2章 ⑥

 あっという間に、高校生活二日目の朝が来た。あるいはこう言い換えてもいいだろう。


 女になって二日目の朝、と。


「ん~~~~~~~~~~~~~~~っ! よく寝たあ!」


 さあ、今日も一日がんばろう!


 カーテンから漏れる春の朝日。うららかな陽気である。


 なにやら昨日の記憶が……買い物を終えたあたりから曖昧だが。


 うん! 深く考えてはいけない気がする!


 真新しいパジャマの感触を楽しみながら、洗面所へと向かい、顔を洗って──


「……あ」


「……っ」


 かえでとばったり出くわした。


「おはよう、かえで!」


 わたしはいつものように、気さくな挨拶を投げかける。


 いつものかえでなら、完全に無視するか、冷たいいちべつをくれる場面。


 で、今日のかえではどうかというと、


「……もういいんですか? 体調」


 優しい! いつもと違う!


 なんで? 失われた記憶の中で、いったいなにがあった……?


 わたしは若干おののきながら、


「あ、ああ……すこぶる快調だ」


「そうですか」


 冷淡に告げて、かえではわたしとすれ違う。


 すげない声は、とてもとても聞き慣れたもので……。


 逆に安心してしまった。


 その後はリビングにて、朝食。すみ家の食事は当番制だ。


 今朝のメニューは、妹の手作りサラダとスープ。


 何日も家に帰ってこないことも多いゆう姉さんだが、今日からは、一緒に食べる機会が多くなるだろう。


「ふぁぁ……普段なら、これから寝始めるところなんだがなー。まさかこの年になって学校に通うことになろうとは……人生ってわからんなー」


 寝ぼけ眼で、そんなことを言っていた。


 食事中、かえでとの会話は一切なし。わたしを避けるかのように、先に家を出て行ってしまう。


 本当なら、強引に一緒に登校しようと思っていたのだ。


 なぜそれがかなわなかったかといえば……。


「くぬぅ……くぬぅ……くそっ、このブラジャーとかいうやつは……! なんって面倒な!」


あき、おまえ…………想像を絶する不器用さだな。こんなもん、ただ着けるだけだろうに」


 いやいやそれは事情が違うだろ。


 サイズ的な意味で……。


 着けやすさだって……だいぶ、だいぶ……違うんじゃない……? ゆう姉さんは、ブラを装着しようとしてるとき……ばるんっ、とこぼれ落ちたり……しないでしょう?


 もちろん、そんな命知らずな台詞せりふは吐けないが、


「がー、姉さんやってぇ!」


「ったく、しょーがないな……」


 しばらくは修業の日々が続きそうである。


 で。


 なんとか身支度を済ませたわたしは、昨日よりもサイズが大きめの制服に袖を通す。


 入学式で着たものと同様、学校から借りた仮のものだ。


 わたしにぴったりの制服が届くまで、しばし日数がかかるだろう。


 わたしはかえでの並木道を通り、さっそうと登校する。


「おっはよ~う!」


 一年一組の教室へと、元気よく挨拶しながら入っていく。


 昨日は色々あったので、クラスメイトとは今日が初顔合わせ、ということになる。


「おはよう!」


すみさん、おはよう!」


「昨日、挨拶すごかったねー」


 などなど、男子女子ともに、めちゃくちゃ好意的な反応。


 このわたしが戸惑うほどだ。


「おお……?」


 なんとなれば、いままでの人生で、一番フレンドリーな朝の教室かもしれなかった。


 もちろん中学時代、男だった頃のすみあきも、全校生徒から慕われる生徒会長だった。


 恋愛的にはまったくモテなかったし、告白されたり、甘い手紙をもらったり、黄色い歓声を浴びたり……そういった色っぽい出来事はなにひとつ! なかったけれども!


 ここであまり長いエピソードを披露するのもナンなので、根拠は話せないが──みんなからちゃんと慕われていた自信がある。


 なにせ日本一の男だから。


 しかし……しかしだ。


 かつての『俺』に声をかけてくる生徒たちは、ここまで幸せな笑みを浮かべてはいなかった。


 初対面の時点で、『おおっ、なんかチョー好かれてるっぽくな~い?』という強~い手応えを覚えることは、なかった。


「こっ、これが美少女パワーなのか?」


 すげー。


 フ……フフ、フハハハッ! 素晴らしい! 圧倒的じゃないか!


 これが新たなるわたし、ニューあきの魅力なのだ……!


 すなわち、外見・イズ・パワーッ! これぞ世界の絶対法則……!


「ったく、かえでのやつ、おどかしおって……」


 ノーブラで演説するバカ女だと思われましたよ──なぁんていうから、ちょっぴり緊張しちゃったじゃないか。


 まったく問題ない──どころか、一日目にしてクラスの人気を独り占めできそうだ。


 ククク……フフフ……。


 さぁ見ているがいい、かえで! 我が妹にして好敵手よ!


 一年一組は、おまえではなく──このわたし、すみあきサマが支配するッ!


「みんな、改めて──すみあきだ! これからよろしく頼む!」


 温かい声にたたかれながら、あらかじめ知らされていた自分の席へと進む。


 ちなみにわたしの席は、かえでの席の斜め後ろなのだが──


かえでさま! あの……っ……私、ずっと憧れてました!」


 いきなり女の子から告白されとるー!?


 は? は? はあ~~~?


 じ、自分のコトを『かえでさまぁ~』とか呼ばせて!


 恥ずかしくないんか???


 逆恨みのまなざしを向けるわたし。


 かえでは赤のエフェクトが咲き乱れそうなしさで、


「ありがとう。私のこと、以前から知っていたんですか?」


「ああっ、初対面なのにれしくてごめんなさいっ! 去年、部活の試合で遠征したときに……お見かけして……」


「そう……どうりで、見覚えがあるなと思いました」


 かえでは、どぎまぎしている女の子に、優しくほほみかける。


 それだけで相手は、ぼんっと爆発したみたいに赤面する。


 でもって、


「きゃあ~~~~~~~~~~~~~♡」


 甘く黄色い悲鳴。


 このわたしが、人生で一度たりとも身に受けたことのないものだ。


 そんなやり取りをきっかけに、かえでのそばに女の子たちが集まっていく。


「あー、あんただけずるい~!」だの「あたしもあたしも!」だの。


かえでさま、わたし、ファンクラブ作ります!」だの……。


 なぁにあれ~? わたしが席に座れないんですけどぉ~?


「ぐぬぅぅぅ……………………!」


 シャツの胸元に指をい込ませるわたし。


 ……胸がムカムカしてきた。


 この慣れ親しんだ敗北感よ……。


「一年間、よろしくお願いします、皆さん」


 かえでがそんな挨拶をしただけで、アイドルライブのような大歓声がとどろいた。


 このわたしを差し置いて、かえでは、このクラスを完全に支配しようとしていた。


 中学時代と同じようにだ。


「ば、バカな……」


 同じ超級美少女になって、対等の条件になったハズでは……?


 納得いかんぞぉ……なぜこうもヤツは女にモテまくるのか!


 だって、まだなんっにもしてないじゃん!


 カッコいいスピーチをしたわたしよりモテるの……おかしくない?


〝魅了〟の魔法でも使ってるの?


 女の子にだけ効くフェロモンでも分泌しているのではあるまいな!


かえでさん、こちらこそ、よろしく!」


「私、かえでさまと同じクラスになれてよかったあ~!」


「ごめんなさい……恥ずかしいから……あまり触るのは……」


「照れ屋さんなところもわいい~~~~~♡」


 ぐあーっ、なんか今日は、いつにも増してモヤモヤするなあ!


 新生『すみかえでファンクラブ』が結成される様子を、わたしは、ぷくーっと頰を膨らませて眺めていたのだが……。


「ところで、昨日からずっ……と気になってたんですケド!」


すみって名字、このクラスにふたりいるよね?」

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