2章 ⑤

 ショッピングモールでの買い物を終えたわたしたちは、紙袋を提げて帰途をゆく。


 いまのわたしの服装は、最初の店で選んでもらったものだ。


「今日は楽しかったなー!」


「正気ですか? 人生最悪の日だと思いますけど」


「わたしにとっては、最高の日。妹と一緒に買い物して、並んで街を歩くとかさ。なつかしい感じがした」


「……………………」


 かえでにとっては災難だったかもしれないが。


 男のままだったら、今日、こんな日にはならなかった。


すみくん……買い物とか、新しい服とか、興味なかったのでは?」


「昨日まではそうだったかも」


 こうして女になって。


 新しい服で街を歩く。


 たったそれだけのことが、こんなにもうれしい。


 新鮮な喜びが、わたしのテンションを引き上げていた。


 そんなときだ。


 突然、わたしたちの進行方向を人影が遮った。


「こんにちはー」


「オレたちと遊びにいかない?」


 体格のいい二名の男性だ。見た感じ高校生か……大学生くらいだろうか?


「こッ、これは……もしや……」


 街を歩いていて、急に、異性から声を掛けられる。


「ナンパというやつではー!」


 わたしはつい、目を輝かせてしまった。


「うひょー! どうしようかえで! わたし、生まれて初めてモテてるぅ~~~~~!」


「男にモテてうれしいんですか?」


 妹から白い目で見られた。


「正直色々複雑! でも新鮮な体験ではある! うわーうわーうわー、本当にこういう台詞せりふ言うんだあ~!」


 きようしんしんで男たちを観察していると、手首をつかまれた。


「なぁ、ふざけてんの?」


「あ、すまん」


 完全に動物園に来たようなノリになっていた。


 あんな態度で眺められたら、不快に思っても仕方がないだろう。


「悪いと思うなら、付いてこいよ」


「フッ、それは断る!」


 これでもジムに通って鍛えているんだ。


 女の子にモテるためにな。効果はちっともなかったけれど。


 わたしは男につかまれた手を振り払おうと試みるが、


 ──あれ、わたしよりも力が強いなこいつ。


 あえなく失敗。そこであせりとともに気付く。


「こっ……!」


 この身体からだ、めちゃ弱体化してるー!?


 うっそお……女の子って、こんなに腕力ないの……?


 がくぜんとするわたし。それをおびえているとでも思ったのか、男たちはニヤニヤと笑みを浮かべ、距離を詰めてくる。


 だが、そこで。


「ぐぅッ……!」


 わたしに代わって、かえでが男の手を強引に引きはがした。


「その人に……」


 そのまま相手の身体からだを突き飛ばし、男たちとわたしの間に立ちふさがる。


「触るな」


 トドメのように、ひとにらみ。


「そ、そんなにマジになんなよ……!」


 見事、ナンパ男たちを追い払ってしまったのである。


 まるで少女マンガのヒーローのようにだ。


 妹に守られる。


 昨日までのすみあきなら、屈辱に感じていたであろう状況。


 だけど、今日のわたしは、そんなふうには思わなかった。


 ただ、ただ……。


すみくん……大丈夫でしたか?」


「……う、うん」


 カッコよく助けてくれたかえでに、こくこくうなずくことしかできなかった。


 うわ……わ……。


 なんだ、これ……。胸が……。


 熱射病めいた顔のあつさは、はじめてのナンパなんかよりも、ずっとずっと新鮮で。


 あまりにも強い胸の痛みは、想像していたとは全然違っていて。


 その正体に、気付くことはできなかった。


 ぐす、と、涙がこぼれた。


「ちょ、ちょっと……そんなに怖かった? ああ……すみくん、泣かないで……どうしよう」


「……別に、そういうんじゃ、ない」


 怖かったからでも、安心したからでも、屈辱だったからでもない。



 理由なんてわからない。


 なのに涙はとめどなくあふれ、


「あっ……腕、腫れてる。冷やさないと。荷物も貸して……歩ける?」


 言葉にならない絶叫が、脳裏でぶくぶくとゆだっていた。




 その後、どうやって家まで帰り着いたのか……よく覚えていない。


 ぼーっとして、夢うつつだったから。


「おいおい……想定外にもほどがあるぞ」


 玄関でわたしたちを出迎えたゆう姉さんは、目を大きくまんまるに開けて驚いていた。


「おまえたちが……手をつないで帰ってくるとは。どういう状況だ、これは。高校生活一日目にして、仲良く酒でも飲んできたのか?」


「そ、そんなわけないでしょう……やむを得ない処置です」


 問われたかえでは、ポンコツになっていたわたしの手を、ぎゅっと握り、弁明する。


「その、すみくんが……体調を崩してしまって」


「ふむ……」


 ゆう姉さんは、ポケーッと放心するわたしをのぞき込んでから、玄関の外、走り去る車を見送った。


「それでタクシーで帰ってきた、と」


「そういうことです。病院に連れていくよりも、ゆう姉さんに見せるべきだと思いまして」


い判断だ。……しかし、これは……なぁ、あき


 ゆう姉さんは、コソッとわたしの耳元でささやく。


「女の子にモテるのが夢で、最初のターゲットはかえでだ──なぁんて言っていたよな、得意げに」



 ──ゆうお姉ちゃん、ナイスサポートだったろ?



 わたしが正気だったなら、あるいはもっとずっと後のわたしだったなら。


『違う! こうじゃない!』と大声で否定していただろう。


かえでを! わたしに! ときめかせたいんだ!』と。


 いまのわたしは、初めての感覚にほうけるばかり。


 我ら双子の高校生活。


 記念すべき一日目の夜は、こうしてけていった……。

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私の初恋は恥ずかしすぎて誰にも言えない(3)の書影
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