2章 ④

 一度家に帰ってから準備をし、よりえきから電車に乗って、やってきたのはこしがやにあるショッピングモール。


 駅から出るとすぐ見えるそこへ、姉妹そろって歩いていく。


 キャップにジャージという姿のわたしは、うきうき気分で歩を進める。


 きょろきょろ周囲を見回しながら、


「めちゃくちゃ晴れてきたなー! 絶好のデート日和だ! なっ、かえで!」


「………………………………」


 かえでは、フレンドリーなお姉ちゃんを完全無視で、スタスタ歩いていってしまう。


「なー、かえで


「……………………」


かえでってばー」


 ずんずん前を歩くかえでは、急にぴたりと停止して、わたしに背を向けたまま、


「……なんですか」


「あんま先いくなよ。久しぶりのきょうだいデートなんだから、並んで歩こう」


「デートではありません。やむを得ない事情で買い物に付き合うだけです」


「手ぇつなぐー?」


「つなぎません」


 にべもない。


「ほら、行きますよ。嫌なことは早く済ませましょう」


 なんだかんだ言いつつ、歩くペースを落としてくれる。


かえでが女の子には優しい』という予想は、当たりかもしれない。


「まずはすみくんの服からです」


 女性服の売り場にて。


「私がすべて選びますが、構いませんね」


「あー、ぜんぶ任せるよ……わかんないし」


「では、試着室の前で待っていてください」


「はい」


 初心者女の子であるわたしは、ベテラン女の子の言うがままになるしかない。


 テキパキと動く妹を遠目で眺めながら、大人しく待つ。


 するとかえでは、いくつもの服を持ってきた。


すみくん、この服を試着してください」


 どさっ。


「はい」


「これとこれも」


 どさどさっ。


「はいはい」


「あと、これとこれとこれも……ですね」


 どさどさどさっ。


「……ウッス」


 次々に服を渡されて、若干されるわたし。


 試着室に入り、カーテンを閉める。


「サイズはどうですか?」


「ぜんぶぴったり。すごいな……この身体からだになってからサイズを測ってないのに、よく……」


「たまたまです。目測で選んだら、ちょうどよかったというだけで。──それより、直接見せてください。自己申告だけでは不確実ですから」


「うん」


 わたしは一気にカーテンを開き、おめかしした姿をかえでに披露した。


「じゃーん、どーよぉ! わいかろ~?」


 思いっきり自慢する。


 まあ、かえでのことだから、『別に』とか『いいえ』とか、否定の言葉が返ってくるんだろうなーと思っていたら。



「うん、よく似合っていますよ」



「……そ、そうか。ありがとう」


 真顔で褒められて、困ってしまう。


 あー……かっこいいな、こいつ。


 こりゃモテるわ。


 妙に暑い気がした。


 わたしは照れ臭くなってしまって、妹から目を離し、自分の髪をいじいじする。


 それから、たっぷり三十分以上をかけて、すべての試着を済ませ……。


「では、支払いを済ませて、『次』にいきましょう」


「えっ? まだ買うの?」


「もちろん」


「さっき持ってきたやつ……ぜんぶ買うのに?」


「そうだと言っています。女の子になったんですから、最低限の服をそろえなければ」


「……はぁい」


 これで最低限……。


 女の子の服って、たくさん必要なのね。


 わたしは妹に連れられ、次々に店をはしごしていく。


 気分は着せ替え人形だ。


 かえでがまるで念入りに予習してきたかのようなぎわの良さで、わたしに似合うわいい服を選び、渡してくる。でもって言われるがままに試着して、見せて──



「大人っぽい印象で、とてもいいと思います」


「この組み合わせ、いまりのものなんですよ」


「へえ……スタイルがいと、なんでも似合いますね」



 おや……これは夢なのかな?


 あのかえでが。スーパークールでお兄ちゃんにメチャ厳しい我が妹が。


 わたしのために真剣に服を選び、おそらくは本心から──褒めてくれる。


 少女マンガの王子様めいた、超れいなお顔でだ。


 ショッピングモールの入り口で、わたし自身が、冗談交じりに言ったことだが。


 完全にデートでは???


 それとも女の子同士の買い物って、こういうものなの???


「むー……」


「どうしたんですか、すみくん」


 涼しい顔をしおって。どーも照れ臭いのはこっちばかりの様子。


 わたしはごまかすように、


「さっきから高い服ばかり買っているようだから」


「気にしなくていいです。お金、ゆう姉さんからもらっていますし」


「そ、そっか」


 会計の時、財布からお金を払うのも、かえでなんだよね。


 超美少女が超美少女に、高価な服をがんがん買ってあげている、という謎の光景。


 はたして店員さんたちから、どう思われているのだろう……?


「つ、次! 次はどこにいくんだ?」


「そうですね…………次は…………」


 ずっとクールな真顔をキープしていたかえでが、嫌そうに困り眉を作った。


「……下着売り場、です」




 昨日まで男だったわたしが、妹と一緒に、下着売り場で買い物をする。


 楽天的なわたしでも、さすがに気まずい状況だ。


「…………では、先ほどと同じ手はずで」


「了解」


 あまりにも気まずすぎて、スパイみたいなやり取りになってしまう。


 わたしは試着室前で待機。


 かえでは頰を染めながらも迅速に、わたしのブラジャーやショーツ……などなどを選んでいる。


 気をかせた店員さんのサポートを跳ねのける勢いでだ。


 やがて妹は戻ってきて、恥ずかしそうにソレを差し出してきた。


すみくん……これで」


「う、うむ」


 最低限の言葉を交わし、カーテンを閉める。


 このまま淡々と下着購入ミッションを終わらせてしまおう。


 ──と、思いきや。


「……かえで、ごめん」


「なんですか?」


「…………………………ひとりでブラジャー着けられない」


「……っ」


 カーテン越しにも、かえでの苦悩が伝わってきた。


「私が……入って……手伝っても?」


「頼む」


 申し訳ない気持ちで承諾すると、かえではギュッと目をつむったまま、試着室に入ってきた。


すみくん……背中、向けてください」


「はい」


 くるりと反転、目の前の鏡には、下着姿のすみあきが映っている。


 その後ろには、かえでの姿も。


「……はい、できましたよ」


「違和感がすごいんだけど……ほんとに着け方これでいいの?」


「目をつむってるので! 合ってますたぶん!」


「んん……ちょっとだけ目を開けて確認してくれない? 絶対着け方おかしいって。苦しいもん」


「…………………」


 なにやら深く迷っている様子を見せたかえでだったが、やがて鏡越しに、彼女が目を開けるのが見えた。


「……これで合ってます。違和感は……そのうち慣れるかと」


「そういうものか……」


 女物の衣料品って、全体的に着心地に違和感があるんだよな。


 一方で、どれもこれも、むちゃくちゃわいくて、着替えるだけで楽しい。


 がらりと変身する感覚は、いままでにないものだった。


 わたしは鏡に映る自分の姿を見て、


かえで、どう? 似合うかな?」


 問うた瞬間、ガン! と、妹が壁に頭突きをした。


「突然どうした!?」


「なんでもないです。試着が終わったら呼んでください」


「あ、あぁ……」


 一瞬前の奇行が、まるでなかったかのように……。


 ……いったいなんだったんだ?


「あとは家で練習してください。……もう手伝いませんからね」


「……でこ、赤くなってるぞ」


「……ふん」


 かえでは無言で、保冷剤を額に当てていた。


 ちなみに──


 この携帯アイテムは、かえでにとっての必需品として、今後長らく愛用されることになる。

刊行シリーズ

私の初恋は恥ずかしすぎて誰にも言えない(3)の書影
私の初恋は恥ずかしすぎて誰にも言えない(2)の書影
私の初恋は恥ずかしすぎて誰にも言えないの書影