2章 ⑦

 ふいに、わたしを巻き込む話題が始まった。


「それは……」


 かえでの王子様フェイスに、わずかな亀裂が入る。


 説明するのいやだなぁ……みたいな雰囲気で、


同士なんです」


「一緒に暮らしてるんだ」


 ごりっと集団に割り込んでいくわたし。


 おもむろにかえでの隣に立って、


「姉妹同然の関係」


 妹の肩に手を置いた。


「な、かえで


「……………………」


 なんで嫌そうな顔すんの?


 ついさっきまで騒々しかった周囲は、わたしの登場とともに、しんと静まり返っている。


 かえでがどう返事をするのか、待っているんだろう。


 とうのかえでは、しばし言葉をさまよわせてから、肩に置かれた手をさりげなく払う。


 さながら、肩に付いたゴミを払うような仕草でだ。


 でもって、


「この……すみくんとは、皆さんと同じく、出会ったばかりなんです。姉妹のような関係になれるかは……まだわかりませんが。ともに……よき学校生活を送れたらいいな、と、思っています」


 すみあきと仲良しだとは言いたくない。その上で、この場を無難にまとめたい。


 そんな意図が(わたしだけに!)ビシビシと伝わってくるような、言葉の選択であった。


 フッ、照れ屋さんめ。


 かえでの意図は、もちろんクラスの皆さんには伝わらない。


 場は再びけんそうを取り戻し、


「うわぁ~、美少女姉妹ってカンジ~♪」


「クラスに王子様とお姫様がそろうという奇跡……」


「エ~、なんですみくん呼びなの、おもしろーい」


 などなど様々なリアクションが飛び交い始めた。


 ちなみに、かえでがわたしのことを『すみくん』と男のように呼ぶ件について、実はわりと心配していたのだが……『おもしろーい』の一言で受け入れられてしまったぞ。


 女子高生、テキトーすぎんか?


「同じ名字の人がふたりいるから、どう呼び分けよっかーって迷ってたんだけど」


「『かえでさま』と『すみくん』でいいかな?」


 放っておくとその通りになってしまいそうだ。わたしは慌てて、


「やめてくれ」


「えーっ、なんでぇ?」


「それは……えっと……かえでにのみ許した『特別な呼び方』だからな」


 女子高生に相応ふさわしい超適当な理由を述べるわたし。


「だからわたしのことは、ぜひあき様と──」


「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」


 ぐえー、鼓膜破けそう。


 わたしが続けようとした言葉は、女子高生たちの歓声によって、たやすくかき消されてしまう。


「『特別な呼び方』だって! えもーい!」


「じゃーあー、あたしたち下々のものは、あきちゃんって呼ぶねっ!」


「よろしくあきちゃんー」


「……あ、あぁ……よろ……しく」


 わたしだって『テンションが高すぎる』とよく言われる方なのに……。


 集合した女子高生のスーパーハイテンションに付いていけない……。


 抵抗むなしく、学校でのわたしの呼称は『あきちゃん』になってしまった……。


 クラスの女子たちの好奇心は一向に衰えず、質問はさらに続く。


「入学式のときの挨拶、あれってどういう意味!?」


「彼ピ募集中なの~?」


「彼女でもおけみたいなこと言ってたよね」


 どいつもこいつも押しが強くてひるんでしまうが……。


 こればかりは、はっきりと言っておかねばならない。


 わたしの夢をかなえるためにもだ。


「わたしは、いままで恋をしたことがない。だから、高校では積極的に恋愛をしたいと思っているんだ」


「ふむふむ」


「なるほどなー」


 傾聴の態勢になる女子たち。


 素直でよろしい。


 ちらりと見れば、男子たちも聞き耳を立てている様子。


「恋をしたことがないんだから、自分の恋愛対象もわからない。わたしは女だけど……」


 元男だから。


「女の子にときめくかもしれないだろ」


「はぇ~」


「それであの挨拶なんだぁ~」


 よし、うまいこと挨拶の補足ができたようだ。


「というわけで、初恋探し真っ最中のわたしを、改めてよろしく」


 恋人募集中ですよ! ちやほやしてもいいですよ!


 そんな意図を込めて言うが、クラスメイトたちの反応は鈍かった。


 男子も女子も、みんなそろって「はぇ~」とほうけて、自分とは関係ない世界の話だなぁ……という感じの顔をしている。


 ぜんっぜん当事者意識ないな、きみたち。


 全校生徒が、このわたし・すみあきサマの栄えある恋人候補だというのに。


 もっともその理由は、すぐに発覚した。


 とある女子が、まるでクラス全員の代弁をするかのように、こんなことを言ったからだ。


「それならよかったね、あきちゃん」


「ん? なんで?」


「学校で一番かっこいい人と、一緒に暮らしてるんでしょ?」


「………………………………」


「すぐにできるんじゃない? 初恋」


「…………………………………………………………………………………………」


 会話中にもかかわらず、わたしは不自然に停止し、六十秒もの間、動けなくなった。


 最初の十秒は、あまりにも想定外すぎる発想だったから。


 次の四十秒は、かえでとラブラブカップルになっている自分を想像してしまい、謎の精神負荷がかかっていたから。


 そして最後の十秒は……納得である。


 クラスのみんなは、宇宙最高レベルの美少女であるすみあきちゃんと自分が、恋人関係になるという発想がないのだな、ということだ。


 スーパーウルトラ王子様系美少女であるかえでとならお似合いだよねー、というノリなのだ。


 こーれはよくない。よくないぞぉ……。


 わたしがクラスでモテモテになるという未来図が崩壊していく……。


 額を汗でらし、危機感を募らせるわたし。


 そんなわたしをよそに、かえでが静かに立ち上がった。


「ごめんなさい。少しだけ、席を外します」


 彼女は、のエフェクトを背負いながら、扉へと向かう。


「……私とすみくんは、皆さんが思うような関係にはなりませんよ」



「彼女が、私にときめくなんて……ありえませんから」



 憂いを帯びたまなざしでささやいて、いずこかへと去っていった。


 ああ……。めちゃくちゃカッコよく退場していったけど……。


 たぶん女子に囲まれて、ちんちん生えちゃったんだろうな。


 いやー……おまえ、節操なさすぎんか……?


 そんな風に、妹の下半身を心配するわたしの表情は、果たして……。


 クラスメイトからは、どのように見えていたのか。


「すれ違い尊い……」


かえでサマぁ……切ないよね……」


「えもーい!」


 彼女らには、わたしとはまったく別のものが見えているようであった。


 なんだこいつら。


 そして、かえでが教室を出ていったのと入れ替わるようにして、ひとりの女子生徒が教室に入ってくる。


「おっはよーっ!」


 制服を着崩している彼女は、れするような笑顔と色香を振りまきながら、まっすぐこちらへと歩いてくる。


 十五歳とは思えぬ豊満な肢体。


 放つオーラは、芸能人顔負けの華々しさだ。


 奔放さと育ちの良さが、矛盾なく成立しているその様は、まさしくクラスカースト最上位女子のかんろくといえよう。


 しく女性を魅了するかえでとはまた違う、男性を超強力にきつけるタイプの美少女。


 めちゃくちゃ彼女は、座っているわたしの前で止まり、すとんっと表情を消した。


 皆に背を向け、わたしを冷たく見下ろし、わたしだけに伝わるように──


「ねぇ……あんた、顔貸しなさいよ」


 イジメっ子かな?


 わくわくしながら、人気のない女子トイレに連れ込まれるわたし。


 いまこの瞬間こそが、女子高生二日目、最大の難関。


 それはわかっているのだけど、


『ふわぁ~、マンガで見たやつだぁ~!』


『本当にあるんだ……こんな展開!』


 という初体験への感動が消しきれない。


 きっとわたしの両目は、キラキラと輝いていることだろう。


「……なんか、楽しそうね?」


 いぶかし気にしているイジメっ子──という言い方はよくないな。


 彼女はきっと、わたしをイジメたくってこんなことをしているわけじゃない。


「そ、そんなことはないぞ」


「ふん、まぁ……いいけど」


 こういえば察してくれるだろうか。


 彼女は、西にしあらメイ。



「……で、あんた、なんなの?」



 わたしたち双子をよく知る、おさなじみにして。


 中学時代、すみあき会長政権下にて、生徒会副会長を務めていた──


 わたしの頼れる相棒である。

刊行シリーズ

私の初恋は恥ずかしすぎて誰にも言えない(3)の書影
私の初恋は恥ずかしすぎて誰にも言えない(2)の書影
私の初恋は恥ずかしすぎて誰にも言えないの書影