こちら、終末停滞委員会。3

第1話『きっと、楽しい。』 ①

 俺──ことよろずことあおの学園の物陰に潜んでいた。


「居たか!?」

「こっちじゃない! きっとあっちだ!」

「うおおお、絶対こと先輩を逃がしちゃだめですよっ」


 あおの学園の学生たちが、一丸となって俺を追いかけていた。その中にはツーサイドアップの中学1年生──しばニャオの姿もある。後で絶対にアイツはしばく。


「くすくす、なんだか楽しいですねっ」

「……楽しんでる場合じゃないですからっ」


 俺の背後に、大きなトレンチコートとサングラス、それに帽子をぶかかぶった少女が居た。彼女はこの状況が面白いのか、くすくすと笑っている。


「くそ。生徒会室までの廊下は封鎖されてます。……学園内の要所も押さえられてる」

「わ、すごいね。コトハ見てないのに分かるんだ。未来予知? の終末だっけ」


 あおの学園の学生達が、鼻息を荒くして俺達を捜していた。俺の任務はただ1つ。──連中にこの少女を奪われること無く、生徒会室まで届けること。


「仕方がありません。別ルートから生徒会室を目指しましょう」

「あいあいっ、キャプテン!」


 少女はわいらしく敬礼する。宝石じみた光を放つその笑顔に一瞬俺はたじろぎそうになるが、ぐっと堪える。……俺はあの暴徒共とは違うのだ。


「あ! あそこに居たぞ! mALEEaマリーア様だ! 握手してくださーい!」

「チッ、もう見つかった!」


 俺は、フルクトゥスで最も有名な歌姫──mALEEaの手を取って、駆け出した。


「走ります! 行けますか!?」

「くす、当然っ! これでもトップアイドル! 走り込みはバッチリなんだから!」


 俺とmALEEaは、猛ダッシュであおの学園から逃げ出した。


「待てー! ことよろずことー!」

「絶対逃しませんっ! シャムシール!!」


 俺達を追うのは血走った目をしたmALEEaの熱狂的なファンたち。はや彼らは暴徒と化し、人間性と理性はドブに捨ててしまったようだった。あんな連中にこのコを渡したらいけない。


(……全く、何でこんな事になったんだよ!?)




 ──Corporationsの警備隊隊長ケイトリン・アン・オースティンによるこいひかり暗殺未遂事件のてんまつは、無茶苦茶だった。

 なんと事件の首謀者であるケイトリン隊長は刑務所から脱獄し、今ではゆく知れずなのだ。生徒会長アメリア・マクビールを筆頭に捜索をしているが、見つかる気配もない。


『この度はめちゃめちゃ迷惑かけてごめんねーエリフちゃん!』


 エリフ・アナトリアと、アメリアの会談が行われたのはつい先日の事だ。Corporationsは先の事件をテロ行為としているが、あおの学園からは戦争行為と取られても仕方がない。あおの学園の最大戦力・こいひかりを暗殺しかけたのだ。責任は重大である。


『全然構わないよ。とは流石さすがに言えないね。ただ謝罪や許しが無意味であるというのはお互い知る所じゃぜ。折角だ。ふっかけさせてもらうよ』

『たはは……仕方がないねえ』


 というわけで、あおの学園はCorporationsに盛大に賠償をふっかけた。100%非のあるCorporationsはその条件をむしかなかった。ばくだいな賠償金を要求したし、技術の開示や、複数の終末の占有権も譲渡させた。白衣の蛮族の名にたがえる事なく、略奪の限りを尽くした。


『──以上だ。ボクからの条件はこんなところかな』

『ひぃいいんっ。エリフちゃんの馬鹿っ。ガチでふっかけすぎだよう!』


 2人の生徒会長の会談には、ことよろずことも同席していた。心の読める彼は、この手の場所では重宝されているのだった。ことはエリフの交渉を見て、鬼だなあ。と思った。


『ボクの両翼からは、他に何かあるかい?』


 エリフは会談に同席していたこいとフォン・シモンを見つめる。フォンが先に答えた。


『いえ。両校のきずなひびの入らないギリギリのあんばいだと思います』

『そうかなあ!? 私は全然割れまくってるけどね、ヒビ!』


 半泣きのアメリア会長を無視して、こいが答えた。


あおの学園は人材不足。優秀な生徒の引き抜きしたくない?』

『ひぃっ。それ引き抜きって言うか人質じゃん!』


 銃痕などの特殊能力は、個人のかつぼうに大きく左右される天然の資源だ。そのため、特に重要な能力を持った生徒の期限付きの転校は、この手の会談では珍しくない。


『そうだ! ──mALEEaちゃんもらいましょうよ』


 こいは、ただの思いつきで提案した。先日のケイトリンとの荒野の決闘で、mALEEaの片羽『最強無敵のお姫様Princess Brave!』は大活躍していたからだ。

 アメリアは顔を真っ青にして叫ぶ。


『だめだめだめ! mALEEaちゃんの全体バフは超強力で、彼女のライブは学園内総生産を、0.02%上昇させるレベルなんだよ!? 絶対、渡せないから──』


 エリフ・アナトリアは笑った。


『よ・こ・せ』

『ぎゃぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!』



 そういう事情で、たいの歌姫mALEEaはあおの学園に1年間所属する事になったのだ。


『とは言え、表向きはあくまで留学という形。mALEEaの自主性によるものと報道する』


 後日。ことはエリフからそんな話を聞いて、げんなりした。


『彼女の来校初日は、すさまじい騒ぎになるだろう。どうか彼女の熱狂的なファンから護衛しながら、生徒会室まで連れてきてくれないかい? 対人のゴタゴタは得意だろ?』


 という訳で、彼はmALEEaを護衛することになったのだった。




(まさかここまでとは!?)


 あおの学園の正門を目掛けて走る俺達を追いかけるのは、数十人の生徒達だった。彼らは全員が百戦錬磨のエージェントで、熱狂的なmALEEa信者。そして遵法意識が漏れなく低いので、躊躇ためらう事無く銃痕を発砲している。


「あははは。楽しい学校だねっ」

「楽しんで頂けてるなら何よりですがねえ!?」


 彼らはmALEEaのファンなので、彼女を傷つけるつもりは皆目ない。しかし護衛である俺は障害物としか思っていないので、真っ先に排除しようとしていた。


らえッ! ──『裏切りの閃光ターキツシユ・デイライト』」


 その正確な射撃を、俺は紙一重で予測して避けた。


「ぎゃあ! そこのおめえ、今マジで狙っただろ!?」

「俺の銃痕に殺傷能力は無いッ! ただちょっと脳を作り変えるだけ」

「脳を作り変えるって何? 洗脳とかってこと?」

「ううん作り変える」


 怖すぎる。俺達が捕まるのは時間の問題だ。


(くそ、このままじゃ──)



「──ぇ何してんのこの人たち、まじ。は?」


 怒りマークを額につけたフリフリジャージのメイドさんが、空から降ってきた。


「Lunaさん!」

「ここはアタシに任せときご主人ちゃん。つって死亡フラグかよウケる」


 彼女はしようしやにグラウンドに着地すると、優雅に構える。その両手首からは、何本もの細い糸が既に伸びていた。世界一頼れる俺の従者は、クールな表情で静かにキレていた。


「ぎゃんっ」


 走っていた暴徒達は、透明な壁にぶつかる。Lunaさんが造った、糸の結界だ。


「はーい、アタシの主人に発砲した人挙手。……いやしなくてもいい、顔覚えてるから。今からボコりまーす。拒否権はないです普通に。おいゴラッ」


 Lunaさんのお陰で、俺達は学園からの脱出に成功した。背後で彼女が叫ぶ。


「早く行って! そんな長い間はたんコレ!」

「ありがとう! ……行こう、mALEEaさん!」

「はい、コトハっ」


 はぐれないようにmALEEaの手をぎゅっと握ると、全力で駆け出した。


「……えなんか手握ってないあそこ? えそれはなんか。……なんかじゃない? お姉さんそれはちょっと、違うと思うんだけどなあ! ね、ご主人ちゃん!? おいっ!!」


 怒声が聞こえた気がしたけど、そんな場合じゃないのだった。


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