こちら、終末停滞委員会。3

第1話『きっと、楽しい。』 ②


「わぁああ、すご──い!」


 活気のある色とりどりのバザールを見渡して、mALEEaはぴょんぴょんと跳ねる。


「この辺も人目が多いから、早めに移動──」

「これおいしそー! おじさん、ひとつください!」


 周りを警戒する俺とは裏腹に、mALEEaはキュネフェ(麵にチーズを挟んで、シロップやナッツをトッピングした屋台菓子)を注文していた。


「ん───! とろとろ!」

「ちょ……大きな声出すと、バレちゃいますから!」

「まーまーそう言わず? ほらコトハも。あーん♡」


 有無も言わせずに、フォークを口の中に放り込まれた。ふんわりとした甘さと、カリカリになったチーズの食感が口に広がる。……そりゃあこんなの、おいしいに決まってる。


「来てみたかったんだあ。第12地区のバザール! にぎやかな場所、好きだから」


 笑って、ステップを踏んで、彼女は鼻歌交じりに辺りを散策する。


(……絵になる人だなあ)


 トレンチコートや帽子で本来の容姿を隠して入るが、その瞳の輝きと僅かにのぞく虹色の髪から、彼女の圧倒的なオーラが漏れていた。


「第6区に居た頃は、マネージャーさんとかSPの人がいつも近くに居て、こんな風に遊ぶことってなかったし」

「……そうなんすか?」

「うん。それに私のお友達って、みんな忙しかったし。グレーちゃんぐらいかな、よく遊びに来てくれてたのは。……ケイトも、よくカードは送ってくれてたけど──」


 不意に、彼女の宝石のような瞳が陰った。


「……寂しいですか?」


 俺が思わず尋ねた。だってmALEEaは古巣であるCorporationsを抜けて、あおの学園に来ている。彼女は一瞬ハッとして、すぐに小さく笑った。


「うん、ちょっとね。でも、これでよかったんだよ。私達、変わらなきゃいけないもの」

「……変わる?」

「私達今まで、ケイトの背中について行くだけだった。彼女はそれだけの価値がある人だったから。真面目すぎるぐらいに真面目で、自分のルールで自分をがんがらめにする人だから」


 その美しさに焦がれていたのだ。その気持ちが何となく、分かる気がした。他人の輝きに魅せられて、ついて行きたくなる。いつか俺が、黒の魔王に感じたように。


「ケイトが逮捕されて、思ったの。私。あーこれからどうして生きていこう? 私達は別に、もう行きたい所なんてあるわけでもないのに。って」

「……」

「でも、あの子。脱獄しちゃった。くす。笑っちゃうよね。あの義務感の鬼がだよ? あの罪悪感の痛みで生きていた人が。おりから逃げて──その翼でどこかに飛んでいってしまった」


 mALEEaは、ひどくうれしそうな笑みを浮かべた。


「だから私達も、飛ばないとね。自分の翼で。自分の脚で。私達にはもう、導いてくれるいろの炎は居ないんだから。だから──このボウケンが、結構気に入っているんだよ」


 きっと彼女の過去にも、たくさんの物語があったんだろうな。けれどそれが、俺に語られる事は無いのだろう。俺はその、人間の不透明性が嫌いではなかった。


「折角留学したんだし、色々やりたいことあるんだ! しいもの食べたいし、素敵なものがたくさん見たい。それに──お友達も……作りたいなって……」

「はは。あなたと友達になりたいヤツなんて、腐る程いるでしょうね」

「そ、そう?」


 彼女は少し照れくさそうに視線を彷徨さまよわせてから、キュネフェを一口かじる。


「……じゃあ……コトハも……?」

「えっ」

「私とお友達になりたいって、思ってくれてる?」


 彼女が勇気を出してそう言っているのが分かってしまって、それが不思議な気分だった。彼女は世界でトップクラスのアイドルなのに。まるで普通の女の子みたいだった。


「もちろん!」


 俺は素直な気持ちで、笑ってしまった。


「俺は友達少ない系なんで。いつだってマブ募集中ですよ」

「お? ……そうなの? くす。やったあ。でも私、友達には敬語使われたくない派だなあ」


 冗談っぽく笑いながらも、彼女はまだ少し恥ずかしそうにしていた。……なんだ、本当に、普通の女の子なんだな。俺はそれが、なんだかうれしい。


「おっけ。これから仲良くやってこ。まり……」


 ──流石さすがにこの人波の中で、彼女の名前を呼ぶのはまずいか。


「……まりちゃん?」

「──!」


 俺がそう呼ぶと、彼女を目をまんまるにしてから。


「いいね、それっ。特別な渾名あだなって、大好き!」


 気に入ったようで、はにかんでくれる。


「さて、そんじゃあそろそろ行こうか。生徒会室でエリフ会長が待ってる」

「え、えーっ。もうちょっと見て回ろうよう。私友達には、わがまま聞いてほしいタイプ」

「俺は友達だろうが任務を優先するタイプ」

「仕事と私、どっちが大切なのようっ」


 また今度ね。遊ぶ機会なら幾らでもあるからさ。俺は、そんな言葉を口にしかけた。けれど音が形を得るよりも先に、瞳はそれを捉えてしまった。


「……え?」


 ──俺は一瞬、忘れかけていたのだ。俺達がであるということ。


『また今度』なんて甘えた思考が、許される人種では無いという事。


「なんだあれ」


 空から、──少女がちていた。


 一見するとどこにでも居る普通の少女だ。彼女は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていて、必死に何かを叫んでいた。しかし距離が遠く、風の音でかき消されている。

《離れてくださ───いッ!!》


《お願いだからッ! どうか私から、離れてくださーいッッ!!》


 彼女は必死に叫んでいる。上空からすさまじい速度で落ちている自分の事なんか、全く顧みもせずに。俺は一瞬、彼女を受け止めるために走ろうとして──すぐにブレーキをかけた。

《死んでしまいます! 殺されてしまいます! 私は『探偵』です!!》


《だから、近づかないでください!!》


 彼女の必死に叫ぶ心が、俺にだけは伝わっていたから。彼女は自分の肉体が平気だと確信していた。その上で、自分から離れるように叫び続けていた。それは誰の耳にも届かないが──


「皆ッ!! ここから逃げろ─────────ッッ!!」


 ──俺だけが、重大さに気がついていた。


「……ぇ? コトハ……?」

「逃げろ! 逃げろ! 逃げろォオオオオ!!! ここは、ひどい事になるぞ……ッ!」


 俺の悲鳴に、道行く人々は足を止めた。しかしそれよりも先に──空から落ちる少女に、人々は気がついてしまった。辺りは騒然となる。


「逃げろォオオオオオオオオ!」


 俺が叫んだ。


「近づかないでぇえええええええええええ!!」


 少女が叫ぶ。しかしあまりに突然の事で、人々はあつに取られたままだった。流星のような速度で、少女が広場に落下する。


「…………まずい」


 広い噴水のある広場にて。レンガ造りの道路を粉々に破壊しながら、たくさんの水道管を破裂させながら──泣いている少女は降り立った。


「! 大丈夫……っ!? は──」


 mALEEaが彼女に近づこうとした。俺はその手を強く握った。


「──彼女に、近づいたらダメだッ!!」


 mALEEaの目が丸くなる。その瞬間──虹色の髪先を、飛沫しぶきが染めた。


「…………へ?」


 ちた少女のすぐ近くで、。どちらも中年だ。女は血走った、憎しみに染まった目で。男はあつられて、わけがわからない表情で。


「どうか……近づかないで……私は『探偵』です……ッ」


 破裂した水道管から降り注ぐ水を浴びながら、探偵を名乗る少女は叫ぶ。

 この5秒後。──惨劇が起きる。彼女はそれを知っていたのだ。


「逃げるぞ、まりちゃん……! ここは……!!」


 そしてそれは始まった。男の一人が、側に居た子どもの首を絞めて殺す。それを見た子供の友達が、全く関係ない老人の喉を切り裂く。老人の息子が、その妻を殺し始める。


「──ここは、マジの地獄になる!」


 俺は叫んだ。探偵が泣いていた。人々は殺し合い始めた。お構いなしに空は青々としていた。


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