2章 ⑧
女子トイレにて、かつての部下に追い詰められるわたし。
我が相棒とはいえ、軽々に秘密を明かすわけにもいくまい。
まずは
「『なんなの』と言われてもな。わたしは、
「あたしが聞きたいのは、そんなどうでもいいことじゃない!」
「なら、なにが聞きたいんだ」
「あんたは誰? ちーくんは、どうしたの?」
メイの声には、怒りと不審、そして……隠しきれない不安がまじっていた。
それも当然。メイからしたら、いまの状況は、不可解なんてものじゃない。
同姓同名の女に取って代わられているのだから。
怖い都市伝説みたいな話である。
そんな状況下で、明らかに元凶っぽいわたしに、直接
百聞は一見に如かず。
心苦しいな。その熱い友情に、虚偽で応えなくてはならないとは。
「ち、ちーくんは……」
自分で自分の愛称を口にするの、めっちゃ恥ずかしいな。
わたしは、奇妙なシチュエーションに思考力を低下させながらも。
華麗な言い訳をひねり出した。
「突然思い立って、オーストラリアに留学したらしい」
「え……な、なんのために?」
「……コアラとか、好きだから」
「あー……………………ありそう」
深く納得するメイ。
なんかいま、不敬なリアクションをされた気がするな?
「ちーく……
「偶然だ」
「……それで押し通せると思ってるわけ?」
「他に言いようがない。フッ──このわたしと同姓同名だなんて、
「言動もそっくりなのよね……」
じろじろと眺めまわしてくる。
いかん……怪しまれている……。
さすがに『元上司が女になっている』という発想には至らないだろうが……。
わたしはごまかし半分、興味半分の
「超イケメンの生徒会長で、全校生徒から慕われていたそうじゃないか?」
「バカ殿って呼ばれていたわ」
「え…………マジで?」
初耳なんだが?
「まぁ、みんなから愛されてたのは間違いないと思うケド。仕事ができるコアラ的な?」
「ふ、ふ、ふぅ~~~ん……そうなんだぁ……
こっ……こんなハズでは…………。
皆さん! 唐突なたとえ話で恐縮だが!
ソシャゲのガチャで爆死して、大量のお小遣いを溶かし、なのに……。
どうしてもどうしても諦めきれない。そんな経験がおありだろうか?
わたし、ちょうどいま、そんな気持ち。
涙を必死にこらえ、
「
追いガチャを回すように、問うた。
「その理由ってなんだかわかる?」
「バカだからでしょ」
こいつ! 覚えとけよ!
「……が、学年首席で、生徒会選挙でもぶっちぎりだったんでしょ……?」
「残念ながら、頭が良くて有能なのとバカなのは両立するのよ」
「ぐぬぬ……」
ボディブローを連打されているような精神ダメージが入っている。
「だ、だがっ! さすがに一度も告白されたことがないのはおかしくないか!? そのへんのアイドルなんぞよりずーっとカッコよかったろ! そんな素敵な男の子が同じ学校にいたらだよ? 誰かひとりくらい『
「なんでそんなに必死なのよ!?」
「やかましい! 交換条件だ! わたしだって色々教えてやったんだから、そのぶん聞かせてもらおうか!」
「どうして、『ちーくんのコトを好きになった女の子がひとりもいなかったのか』……ねぇ」
くすっ、と、メイは意地悪そうに笑って、片目をつむった。
「そーいう血迷った子には、副会長のあたしが責任を持って、『
「……お、おまえ……おまえ…………」
「被害者が出る前に、すべて幻滅させていたわ!」
我ながら
「犯人はおまえかあー!」
「うわあ! なにっ!?」
わたしに胸倉をつかまれて驚くメイ。
どうも女の
わたしは、胸倉をつかんだ手を震わせて、
「うぐぅぅぅ…………! ひどい……ひどぃぃ……!」
「きゅ、急に泣かないでよ! 意味わかんない!」
ずっと我慢していた涙があふれてきたタイミングで──
「なにをしているんですか」
勢いよく扉が開き、激しい吹雪が吹き込んできた。……かのように見えた。
わたしが涙を流した途端、現れたのは
彼女は厳しい顔で、場を見回す。
「メイに連れていかれたと聞いて、慌てて追いかけて来てみれば……これはなんです?」
わたしは、妹の腕にすがるように抱き着き、我が青春を灰色に変えた元凶を指さした。
「
「うええええええええええ!?」
目をまん丸にして驚くメイ。
「メイ?」
と、名を呼ぶ。それだけでメイはすくみあがり、降参するように両手を挙げた。
「違う違う違うって! まだイジメてないわ!」
「なら、どうして彼女は泣いているんです?」
「『
「………………想定の百倍くだらない理由ですね」
くだらなくないっ! 断じてくだらなくないもんっ!
当時のわたしが恋をできたかどうかはさておき、
『中学生の頃、女の子に告白されたことがある』という人生の実績は、もう二度と獲得することができないんだぞ! くそう……くそう……なんということを……。
ぎゅーっと妹の腕を抱きながら、悔し涙を流す。
そこで、
「ああっ、そんな話、いまはどうでもいいのよっ!」
メイが、切羽詰まった様子で、
「
「……ごめんなさい、ほんとうに、色々あって……メイへの説明が遅れてしまいました」
「その……
「ちーくんはっ?」
「オーストラリアで、コアラに食べられて死にました」
なんだそのふざけた死因は……!
信じられん。
高校生にもなって、こんなアホな言い訳で納得するやつなどいるわけが──
「ふ……ぅ……ふぐぅぅ………! そんな……そんなぁ……」
いた!?
え? まさか、もしかしてわたし……この死因がありえるって思われてる……?
「お、おい……
「そ、そんなことを言われても……気の
「だからってコアラに
我ら双子が現実逃避まじりの会話をするわきで、
「ふぐぅ……ふぐぅぅ…………ふぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!」
メイはボロボロ涙を流して、
「あたし……まだ、まだ………あいつにっ……」
「
わたしの周囲は昨日から、泣いて騒いでばっかりだ。
熱い友情の涙は、わたしたちの胸を罪悪感で焼き焦がす。
わたしと
「メイ! ごめん!」
「
こうして……。
高校生活二日目にして、わたしの正体を知る者がひとり、増えてしまったのである。
「……はぇ?」