こちら、終末停滞委員会。3

プロローグ『未知脅威討議会』

 ──そして、砂漠を歩き始めた。


 道は無い。しるべも無い。ともしびも無い。

 僅かな荷物をぎゅっと抱えて、

 足跡さえ風にかき消されながら。


 君の名前を、取り戻すために。





 東京都千代田区永田町2丁目3番地1号。──首相官邸にて、未知脅威討議会が始まった。


「現在、我が国は未曾有の脅威に直面しています」


 首相官邸の広々とした会議室。ロの字になった長テーブルに、そうそうたるめんが着席していた。

 初老の内閣総理大臣が口を開く。柔らかい物腰で、しかしはっきりと。


「国民の未来をまもるため、一丸となってこの危機に立ち向かいましょう」


 隣に座るのは防衛大臣。続いて国家安全保障局長。内閣官房長官。外務大臣。国土交通大臣。警察庁長官。自衛隊の幹部たちに、情報機関の代表が数名。


ことちようあまくさ長官。状況と今後の対策についてご説明をお願いします」


 テレビでよく見かける大物達の中に、ひときわ異彩を放つ白髪の老人が居た。司会の言葉で立ち上がると、老人は低く、ゆったりとした声色で話し始める。


「現在、日本近郊に3つの巨大なポータル波の予兆を確認しています。ことちようではこれを外次元からの侵略行為と推定し、エージェントに調査を進めさせています」


 老人の言葉で、会議室にいる面々の表情は険しく変わる。反現実による脅威は国民の多くには秘匿されているが、組織のトップたる人物にとっては既知の概念なのだ。


「つまり……別の宇宙の誰かが、我々の宇宙に扉をつなげようとしている?」


 そう尋ねたのは、国土交通大臣の男だった。白髪の老人はうなずいて、話を続けた。


「これほどに巨大なポータルは、我々の科学力では建造不可能です。つまり我々よりもはるかに文明の進んだ存在が、大規模侵攻しようとしている可能性が高いと言えます」

「侵攻……敵対行為で確定なのですか? 調査の可能性や、友好的な存在である可能性は?」

「我々もそれは考えました。……ここからは、専門家に語って頂いた方がいでしょう」


 白髪の老人は、隣に居る、机に頭を突っ伏した少女に視線を投げた。しかしこの場の平均年齢には全く似つかわしくない小さな少女は、よく見たらいびきをかいていた。


「……こほんっ。……こほんっ」


 老人のわざとらしいせきばらいに、船をいでいた少女はビクリと揺れた。


「ふみゃっ。なに……ぁ寝ちゃって……ごめっ」


 椅子をガタガタ言わせながら──黒尽くめの少女は立ち上がる。


「すいやせんすいやせん……昨日までエジプトで古代のファラオに拷問されてたんで……。ふわあ、今日徹夜なんだよね。……そゆ雰囲気じゃない? そっか。では、えっと」


 少女はらんまんとした笑みを浮かべた。


「どうも。──黒の魔王です。一応世界の敵をやってるのですが、今日の所は味方です」


 その小さな少女が、異形の存在であるというのは、誰の目にも明らかだった。ならその少女の影の内ではあおい幾何学模様がゆらゆらと揺れ、常に淡く輝いているからだ。


「まず、これほど巨大なポータルを建造するというのは、死ぬほどお金がかかります。エネルギー消費がパないからです。たとえ100年後の日本の科学力があったとしても、国家予算200年分のお金がかかると思ってください。正直、正気の沙汰とは思えません」


 ことちよう預かりの終末『黒の魔王』。その存在は、国防に関わる者の多くの知る所だ。反現実の特性から、顔や詳細をいつまでも覚えておく事は出来ないが。


「友好的なコンタクトの方法なら幾らかあるしね。こんなでかポータル作る理由、まあまず侵略でしょう。この次元の資源が目的か……人間が目的かはわからないけど」


 人間のこんぱく流動体はばくだいなエネルギー源なので、供給源を確保しようとする反現実組織は少なくない。とある組織など、1つの惑星を丸ごと牧場にして、こんぱく流動体を収集している程だ。


「……どういう脅威が予想される?」

「──。だって無限の宇宙には、無限の可能性があるのだもの」


 巨大なポータルから巨大な人間の手が降り注いで、日本列島をわしづかみするかもしれない。

 意思を持つ百億のしましま靴下が、地球の海を飲み干してしまうかもしれない。

 あるいはガス状の気体生命体が、全ての生物の意思を乗っ取ってしまうかもしれない。


「今、必要なのは……」


 白髪の老人がつぶやいた。


「1,情報。2,人材。3,対策」


 日本の保有する怪異対策組織──ことちよう。そのエージェントの数は300名程度だ。日常の反現実性事件を解決するにも物足りない人数で、この地球規模の大事件に挑むには無理がある。


「我々は、──あおの学園に協力の要請を行おうと思っています」

「な……っ!! あおの学園は脅威的団体に登録されている組織ですよ? 公安やCIA、庭裏騎士団ナイツ・オブ・ガーデンからも厳重に監視されている連中です。とても話し合いが出来るとも思えません」

「背に腹は代えられません。それに」


 白髪の老人は、隣の黒の魔王をチラリと見た。魔王はらんまんに笑う。


「その辺は大丈夫! 私のだぁりんが、最近あおの学園に入学したんだよね。妻の特権で、いい感じに話し合いが出来るはずです、ぶいっ」


 がんくびそろえた百戦錬磨の高官達は、その場違いな能天気さに一瞬あつられる。しかしこと反現実の事件においては、黒の魔王ほど実績のある者はこの場所に居なかった。


「確かにあおの学園は遵法意識も低く、倫理的な問題を多く抱え、50年前から交流を断絶し、我が国とは明確な敵対的関係にあります。──しかし」


「大切なのは、国民の命です。総理。どうか、ご決断を」

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