2章 ③

 騒動が収まったのは、それから十分後のことだ。


 最終的に、怒れる怪物をしずめたのは、わたしのソフトなアドバイスではなく、えっちな本みたいな献身でもなく。もっと物理的な処置であった。


「おっ、今度こそ消えた?」


「……はい。……その、よう、ですね……」


 かえでは椅子に座った体勢で、タオルに包んだ氷まくらを、患部に当てている。


 なんともシンプルだが……冷やすことで、しずめることができたようだ。


 ううむ、不思議だ……本当に、ちいさくなると消えるらしい。


 消える瞬間とか、どうなってんだろうコレ……?


 見せてくれとも言えないし……。聞いたら怒るだろうし……。


「ふぅ……さ、最初から……こうしておけば……」


 疲れ切った吐息を漏らすかえで。その声には、あんの色が含まれている。


「ン、ともあれ……ひとまずの対処法がわかったわけだ」


 一歩前進だな、と、ゆう姉さん。


「なにか冷やすものを携帯すれば、問題なく学校にも通えるだろう。まぁ、気を付けることは多そうだがな」


「そう、です、ね……そこは、安心しました」


「日中、ワタシはここにいる。なにかあったら来ればいい。念のため、着替えもここでするように。怪しまれないよう適当に理由を作っておくから。トイレもそこにある」


「はい……って……もしかして……すみくんもですか?」


「そりゃ、女子と一緒に着替えさせるわけにはいかんだろ」


 ときおり正気に戻るんだよな、この人。


 勝手に家族の性別を変えておいて、急にまともなことを言われても反応に困る。


「わ、私と一緒に……着替えることになるじゃないですか!」


「別にいいじゃないか、きょうだいなんだし」


「まったくよくありません! 大嫌いな人と同じ部屋で着替えるなんて──」


 そこで、はっ! としたかえでは、かぐるりとわたしを見て、


「私には、大っ嫌いな人がたくさんいますから!」


「……お、おう」


 謎の宣言すぎる。


「だいたいですね、すみくん、あなた──」


 わたしが深く考えるのを防ぐかのように、かえではさらに畳みかけてくる。


「なんでブラジャーを付けていないんですか!」


「持ってないから」


「クッ……!」


 完全なる答えを返されたかえでは、防御態勢で歯を食いしばる。


 一方、わたしはいたって冷静に、


「足りないものは今日中になんとかすれば、明日からは大丈夫だろう」


「……………………」


 なにか言いたげに目を細めるかえで


 わたしはニヤリと笑みを浮かべ、


「新入生代表の挨拶もバッチリ決めたし──うん、女子高生一日目としては、上出来だったな! フッ、さすがわたし」


「……そ……そ……」


「そ?」


「そんなわけがありますか! あんな破廉恥な姿で壇上に……!」


「い、いやいや……ボタンが外れたのは想定外のトラブルだったし……」


「ブラ付けてないの、全校生徒が気付いてましたからね!」


「……遠くから見られただけだからセーフ?」


「完全にアウトですっ! 体育館のモニターにしっかりアップで映っていました! ノーブラで演説するバカ女だと思われましたよ、きっと!」


 アウトかあ……。そういやあったね、大きなモニターが。


「過ぎたことはしょうがないな。切り替えていこう」


「だからそういうところが嫌いだと……ふん……まぁ、すみくんが周囲にどう思われようが、私には関係ありませんけど」


 そっぽを向いて帰り支度を始めるかえで


 そこにゆう姉さんが声をかける。


かえで、ちょっと待て」


「なんですか?」


あきと買い物にいってこい。ひとりじゃなにが必要かもわからないだろうからな」


「な……」


 ものすごく嫌そうにわたしを見るかえで


 そんな妹に、わたしは手を合わせて、


「よろしく頼む!」


「……はぁ。わかりました。一緒に、女性として暮らすにあたって必要なものを準備しましょう」


 かえでは、諦めたように肩を落とす。


「同級生の女の子を、二度と……今日のような格好で登校させるわけにはいきませんから」


 すみあきすみかえで。きょうだいふたりで買い物をする。


 何年ぶりかわからない、奇妙な状況だった。

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