2章 ⑧

 女子トイレにて、かつての部下に追い詰められるわたし。


 我が相棒とはいえ、軽々に秘密を明かすわけにもいくまい。


 まずはけんせいする意味も込めて、とぼけてみる。


「『なんなの』と言われてもな。わたしは、すみあきすみかえでで、遠方に住んでいたが、こっちの学校に通うため、これから三年間、同じ家で暮らすことになったのだ」


「あたしが聞きたいのは、そんなどうでもいいことじゃない!」


「なら、なにが聞きたいんだ」


「あんたは誰? は、どうしたの?」


 メイの声には、怒りと不審、そして……隠しきれない不安がまじっていた。


 それも当然。メイからしたら、いまの状況は、不可解なんてものじゃない。


 おさなじみで、親友の兄で、敬愛する元上司でもあるすみあきが、ある日いなくなって。


 同姓同名の女に取って代わられているのだから。


 怖い都市伝説みたいな話である。


 そんな状況下で、明らかに元凶っぽいわたしに、直接ただしてくるのだから……。


 百聞は一見に如かず。


 西にしあらメイとは、こういうやつなのだ。


 心苦しいな。その熱い友情に、虚偽で応えなくてはならないとは。


「ち、ちーくんは……」


 自分で自分の愛称を口にするの、めっちゃ恥ずかしいな。


 わたしは、奇妙なシチュエーションに思考力を低下させながらも。


 華麗な言い訳をひねり出した。


「突然思い立って、オーストラリアに留学したらしい」


「え……な、なんのために?」


「……コアラとか、好きだから」


「あー……………………ありそう」


 深く納得するメイ。


 なんかいま、不敬なリアクションをされた気がするな?


「ちーく……あきと、あんたが同姓同名な理由は?」


「偶然だ」


「……それで押し通せると思ってるわけ?」


「他に言いようがない。フッ──このわたしと同姓同名だなんて、かえでのお兄さんとやらは、さぞかし素晴らしい……男の中の男だったのだろうなぁ!」


「言動もそっくりなのよね……」


 じろじろと眺めまわしてくる。


 いかん……怪しまれている……。


 さすがに『元上司が女になっている』という発想には至らないだろうが……。


 わたしはごまかし半分、興味半分のあんばいで、かつての部下に聞いてみた。


「超イケメンの生徒会長で、全校生徒から慕われていたそうじゃないか?」


「バカ殿って呼ばれていたわ」


「え…………マジで?」


 初耳なんだが?


「まぁ、みんなから愛されてたのは間違いないと思うケド。仕事ができるコアラ的な?」


「ふ、ふ、ふぅ~~~ん……そうなんだぁ……学内での印象パブリツクイメージがコアラ……ヒト科ですらない……」


 かえでは『氷の王子様』とかそういう感じで呼ばれていたのに……。


 こっ……こんなハズでは…………。


 皆さん! 唐突なたとえ話で恐縮だが!


 ソシャゲのガチャで爆死して、大量のお小遣いを溶かし、なのに……。


 どうしてもどうしても諦めきれない。そんな経験がおありだろうか?


 わたし、ちょうどいま、そんな気持ち。


 涙を必死にこらえ、


あきお兄様ってぇ、超カッコいいのにぃ、モテなかったって聞いたけどぉ………………」


 を回すように、問うた。


「その理由ってなんだかわかる?」


「バカだからでしょ」


 こいつ! 覚えとけよ!


「……が、学年首席で、生徒会選挙でもぶっちぎりだったんでしょ……?」


「残念ながら、頭が良くて有能なのとバカなのは両立するのよ」


「ぐぬぬ……」


 狼狽うろたえない主義のわたしだが。


 ボディブローを連打されているような精神ダメージが入っている。


「だ、だがっ! さすがに一度も告白されたことがないのはおかしくないか!? そのへんのアイドルなんぞよりずーっとカッコよかったろ! そんな素敵な男の子が同じ学校にいたらだよ? 誰かひとりくらい『あきサマのこと好き!』ってなる女の子が現れても……いいじゃない?」


「なんでそんなに必死なのよ!?」


「やかましい! 交換条件だ! わたしだって色々教えてやったんだから、そのぶん聞かせてもらおうか!」


「どうして、『ちーくんのコトを好きになった女の子がひとりもいなかったのか』……ねぇ」


 くすっ、と、メイは意地悪そうに笑って、片目をつむった。


「そーいう血迷った子には、副会長のあたしが責任を持って、『と付き合わない方がいい理由』を教えてあげてたもの」


「……お、おまえ……おまえ…………」


「被害者が出る前に、すべて幻滅させていたわ!」


 我ながらい仕事だったとばかりに、満足げにするメイ。


「犯人はおまえかあー!」


「うわあ! なにっ!?」


 わたしに胸倉をつかまれて驚くメイ。


 どうも女の身体からだになってから、感情を抑えられなくなっている。


 わたしは、胸倉をつかんだ手を震わせて、


「うぐぅぅぅ…………! ひどい……ひどぃぃ……!」


「きゅ、急に泣かないでよ! 意味わかんない!」


 ずっと我慢していた涙があふれてきたタイミングで──



「なにをしているんですか」



 勢いよく扉が開き、激しい吹雪が吹き込んできた。……かのように見えた。


 わたしが涙を流した途端、現れたのはかえでである。


 彼女は厳しい顔で、場を見回す。


「メイに連れていかれたと聞いて、慌てて追いかけて来てみれば……これはなんです?」


 わたしは、妹の腕にすがるように抱き着き、我が青春を灰色に変えた元凶を指さした。


かえでぇ~! こいつにイジメられたぁ~~!」


「うええええええええええ!?」


 目をまん丸にして驚くメイ。


 かえでは彼女をジロリとにらみ、


「メイ?」


 と、名を呼ぶ。それだけでメイはすくみあがり、降参するように両手を挙げた。


「違う違う違うって! まだイジメてないわ!」


「なら、どうして彼女は泣いているんです?」


「『生徒会長バカの外見にだまされた可哀かわいそうな女の子を救ってあげていた話』をしたら……泣いちゃった」


「………………想定の百倍くだらない理由ですね」


 くだらなくないっ! 断じてくだらなくないもんっ!


 当時のわたしが恋をできたかどうかはさておき、


『中学生の頃、女の子に告白されたことがある』という人生の実績は、もう二度と獲得することができないんだぞ! くそう……くそう……なんということを……。


 ぎゅーっと妹の腕を抱きながら、悔し涙を流す。


 そこで、


「ああっ、そんな話、いまはどうでもいいのよっ!」


 メイが、切羽詰まった様子で、かえでに向かって声を張り上げた。


かえで! いったいどういうことなの! 昨日からずーっとあたしの連絡無視してえっ! ……あきが……ちーくんが……あたしを置いて留学したって……そんなのうそよね!?」


「……ごめんなさい、ほんとうに、色々あって……メイへの説明が遅れてしまいました」


 かえではそこで、沈痛そうな面持ちになった。


「その……すみくんは……」


「ちーくんはっ?」


「オーストラリアで、コアラに食べられて死にました」


 なんだそのふざけた死因は……!


 信じられん。


 高校生にもなって、こんなアホな言い訳で納得するやつなどいるわけが──


「ふ……ぅ……ふぐぅぅ………! そんな……そんなぁ……」


 いた!?


 え? まさか、もしかしてわたし……この死因がって思われてる……?


「お、おい……かえで、おまえのせいで泣いてしまったぞ……!」


「そ、そんなことを言われても……気のいた言い訳なんて、とつに出てこなかったんですよ!」


「だからってコアラにわれたはナイだろ……やつらは草食だぞ……」


 我ら双子が現実逃避まじりの会話をするわきで、


「ふぐぅ……ふぐぅぅ…………ふぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!」


 メイはボロボロ涙を流して、すみあきの死を嘆いてくれている。


「あたし……まだ、まだ………あいつにっ……」



づだえてなかったのにぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」



 わたしの周囲は昨日から、泣いて騒いでばっかりだ。


 熱い友情の涙は、わたしたちの胸を罪悪感で焼き焦がす。


 わたしとかえでは、顔を見合わせうなずきあい、


「メイ! ごめん!」


すみくんは……生きています」


 こうして……。


 高校生活二日目にして、わたしの正体を知る者がひとり、増えてしまったのである。


「……はぇ?」

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