡に、こうごうしいまでの美少女が映っている。


 見苦しく絶叫する顔さえもがうるわしい。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 ぶかぶかの寝間着からのぞく素肌は、白くみずみずしくなまめかしい。


 額に汗を浮かべ、片方だけ露出した肩を上下させる……その吐息すらもれんだった。


 普段のすみあきだったなら、ようやく相応ふさわしい恋の相手が現れたと大喜びしただろう。


 いまはそれどころじゃなかった。


 まったくもってそれどころじゃない!



「バカな……バカなバカなバカなバカな……ッ!」


 完全に狼狽うろたえて、右往左往してしまっていた。


 


 それを察した瞬間、目の前が真っ暗になった。世界がひっくり返ったような衝撃だった。


 昨夜、つい数時間前だ。誓いを立てたばかりなのに……。


 高校生活の目標、壮大な夢と言ってもいい我が計画が、音を立てて崩れていく。


 のみならず……。


「ああぁぁ…………! ないないない!」


 いまにもずり落ちそうなズボンに片手を突っ込み、絶望の言葉を繰り返す。


「そんな…………」


 涙がこぼれた。


 自分の外見の中でも、ひときわ自慢の部位だったから。


 中学生にして、すでに二十センチくらいあったのに。


 今後の成長が大いに期待できると、日本一を目指せるかもと、いつも希望に満ちた目で眺めていたのに……。


「あぁぁ…………鍛え上げた片腕をうしなったような気分だ……」


 うっ……うっ……と、洗面所でえつを漏らす。


 それがしばし続き、やがて顔を上げた。


 眼前の鏡。人間離れした美貌に向けて、涙目で、半ば言い聞かせるように、


「ふぐっ……ひっく……不覚にも、ほんのすこし……ほんのチョッピリだけ狼狽うろたえてしまったが……が!」


 言う。


「そういうこともある。冷静に──前向きにいこう」


 立ち直りの早さで、すみあきは、誰にも負けない自信がある。


 女になってしまった。


 なってしまったものは仕方がない。ではどうするか。


 原因を究明したり、病院に行ったり──現実的な行動指針について、頭の隅で考えを進める。


 同時に、マジマジと鏡を見つめる。


「ふむ……ふむ…………ふっ……ふふ……フフフ……」


 ぽっ、と、美少女の頰があかみを帯びた。


「ふは、はは、ハハハ……」


 俺が笑うと、彼女も笑う。聞き慣れない美声と、聞き覚えのある響きで。


「アハハハハハハ! ハーッハッハッハ!」


 いいね。悪くない。


 調子が戻ってきたぞ。


 イイ感じじゃあないか、新しい俺。


 いや、もうこの一人称は相応ふさわしくない、な。


「今日から、は高校生──」


 ちょっとしたトラブルがあったものの。


 夢は、依然として変わりなし。


 わいい女の子から、ちやほやされる日々を送り──



「誰も経験したことのないような、とんでもない初恋をしてやるぞ!」

刊行シリーズ

私の初恋は恥ずかしすぎて誰にも言えない(3)の書影
私の初恋は恥ずかしすぎて誰にも言えない(2)の書影
私の初恋は恥ずかしすぎて誰にも言えないの書影