こちら、終末停滞委員会。3

第1話『きっと、楽しい。』 ③


 ──警報エマージエンシー! 警報エマージエンシー! あおの学園に、けたたましいアラートが響いた。


「む?」


 生徒会室で紅茶を飲んでいたエリフ・アナトリアはそれに気がつくと、ティーカップを置いた。その警報はレベル5以上のあかし。学園全体に、強く警戒を促すものだった。


「もしもし、ボクだ。何があったんだい?」


 エリフが内線をかけたのは、あおの学園の学園内警察。──樹木騎士団だった。


『バザールに敵対組織からの侵入がありました! 恐らく「探偵」です!』

「な……っ!? 探偵──の連中か!?」


 普段冷静で、滅多に声を荒らげないアメリアが顔を青くして立ち上がる。たまたま同席していたフォン・シモンも急いで立ち上がると、部下に命令を出しはじめる。


『侵入者の数は1人です! しかし被害は既に、数十名を数えます!』

「……そう。恐らく侵略行為では無いだろうが──」


 ──『探偵』が相手だ。悪意があるとか善意だとかは関係ない。世界のことわりからはるかに外れて、かろうじて人間の形をしているだけの異常存在だ。ある意味では終末よりもたちが悪い。


「樹木騎士団は勢力を上げて鎮圧してくれ。こちらからも援護を送る」


 援護というのは、既にフォン・シモンが手配しているだろう──揉み消し屋ブランクメーカー達の事である。樹木騎士団と比べると戦闘力は劣るが、反現実への対応力は高い。


「……ンー? 探偵協会? て何?」


 またしても何も知らないこいに、エリフは一瞬あきれた。


数多あまたの次元に存在する『探偵』を保護し、真実の追求をもくむ、外次元の組織だよ」


 反現実組織は数あれど、『探偵協会』ほど悪名がとどろく組織は少ないというのに。


「……探偵? 保護も何も。そんなん、どこにでも居るじゃない?」

「ここで言う探偵は職業じゃない。種族だ。『探偵能力』と呼ばれる特殊な性質を持った知的生命体のことじゃぜ。トップクラスの探偵は、銀河1つぐらいなら容易に破壊する」

「ふうん。私が出ようか?」

「絶対ダメ。流石さすがのキミでも、探偵能力の影響は受ける可能性が高い」

『探偵能力』は最もふるい法則の1つだ。反現実に対する異常なまでの耐性を持ったこいとは言え、無事でいられるとは限らない。


「ボクたちは今は──現場を信じるしかない」



「──なによン、これ」


 現着した樹木騎士団の騎士副団長グエン・バオランが見たのは、地獄の様相だった。


「ぎゃあああああああ!! やめてくれ! 俺が! 俺が悪かったぁあああ!」

「お前のせいで!! お前のせいでぇえええ!!」

「あぁ……死だ……これが私の、死だ……ッ!」


 沢山の死体と、沢山のその返り血を浴びた人々。死と殺人で満ちていた。バザールの人々は、殺し合っていたのだ。──いや、そうではない。


(殺し合ってはいないのねン? 一方的に、殺しているだけだわン?)



『殺人者』と『被害者』が、全く同じ数だけ居た。それぞれが一対になっており、殺す者と殺される者に分かれていた。そしてその殺人はあらがわれる事無く、速やかに遂行されていた。


(あの叫んでるのが探偵ねン? そして、これが彼女の──探偵能力!)



「お願いですッ! 私に近づかないでください! 誰も、彼らに近づかないでください!」


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【D-1293『ばくの探偵』】

○探偵ランク──C(要注意級)


○探偵能力──半径10m以内に接近した対象aを『殺人者』に、対象bを『被害者』にする。因果介入により『殺人者』は『被害者』に対して強い殺人の動機を持つ。因果介入のレベルは低いため、対象の記憶をゆがめる程度に留まる。

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 グエン・バオランは縮れた黒髪をなびかせながら、銃痕を装備すると、バザールの屋根から飛び降りた。肉体の年齢は50歳を超える彼女に、それは重労働だったが──


「──動くンじゃないわよ!」


 泣き続ける探偵の少女に、グエンが銃口を向ける。


「……だ、だめ……だからあなたの……近づかないで……ッ!」

「……安心しなさい! おばちゃんはこれ以上、近づかないから。あなたの目的はなに?」


 グエンは血まみれの広場を横目に入れて、思わずみする。まだ事件が発生して10分もっていないはずなのに、既に被害はじんだいだ。


「は、話があるの! あおの学園の人たちに! エリフ・アナトリアに!」

「……会長に?」

「宇宙に危機が迫ってる! 数えられない程の人が死んでしまう! 私は警告に来たの!」

(沢山の人が死んでしまう、だって?)


 それは今だ。今、この場所だ。みの屋台の店主が自分の娘に刺されて死んでいる。子供の頃によく遊んだ噴水は真っ赤に染まっている。今でも足元で死骸がうごめいている。


「逃げて! あなたも! 私の能力は私だけを中心にするんじゃない! ──その死体も!」


 探偵が叫ぶ。その瞬間、グエンの背後から、すさまじい気配を感じた。


「お前が!! お前のせいでえええええええ!!」


 上等なスーツを着た浅黒い男だった。彼は鉄パイプを握って、血走った目でグエンを見つめていた。ごう、というかざきり音と共に、男は彼女の頭部を砕こうとする。


(この男……──数年前、私が任務の中で誤って殺してしまった少女の、兄!?)


 グエンの脳内に、在りもしない記憶が過ぎる。それは『ばくの探偵』が持つ、探偵能力の一部だ。──因果介入の性質。グエンの過去を直接書き換えて、つじつまを合わせる。


「──けれどそれが何? 最優先は任務。後悔なんて、何の理由にもならないわン」


 グエンは、背後に銃弾を放っていた。その銃弾は男の胸に突き刺さるが──血は流れない。代わりに男の動きはパントマイムのように、ひどく緩慢になる。


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圧縮される勝利ウイン・ジツプ】[銃痕]

『時を圧縮する』銃痕。対象そのものの時間を圧縮して動作を速くする。あるいは対象の周りに流れる時間を圧縮して動作を遅くする。グエン・バオランの実年齢は200歳を超えるが、この能力により50歳程度の身体年齢を維持している。

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 時間の流れを圧縮された男は、相対的に動きが遅くなったのだ。


「それで? おばちゃん達は、どうしたらいのン?」


 グエンは何事も無かったかのように平然と尋ねた。探偵は一瞬、ビクリと震えてから。


「わ、私の探偵能力は無差別で際限ありません! かんした人を、隔離してください!」


 グエンはうなずくが、──それが難しい事を、既に嫌になるぐらいに理解していた。


「誰か、助けてくれええええええええ!!」

「私の命に替えても、お前だけは殺すッ! 何に替えても殺すッ! 必ず殺すッ!」


 なら、バザールはパニック状態に陥っていたからだ。人々は走り、倒れ、殺し続けている。彼らを隔離できる銃痕を持つ学生を呼ぶ数分の間に、更に多くの人々が死ぬだろう。


(何とか、ここにいる人びとを落ち着かせないと──)


 グエンが脂汗をかきながら、必死に考えを巡らせる。


「──もしも明日が晴れならば♪」


 心を洗うような旋律だった。


「あれは……うそだろ……mALEEa!?」


 群衆が叫ぶ。グエンが見上げる。恐ろしいほどのオーラを放つ少女が屋上に居て、虹色のマイクを握っていた。それはどんな音響設備よりも美しい音質で、彼女の声を響かせる。


「一緒に海に出かけよう。なみぎわで。足首を浸して。キミとふたりで♪」


 その歌声の振動は、心臓に直接響くようだった。心の静脈に、直接優しさと温かさをそそぎ込まれるような、母親に抱きしめられた時のような、圧倒的な安らぎの羅列だった。


「…………すご……」


 探偵能力により『殺人者』にされていた人々は、ぽかんと口を開けて彼女の歌声に聞き入っている。暴力的な衝動の最中に優しさで抱きしめられて、思わず泣き出した者もいる。


(なんてこった……! パニックになった連中まで、あつに取られて──)


 誰もが、その歌姫の音楽に聞き入っていた。


「グエン先輩! 今のうちに!」


 いつのまにか音楽に聞き入っていたグエンに声をかけたのは、少年だった。


「アンタは確か……ことよろずことだったかしらン。こいのとこの」

「そうです! 今のうちに、応援を!」


 グエンは、仲間に連絡する。近くに『シャムシール』という能力を持った少女が居て、駆けつけてくれるそうだ。彼女なら、探偵能力にかんした人々の隔離は容易だろう。


(しかし……こりゃ、まいったね)


 バザールは鮮血でれ、人々は倒れ、死と暴力に支配されていたはずだ。


「──きっと楽しい。きっと楽しい♪」


 けれど歌い手の持つ七色の輝きだけが、意味を持っていた。


(これが──世界一の歌姫か)


 グエンもまた目を閉じて、その美しい歌声に耳を傾け始める。


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