プロローグ ②
と、いうわけで。
わたし、
我ながら、さすがという他ないな。
そんな素晴らしいわたしの大活躍を描くにあたって、まずは──
妹について語っておこう。
つややかな黒髪と
心の
「私の部屋から、出ていってください」
お兄ちゃんに、めちゃくちゃ厳しい。
わたしを冷たく見据える
すでに制服を着ているのは、彼女が早起きで、今日が高校の入学式当日だからだ。
そう──女性でありながら、日本一の男であった
ああ、なんと妬ましい、好ましい。
羨ましい、誇らしい。
フフフ……このわたしにこんな感情を抱かせる存在が、この妹以外にいるだろうか?
いいや、世界中を探したっていないだろう。
「聞こえませんでした? 一秒以内に消えてください」
おおっと。愛する妹に
女になってしまったわたし、
今朝この家にいるのは、わたしと
自慢じゃないが、妹の連絡先など教えてもらっていない!
わたしはやむなく出たとこ勝負、妹の部屋に飛び込んでこう言い放った。
『おはよう、
『そうですか。いま取り込み中なので──』
『──私の部屋から、出ていってください』
とまあ、こうしていまへとつながるわけだ。
説明終わり。
しかし、まあ。
愛する兄が、超大事件を持ち込んできたというのに、リアクションが冷淡だこと。
それを、
人生でもっとも大切なことのひとつは、
この妹が動揺したり、冷静さを失って右往左往するところなど、想像もできない。
まさしく
「さすがは我が妹だ。『一夜明けたら、お兄ちゃんがお姉ちゃんになっていた』事態に、ビクともしないとはな」
久しぶりに驚く顔が見られるかも、と、期待していたのだが。
残念、当てが外れた。それはそれとして。
「すぐに納得してくれて助かったぞ。正直、話がこじれて警察を呼ばれる覚悟だった」
「ここまで人の話を聞かない愚かな人は、他にいませんから」
「やっぱり……ほんとうに……
皆様、お聞きになりました?
血のつながった実の兄。魂の半身ともいうべき双子のお兄ちゃんへの呼称が──
なんって他人行儀な!
ぐぬぬぬ……我々きょうだいの関係が、少しは伝わったのではなかろうか!
まっこと遺憾な状況である。
ここで宣言しておこう。
女子にモテたいというのが、わたしの崇高なる大目標だがッ。
──ターゲット第一号は貴様だ
──必ずや『大好きですっ、お姉さま♡』と甘えた声で言わせてやるぞ!
わたしはそんな決意を燃やしつつ、上機嫌に返事をする。
「ハッハッハ、ほんとうにわたしなんだよ。すごいだろう?」
「事情はわかりました。大変ですね。さ、出ていってください」
氷のようなまなざしで、しっしっ、と、追い払うような仕草をしてくる。
「出ていく前に、少しだけ、そこの大きな鏡を使わせてくれない? 超美少女になった自分を、よく眺めたいんだ」
「…………ばかじゃないですか?」
辛辣すぎて
「どこが?」
「色々。すべてが。たとえば、すでに一人称が『わたし』になっているところとか」
「あぁ、わたしに合っているだろ?」
「よく合ってますけど……葛藤とか……ないんですね」
「まったくない。この一人称が自分に合っていて、魅力的だと思うからだ」
やたらと重くなってしまった胸を張って、断言した。
「この状態が続くようなら、もう少し、話し方を調整した方がいいかも──とは思う……思うわ? 思います、わ? ──どう? こんな感じで
こてんと首を
「適応力が高いのは結構ですけれど……」
「どうするつもりなんですか?」
端的な問いだった。こちらも端的に本音を返す。
「フッ、心配するな。なるようになる」
「
ここ数年、ときおり
いまがそうだ。乙女を軒並み卒倒させてしまいそうな美声で、
「私、きみのそういうところが嫌いです」
「わたしは、
「……はあ」
もう一度、ため息をつかれてしまった。部屋の隅、大きな姿見を手で示し。
「ご勝手にどうぞ」
「ありがとう」
わたしは遠慮なく鏡の前へ。
輝かんばかりの容姿を眺め、改めて思う。
「はー……これはすごいな。まさか女になったわたしが、ここまで美少女だとは……」
大きなものを
誇らしい気持ちを抱くわたしの背に、低く恐ろしい声が届く。
「……なにをしているんです?」
「鏡の前で自分の胸をもんでいる」
「最悪ですね。倒錯した変態行為を他人に見せつけるなんて」
言葉で責められているだけなのに、背中が傷だらけになりそうだ。
相変わらず潔癖なやつ。
「しかし……薄々察していたが……予想通りの検証結果だな」
「なんの話ですか?」
「いまのわたしは、このとおり、めちゃくちゃ
「……はいはい」
「それなのに、ぶかぶかの寝間着を着たあられもない姿を見ても、胸をもんでみても、あんまり楽しくはない。いつも鏡を見るときの感情と変わらない。まったく性的な興奮が起こらない」
「そうですか」
わたしは彼女に背を向けたまま、ぶつぶつつぶやく。
「これが女になった影響か……それとも自分自身だという意識があるせいか……もしくは……ぐぬぬ……やはりアレを
「アレとは?」
「ちんちんだ」