こちら、終末停滞委員会。 1

第1話『こちら、終末停滞委員会』 ④


「もちろんリクルート一択でしょ! こんなの最高だわ!」


 フォンはしかめっ面の表情ので答える。


「勿論、反対です。人型終末は不安定で予測が難しい。彼らを信頼する理由がありません」


 つまんないヤツ、と桜色の少女が呟いた。フォンは無視している。


「ふむ。意見はわかった。それでは最終決定を下そう」


 生徒会長は、ジャラリと手首の宝石を鳴らして、俺たちに指を向けた。


「――君たちを蒼の学園の体験入学という事で、迎え入れよう」


 彼女の決断に喜んだのが桜色の少女。頭を抱えたのがフォン・シモン。そして怒気を孕ませていたのが、木製の仮面の被った騎士の一団だった。


《また終末を仲間に迎えるだなんて》

《3学園の緊張が高まっているのは分かるが》

《終末停滞委員会の名が廃る》


 生徒会長は続けた。


「フォン。君が彼らの監視をしなさい」


 フォンは何かを言い返そうとしてパクパクと口を動かしてから、ため息を吐いて頷いた。


「異端審問を終了する。これ以上異議のあるものは、地獄で悪魔に囁くように」


 生徒会長がパチンと指を鳴らす。その瞬間光は意味を失って、世界は闇に支配されていた。




 もう一度パチンと音が鳴ると、視界は光を取り戻した。


「え、ここは……どこ……!?」


 さっきまで俺が居た異端審問室は影も形も無い。そこは妙に整頓された大量の書物やバインダーに占拠された、狭い事務室の一角だった。


「……はあ」


 俺の眼の前の、大きな机に座っている長身の男――フォン・シモンがため息を吐く。


「今のは、終末『異端審問室』の性質だよ。審問を開始すると学園内に居る審問会のメンバーを収集し、終わりを宣言するとそれぞれをそれぞれが居るべき場所に帰す」

「……今のも……終末……?」


 終末って、そんなに便利な物なのか? 聞くだに恐ろしげな名前で呼ばれてるくせに?


「そういう事。終末停滞委員会とか言ってはいるものの、実際は僕たちは様々な面で終末を利用している――まあ、悪習とも言えるし合理的とも言えるね」


 それでは改めて、と眼の前の男は告げた。


「初めまして。僕の名前はフォン・シモン。この蒼の学園で『イルミナティ』の支配人をしている。どうか、これから宜しく頼むよ」


 困ったような笑顔で、彼は手のひらを差し出した。


   ■


 蒼の学園の外に出た時には、空はすっかり暗くなっていた。


「んーっ」


 俺の隣で、Lunaさんがグーッと伸びをする。だぼついたジャージが縦に伸びて、意外と大きい彼女の胸が強調された。俺は思わず視線を逸らしてしまう。


「なんかアレだね。とりあえず生還? おめでとーってな感じ?」


 フォン・シモンが行ったのは極めて事務的な書類の処理だけだった。俺とLunaさんは『蒼の学園』に協力するのを条件に、ここでの最低限の暮らしを保証された。


「……生きた心地、しませんでしたよ」


 俺の言葉に、Lunaさんはヘラヘラと笑う。


「でもさ、駄目だよ。――アタシなんか助けたら」


 彼女は薄く笑いながら、俺のことをジッと見ていた。


「自分の事を一番に考えて。アタシなんてただの機械なんだよ。本当の人間じゃないの。悪人ではあるけどね。ほら見て、これ。糸――この糸で作られて居るんだよ」


 そう言って、彼女は自分の手首から糸を伸ばした。


「アタシは境界領域商会に作られた、機械人形。だから、助けなくて良いの。わかった?」


 Lunaさんは、俺の頬を両手でぎゅむっと包むと、小さく笑った。


「……無理ですよ、俺には」

「何で?」

「だって、機械だからとか。悪人だとか。そんな理由で恩人を見捨てるような奴は……『いいヤツ』じゃないでしょ? 俺はそんな風にはなれないですよ」


 Lunaさんは一瞬だけ目を丸くしてから。


「そうだね。君はそういう子だね」


 悲しげに笑った。それが何故なのかは分からなかった。


「とりあえず、当面は運命共同体っぽいし、これからよろ? ま、死んだらそれまでってワケで気楽な感じで。ぷは。まーいっちょやってこ」


 彼女は煙草を吸って、やっぱり笑う。俺はそれを見ただけで、頑張ったかいがあると思った。


「それじゃあ、行くね」

「へ?」


 フォンさんに、俺たちは仮の住まいを指定されている。てっきり一緒に行くもんだと思ってたんだけど……。


「うーん。連中、あんまり信用できないし。テキトーにその辺で泊まろうかなって」

「大丈夫なんですか?」

「こんなん全然よゆー。アタシ、世界を救ったこともあるんだから」


 何かのゲームの話だろうか? 変な冗談だろうと思って、俺は何だか笑ってしまった。


《……それに》

《これ以上一緒に居たら、変な情が湧いちゃう》


 一瞬、Lunaさんの心を強い悲しみが覆った。俺はそれにアテられて、思わず顔が歪んでしまう。俺の様子に気がついたのか、彼女は唇を尖らせた。


「また覗いたな。えっち」

「ぎゃっ。い、いやすいません。そんなつもりは……っ」


 彼女は笑って、近くの手すりに足をかけた。


「また明日。良かったね、ギリギリ学園モノになりそうで」


 Lunaさんは手首から糸を伸ばすと、近くの高い建物に引っ掛けて、振り子の要領で飛んで去っていった。まるでハリウッドの蜘蛛のヒーローみたいに。


「……」


 夜の街を見た。第12地区と呼ばれるこの場所は、白い建物と青い屋根で統一された、美しい場所だった。夜の黒に今でこそ濡れているが、青空の下で見たらもっと綺麗だろう。


「はは……」


 一人だ。夜の街で、一人だ。


「……自由だ」


 いや、そうじゃないさ。俺の身元は『蒼の学園』に預けられている。連中の不利益になると分かれば、すぐに殺されてしまうかも知れない。


「空だ……一人だ……俺は……俺は、やっと……自由だ……」


 見張りも居ない。狭い天井もなければ、手足に付けられた枷もない。


「く……っ……ぐすっ……ぐすっ……」


 わけがわからないぐらいに、涙を零した。きっとバケツ一杯分ぐらいは泣いて、泣きまくって、ようやく落ち着いたときに、やっと俺は前を見上げた。


「頑張ろう」


 ――青春をやるんだ。ライトノベルの主人公みたいに。それまでは。


「頑張ろう!」


 俺は拳をぐっと握ると、一人で歩き出す。




 第12地区の東側にある、既にヒト気の無いバザールを抜けると、寂れたトタン屋根の廃屋の並んだ微かな電灯のみが照らす道を抜ける。広い山道を20分程進んだ。


(……――遠ッ)


 この奥に、フォンの紹介してくれた学生寮があるはずだ。それにしても遠い。遠いし暗い。あと怖い。遠くから野犬の遠吠えとかガッツリ聞こえてるし。


「ここが……学生寮?」


 それは、小さな一軒の戸建てだった。窓からぼんやりとした灯りが漏れている。暗くて分かりづらいが、大きな鶏小屋とトラクターが並んでいる。あ、ヤギも居る。


「お、おじゃましまーす」


 学生寮の中に入る。靴が適当に脱ぎ散らかされた玄関が、寮のらしさを感じさせた。


《次の作戦では、足手まといにならないようにしないと》

《隊長(リーデル)はいつ戻ってくるんだろう》


 心の声がした。やっぱり誰かが居るみたいだ。新参者としては、筋は通しておきたい。まずは礼のこもった挨拶が常道だろう。俺は心の声が聞こえた扉を開く。


「失礼します。今日からお世話になる、言万心――」


 ――長身で褐色な少女の、一糸まとわぬ姿があった。


 澄んだカフェラテのような色のシミ1つ無い肌が、熱いシャワーの水を玉にして弾いている。瑞々しい果実のように実った大きな両胸には、桜色のつぼみが恥ずかしげに立ち尽くす。凛とした吊り目が真ん丸に開いて、俺の顔を見つめていた。


「……へ?」

「……なっ」


 呆気にとられていた彼女は、すぐに理性を取り戻して淡々とすべきことを始めた。


「――侵入者と遭遇エンカウント。戦闘態勢に移行」

「ちょっ、待って、俺は――」


 褐色の少女は、両手を開いた。


「来なさい。八脚馬チヤルクイルクッ!」


 瞬間、何もなかった彼女の手の中に、小型な恐竜程の大きなライフルが現れた。


「――行くぜい、メフッ。正義・執行ッ!」


 野太い武士じみた声色で、ライフルが叫んだ。


「俺は、ここでお世話になる――」


 ライフルは巨大な光を携えた。


「障害を排除します」


 引き金が降りる。銃口が唸る。凄まじい衝撃が辺りを覆った。


「ぎやああああああああああああああああ!!!!」



(ちょっとラノベっぽいじゃん)


 俺は人差し指・小指・親指を立てながら、お空の彼方にぶっ飛ばされる。


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