こちら、終末停滞委員会。 1
第2話『ようこそ、イルミナティへ』 ①
「いやそれはラノベじゃなくて、80年代ラブコメ主人公のリアクションでは」
明朝。俺とLunaさんは、蒼の学園前で集合していた。どこかこざっぱりとしているLunaさんに比べて、攻撃から退散してヤギと野宿した俺は随分とボロっとしている。
「Lunaさんは昨日、どうしたんです? 野宿したって感じじゃないですけど」
「んー? まあ、ちょっと体を使ってね」
「えっ」
「そんじゃ、フォンさんだっけ? のトコ、行きましょっかー」
Lunaさんはスタスタと歩きだす。俺は思わず固まっていた。
(体を使ってって――何を使って?)
それはつまり、女の武器的なアレなんだろうか。その、泊まらせてもらう代わりにふにゃふにゃっていうかそういう感じのやつ。大人の世界過ぎてガキの俺にはわかんないけど。
(……な、なんで俺がショックを受けてるんだ……?)
フリフリと揺れる大きなリボンを見つめながら、一瞬立ち尽くす俺なのだった。
「ようこそ、イルミナティへ」
蒼の学園の廊下を歩きながら、フォン・シモンが薄く笑った。相変わらず長身で、妙に自信のなさげに笑う青年だ。目元のクマが、日々の激務を物語っている。
「イルミナティって……あのイルミナティ?」
俺が尋ねると、フォンは苦笑いしながら頷いた。
イルミナティ――それは地上の世界でも有名な、陰謀論などで語られる秘密結社である。世界を裏で牛耳っているとか、人々を操っているとか、荒唐無稽な噂で絶えない組織だ。
(そんなモノ、存在しないと思ってたんだけど――)
フォンが言うにはイルミナティは蒼の学園の持つ組織の1つで、彼が管理しているらしい。
「蒼の学園の活動で、地上を混乱させるわけにはいかないからね。僕たちは主に、目撃者や被害者の記憶の管理と、実働部隊が動きやすいように政治的な処理を行っている」
蒼の学園の廊下を歩いていると、大きなガラス張りの部屋に見たことのある人物が会議しているのを見つけた。
「ちょ、ちょっと待って。アレってリチャード大統領!? 現行アメリカ大統領の――」
リチャード大統領の両隣に居る白衣を来た男たちが、大統領の頭を取り外すとプラグに繋いで、何かのメンテナンスを始めた。俺は口をあんぐりとさせる。
「ああ、そうだね。経済的主要国の8割は、僕たちのヒューマノイドによって国家元首を据え替えさせて貰っている」
「な……ぇ……な……へ?」
「あんまり、他人に話しちゃ駄目だよ?」
フォンは苦笑いした。いや、そんな笑っている場合だろうか。
「こんにちは、管理人。よい一日を!」
そう言ってフォンに手を振ったのは、明らかに人間ではない――どう考えたって頭がトカゲの、スーツを着た怪物だった。フォンはそれに軽く答える。
「い、い、い、いまのは……」
「余り、人を見て露骨に態度を出すのは感心しないな」
「だって、トカゲ人間でしたよ!?」
「差別的な発言はよしなさい。彼らは、レプタリアンだ」
そうだ、聞いたことがある。
「あばばばばば」
そりゃあ、普通じゃないって思ってたよ。『蒼の学園』なんてさ。女神をぶっ飛ばして、お空の上に暮らしているような連中だ。でも、だからって、限度ってモンがあるだろう!?
『アラート! アラート! A―923ラボにて大規模なタイム・パラドックス異常の発生!
けたたましいアラートが、点滅する赤い光と共に鳴り始めた。フォンは少しだけ疲れた顔で、「またか」と呟いた。……また!? タイムパラドックスを、またって言った!?
「ここに居ると少し危なそうだね。早く生徒会室に急ごう」
ちゃんと危ないんだ。俺たちの背後で、ぎやーーーーーー!! って悲鳴が聞こえた。階段の下から、血しぶきっぽい赤い液体(現実を直視出来ない)が吹き出してる気がした。
「だ、大丈夫なんすか」
俺は完全にビビりながら尋ねた。フォンは安心させるように笑う。
「たぶん」
たぶんなんだ。
「息災かい?
生徒会室――大きな空洞と大きな窓ガラスの部屋だった。窓からは、美しい青の街――第12地区がこれでもかと言うほど広がっている。
「……どうも」
――生徒会長。エリフ・アナトリア。個人的に、この人には色々と聴きたいことがあった。というよりも、今の俺は、知りたいモノだらけだったんだ。そんな様子を悟ったのか、彼女はふむと頷く。
「ここはどこ、俺は誰って顔をしているね」
「……至極その通りで恐縮です」
エリフ会長は、小さく笑った。
「では話そう。この都市と、この学園について。世界について。そして、君について」
そうして彼女は話し始めたのだ。宇宙についての、遠大な物語を。
――この宇宙の、終わりは近い。
それは様々な現実と戦う組織にとって、明確な事実である。
理由は単純。『寿命』である。
宇宙はあまりに長い時を過ごしてしまった。
規則正しく美しい科学という法則が綻んでしまう程に。
その綻びこそが、『終末』なのだ。
「終末?」
俺が尋ねると、エリフ会長は小さく頷いた。
「科学の綻び。強い指向性の発露。宇宙に敵対する者と言っても良い」
「強い……指向性……」
指向性――つまり強い『願い』だということだ。強い『渇望』だということだ。
「初めは小さな綻びなんだ。ほんの少しだけ宇宙の有り様を変えてしまう程度のね。しかしあらゆる終末は皆同様の性質を持つ。それは――『進化』だ」
「進化……」
「単純な自然の法則じゃぜ。生まれて来てしまったものは、存在し続けなければならないという、最も強い指向性に支配される。存在し続けるために、進化し続ける」
そんな自然の理が、自然ならざる物にも適応される。
「どんな小さな妖精も、いずれは巨大な化け物に進化する」
「……どのぐらい巨大になるんです?」
「宇宙の法則さえ、喰らえる程に」
それこそが宇宙の終わり。世界の終わりだと、小さな会長は嘯いた。
「例えば君の持つ終末『囁き屋』もそうさ。今でこそただの未来を読むだけの能力だ。けれど数年後にはその力は千の軍勢も薙ぎ倒す程になるだろう。数十年後には、きっと万の人々を殺すだろう。数百年後には、宇宙さえ破滅させてしまうだろう」
「そ、そんなこと……」
「そうなんだよ。これは決まってることなんだ。テンション下がるよね」
終末。それは――近い未来に世界を滅ぼす、宇宙の綻び。
俺がそうで、Lunaさんもそうで、この学園は、それと戦っている。
「まあ、安心し給え。言万クン。君の終末はStage4: 『
「そんな、適当で良いんですか?」
エリフ会長は吹き出した。酷く滑稽な冗談を聞いた時みたいに。
「良い訳ないだろう!」
「……へ?」
「でも、そうも言っていられない状況なのさ。――フォン」
呼ばれたフォン・シモンは困ったような顔のまま、ホログラムが浮き上がる端末を机に置いた。「うおお、SFだ」と、一番SFな存在のLunaさんが呟いていた。
「今年に入って確認した終末の数は、『12897件』じゃぜ」
ホログラムに描かれていたのは、世界中で確認された終末の分布図だった。
「そのうちで解決済みの終末が、2180件」
ああ、成る程。俺はエリフ会長が笑った理由が分かってしまった。そりゃあ、これは笑うしか無い状況だ。
「詰まる所、人類は既にかなり詰んでいるんだよ。毎年終末の件数は増える一方だ。光の届かない闇に紛れて、何百万って人の数が終末に触れて消滅してる。終わりだよ」
「……もしかして……だから……」
「そう。我々は――『終末停滞委員会』なんだ。終末は必ず訪れる。この数えられない程のクソッタレな反現実によってね。ボク達はそれを『停滞』させようと必死こいてるのさ」
終末を停止させるわけでも、根絶させるわけでもない。『停滞』。それが精一杯なのだと。
「まあ、そこまで悲観する状況ではないと僕は思いますけどね。実際に確認済みの終末で、Stage6以上のものは数百程度にしかないんだし」
「3桁あれば十分過ぎじゃぜ」
フォンは、意外とポジティブな性格ではあるらしい。頼りなさげに笑っていた。
「さて、新人をビビらすために、解決していない終末の中でもヤバいやつを教えてやるか」
ウキウキで言い出したエリフ会長は、ホログラムの画面をスライドさせる。
「まずはこれ。No,017――『白い翼』。主に貧富の格差が激しい国で確認されている、人型の終末だ。『ランダムな人間の元に現れ、願いを1つ叶える』という性質を持っている」
「それだけ聞くと、良い人そうですけど。ランプの魔神的な……」
「良い人さ。きっと悪意は無いだろう。けれど彼女は、汎ゆる願いを叶えてしまう。どんな荒唐無稽な物でも、どんなに残酷で差別的な内容であろうともね」
「あっ」
つまり『白い翼』に、『世界よ滅べ!』と願ったら、直ちにその願いは実行されてしまうという事だ。たった一人の軽率な願いで、宇宙は終わってしまうという事だ。
「そ、それはヤバすぎませんか!?」
「そう、ヤバい。まあここ5年は目撃報告が無いけれどね」
エリフ会長は笑って、ホログラムをスライドさせる。
「次はNo,5674――『エッフェル塔のかたつむり』。現在、パリの象徴・エッフェル塔には全長189mの巨大なカタツムリが張り付いている」
「え……なんすかそれ。聞いたこと無いですけど」
そんな怪獣映画みたいな様子、ニュースになってないのはおかしくないか?