こちら、終末停滞委員会。 1
第1話『こちら、終末停滞委員会』 ③
道が見えていた。人の流れの道だった。俺は壁の階段を蹴り上げて、高く飛んだ。目指す先は一つだった。喧嘩の常道。戦うときは、頭を狙う。それもジジイに教わったことだ。
「ほお」
銃口を向けられた生徒会長、エリフ・アナトリアは感心したように笑った。
「それが、君の終末か」
「……なに?」
「さしずめ、未来予知とでも言った所だろう」
その言葉に驚いたのは、俺ではなく、エリフの両隣に座っていた二人だった。
「エリちゃん、マジでゆってんの?」
桜色の少女は目をまんまるにさせていた。
「……会長。そういうこと何で隠すんですか……ああ、また書類が増える」
長身の男性は泣きそうな顔で呟いた。
「ど、どういうことですか!?」
そして叫んだのは、木の仮面を被った、ハキハキとした声の女性の騎士だった。
エリフ・アナトリアは愉快そうに笑ってから。
「この子の名前は
「ステージ4!?」
騎士たちが動揺して、ざわめき始める。
(な、なんだ……?)
俺には状況がわからない。俺が、終末? どういうことだよ?
「言万クン。君はこのままだといつか世界を滅ぼすんだって」
桜色の少女が、申し訳無さそうに笑った。
「だから私たち、君も破壊しないといけないみたい」
「……なっ」
確か、LunaさんはStage3と言っていた。俺はStage4。もしかして危険度だけなら、俺のほうが高いのか? 俺なんて、誰かの心を覗き見るだけの、薄汚いことしか出来ないのに?
「――総員。発砲を許可します」
凛とした声がした。きっとここには重要人物が居たから、発砲は禁じられていたんだ。けれど俺の危険度が判明したから、ここからは本気で戦おうとしているんだ。
(クソ。銃の使い方なんかわかんねえけど――ッ!)
やるしかない。俺は拳に力を入れる。
「話が違う」
ひゅん、と何かが風を切った。それは、銀の鉄糸だった。
「なっ」
銀色の鉄糸は弾丸のような速度で宙を駆けると、ハチドリのような優雅な軌道でぐにゃりと曲がった。それは一瞬で、木製の仮面を被った騎士の一団を一纏めに縛り上げる。
「……Luna……さん?」
水色ジャージを着たフリフリのメイドさんは、俺の背中を守るように鉄糸を構える。
「それは話が、違うんよ」
鉄糸は、Lunaさんの右手首から伸びていた。いや、そうじゃない。彼女自身が、鉄の糸だったんだ。彼女の体は、鋼鉄の糸で造られていた。
「――アタシだけならいーんだよ。あー、まーね。そンだけの事はしてきたし、未来なんてお先真っ暗で、希望の灯火一つ見えたりしないからね。だから、アタシを壊すのは良いんだよ」
彼女の左手首からも糸が伸びる。それはくるくると捩れると、瞬く間に銀色のレイピアに形を変えていた。俺は背中越しに、恐ろしい程の怒気を感じた。
「でもこの子は違う。ただの子供なの。今まで大変な目にばかりあってきたの。これから幸せにならないと駄目なの。それを邪魔するなら、許さない」
目頭が熱くなって、歯を食いしばった。……誰かに想って貰えるのだなんて、いつ以来だろう? 最後に子供扱いだなんてされたのは、いつだった?
俺は本当に、心の底からこの人のことが好きになってしまった。
「あっはっはっはっはっは」
不意に脳天気な笑い声。張り詰めていた神経を叩く。
「二人とも、素敵なのだわ。ナイスな根性ね」
桜色の髪をした、キラキラな目をした女の子だった。彼女は子供のようにコロコロ笑う。
「それは、つまり」
瞬間、圧力が。
「――私とやり合う心算かしら。相当気合入ってるわね」
ずん、と空気が重くなる。まるで巨大な鉄球で体を押し潰されるような重圧感。桜色の髪の少女は、わずかに囁いただけだ。それなのに、立っていられなくなるほどの恐怖を感じていた。
(なんだ、こいつ)
人間に残された僅かな野生の本能が、懸命にアラートを響かせていた。この少女は格が違う。有象無象の百鬼夜行とは比べ物にならない、正真正銘本物の化け物だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! こんな所で君が暴れたら、損害が計り知れない!」
長身の男性が冷や汗を流しながら叫んだ。
「野暮な事言っちゃ、やーだ♡」
「これは重大な規約違反だ!」
「あら♪」
桜色の少女は、深窓の令嬢ように華麗な笑みを浮かべた。
「――それが何? 誰が私に罰を与えるつもりなの?」
長身の男は、思わず口を噤んでいた。きっと彼らには彼女を止める手段が一つも無いんだ。あの少女は強すぎて、この組織でも諸刃の剣なんだろう。
《賢く立ち回れ》
誰かが強く、心のベクトルを俺に向けていた。
それは生徒会長、エリフ・アナトリアの物だった。
《十全に使いなさい。君の終末を。君の絶望を。君の指向性を》
どういう事だ? 何故、目下の敵である彼女が俺にアドバイスしようとしているんだ? だが少なくとも確かに、俺とLunaさんの二人きりじゃ、あの桜色の少女に敵う事は無いだろう。
(そうだ。考えるんだ。生き残る方法を。Lunaさんを護る方法を――)
今まで見聞きした情報の中に、重要な物はなかったか? きっと何かあるはずだ。最後まで諦めない。全部を使って、必ず――
(あっ)
――ある。一つだけ、違和感が在る。そうか、もしかして。エリフ・アナトリアは……。
「……一つ、聞かせてくれ」
「ん、なあに?」
桜色の少女が笑った。俺は彼女にぶつける。彼女たちの、矛盾を。
「あんた達は、世界を護るために『終末』と闘う組織なんだよな?」
「ええ、そうね」
「……おかしくないか?」
彼女は、小動物のようにこくんと首をかしげた。
「だって……――アンタの使ってたギター。あれは、何だよ」
「!」
驚いたのは彼女ではなく、長身の男性だった。彼は明白に動揺していた。
「私のギター? あれは良いの。悪いモノとかじゃないから」
「あれだって『終末』なんじゃないのか? まともじゃないのは確かだ」
そうだ。俺の『囁き屋』のような異常を終末というのなら、彼女の『空飛ぶギター』だって立派な異常だ。科学では説明出来ないものだ。終末とはそういう物なんじゃないのか?
「え? 私あんまりそういうの知らない。興味ないから。そうなの? フォン」
「ええっ。急に僕に振らないでくれよう」
長身の男は、はあ、とため息を吐いた。
「そうだよ。あれは終末――『銃痕の天使』に与えられたギフトだ。アレは破壊方法がまだ不明な点と、我々にとって利益が多い点から破壊命令が下りていないのさ」
「へえー。そおなんだ」
「……何でこんな一般常識を知らない奴が組織のナンバー2なんだ」
そうか。だったら話は簡単だ。
「だったら――俺も、それになります」
「ぬっ?」
こいつらは、終末から人々を護る組織だ。たとえ終末を使ってでも。
「俺がアンタたちに協力する。代わりに、俺たちの命を保証してくれ」
長身の男――フォンと呼ばれた男が呆気に取られる。桜色の少女はくつくつと笑う。生徒会長は静かな視線で、じーっと俺たちのことを見つめていた。
「こ、言万くん。何を――」
「……Lunaさん。これしかないんです」
腹をくくるしかない。決意する俺を尻目に、桜色の少女が口を開いた。
「あなたに何が出来るのよ? ただの民間人Aのくせに――」
「俺を利用したマフィアは3年で麻薬ルートを急拡大させて、年商2000億ドルを稼いだ」
「私達に絶対必要な人材!」
桜色の少女の目がドルマークになっていた。意外と拝金主義らしい。
「で? 具体的には何が出来るの?」
俺が口を開く。
《心が覗ける事は秘密にしなさい》
強い思念。それはやはり、生徒会長から届いた物だった。
《奥の手は最後までとっておくものさ》
何故だ? その具体的な所までは分からない。だがここは従ったほうが良いように思えた。
「俺は……未来を予知する事が出来る」
「えーっ。そんな便利な終末があるの? そりゃあ確かにそんな強力な能力があるなら、私達にとって値千金ではあるのだけれど。……本当に? 終末のくせに?」
訝しむ少女を見て、生徒会長が静かに口を開いた。
「未来の予知。全ての未知を既知とすること。即ち心の平穏じゃぜ。指向性としては、かなり真っ当な部類に入ると思うけれどね」
やっぱり、あの人は俺をフォローしてくれている。何でだ? 俺の味方なのか……?
「そーかしらー……?」
けれど桜色の少女は未だに怪しんでいるようだった。
「そうだ! ジャンケンをしましょうよ! 未来が読めるならその全部に勝てる筈」
彼女の提案に、長身の男は眉根を寄せた。
「待て。彼の終末が具体的に何であるかは不明だ。未来予知では無く、精神汚染や肉体操作の終末であるかもしれない。その方法では――」
桜色の少女は笑った。
「――あら。そんな物が、私に効くと思っているの?」
効かねえのかよ。もしかして物理攻撃最強で搦め手も無効なのか? 最強すぎるな……。
「この神に愛されすぎた最強美少女・
とは言え速攻で6連勝させてもらった。
「むにゃあ! 全然勝てない! ソシャゲでSSR引く確率並に勝てない!」
「……これで分かって貰えました?」
「待った次こそは勝てる! 未来はこの手で切り開く! あと100連! 100連だけ!」
マジで100連勝させられた。
「ぐす……っ。ひぐ……っ。や、やるじゃないっ。悔しくなんてないんだからっ。ぐすっ」
最強美少女は負け慣れていないので、悔しさを抑えきれず半泣きだった。
さて、と小さな生徒会長が息を吐く。
「我が両翼、ボクはどうするべきと思う?」
先に答えたのは、桜の少女だ。