こちら、終末停滞委員会。3
第1話『きっと、楽しい。』 ③
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──
「む?」
生徒会室で紅茶を飲んでいたエリフ・アナトリアはそれに気がつくと、ティーカップを置いた。その警報はレベル5以上の
「もしもし、ボクだ。何があったんだい?」
エリフが内線をかけたのは、
『バザールに敵対組織からの侵入がありました! 恐らく「探偵」です!』
「な……っ!? 探偵──探偵協会の連中か!?」
普段冷静で、滅多に声を荒らげないアメリアが顔を青くして立ち上がる。
『侵入者の数は1人です! しかし被害は既に、数十名を数えます!』
「……そう。恐らく侵略行為では無いだろうが──」
──『探偵』が相手だ。悪意があるとか善意だとかは関係ない。世界の
「樹木騎士団は勢力を上げて鎮圧してくれ。こちらからも援護を送る」
援護というのは、既にフォン・シモンが手配しているだろう──
「……ンー? 探偵協会? て何?」
またしても何も知らない
「
反現実組織は数あれど、『探偵協会』ほど悪名が
「……探偵? 保護も何も。そんなん、どこにでも居るじゃない?」
「ここで言う探偵は職業じゃない。種族だ。『探偵能力』と呼ばれる特殊な性質を持った知的生命体のことじゃぜ。トップクラスの探偵は、銀河1つぐらいなら容易に破壊する」
「ふうん。私が出ようか?」
「絶対ダメ。
『探偵能力』は最も
「ボクたちは今は──現場を信じるしかない」
■
「──なによン、これ」
現着した樹木騎士団の騎士副団長グエン・バオランが見たのは、地獄の様相だった。
「ぎゃあああああああ!! やめてくれ! 俺が! 俺が悪かったぁあああ!」
「お前のせいで!! お前のせいでぇえええ!!」
「あぁ……死だ……これが私の、死だ……ッ!」
沢山の死体と、沢山のその返り血を浴びた人々。死と殺人で満ちていた。バザールの人々は、殺し合っていたのだ。──いや、そうではない。
(殺し合ってはいないのねン? 一方的に、殺しているだけだわン?)
『殺人者』と『被害者』が、全く同じ数だけ居た。それぞれが一対になっており、殺す者と殺される者に分かれていた。そしてその殺人は
(あの叫んでるのが探偵ねン? そして、これが彼女の──探偵能力!)
「お願いですッ! 私に近づかないでください! 誰も、彼らに近づかないでください!」
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【D-1293『
○探偵ランク──C(要注意級)
○探偵能力──半径10m以内に接近した対象aを『殺人者』に、対象bを『被害者』にする。因果介入により『殺人者』は『被害者』に対して強い殺人の動機を持つ。因果介入のレベルは低いため、対象の記憶を
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グエン・バオランは縮れた黒髪を
「──動くンじゃないわよ!」
泣き続ける探偵の少女に、グエンが銃口を向ける。
「……だ、だめ……だからあなたの……近づかないで……ッ!」
「……安心しなさい! おばちゃんはこれ以上、近づかないから。あなたの目的はなに?」
グエンは血まみれの広場を横目に入れて、思わず
「は、話があるの!
「……会長に?」
「宇宙に危機が迫ってる! 数えられない程の人が死んでしまう! 私は警告に来たの!」
(沢山の人が死んでしまう、だって?)
それは今だ。今、この場所だ。
「逃げて! あなたも! 私の能力は私だけを中心にするんじゃない! ──その死体も!」
探偵が叫ぶ。その瞬間、グエンの背後から、
「お前が!! お前のせいでえええええええ!!」
上等なスーツを着た浅黒い男だった。彼は鉄パイプを握って、血走った目でグエンを見つめていた。ごう、という
(この男……──数年前、私が任務の中で誤って殺してしまった少女の、兄!?)
グエンの脳内に、在りもしない記憶が過ぎる。それは『
「──けれどそれが何? 最優先は任務。後悔なんて、何の理由にもならないわン」
グエンは、背後に銃弾を放っていた。その銃弾は男の胸に突き刺さるが──血は流れない。代わりに男の動きはパントマイムのように、ひどく緩慢になる。
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【
『時を圧縮する』銃痕。対象そのものの時間を圧縮して動作を速くする。
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時間の流れを圧縮された男は、相対的に動きが遅くなったのだ。
「それで? おばちゃん達は、どうしたら
グエンは何事も無かったかのように平然と尋ねた。探偵は一瞬、ビクリと震えてから。
「わ、私の探偵能力は無差別で際限ありません!
グエンは
「誰か、助けてくれええええええええ!!」
「私の命に替えても、お前だけは殺すッ! 何に替えても殺すッ! 必ず殺すッ!」
(何とか、ここにいる人びとを落ち着かせないと──)
グエンが脂汗をかきながら、必死に考えを巡らせる。
「──もしも明日が晴れならば♪」
心を洗うような旋律だった。
「あれは……
群衆が叫ぶ。グエンが見上げる。恐ろしいほどのオーラを放つ少女が屋上に居て、虹色のマイクを握っていた。それはどんな音響設備よりも美しい音質で、彼女の声を響かせる。
「一緒に海に出かけよう。
その歌声の振動は、心臓に直接響くようだった。心の静脈に、直接優しさと温かさを
「…………すご……」
探偵能力により『殺人者』にされていた人々は、ぽかんと口を開けて彼女の歌声に聞き入っている。暴力的な衝動の最中に優しさで抱きしめられて、思わず泣き出した者もいる。
(なんてこった……! パニックになった連中まで、
誰もが、その歌姫の音楽に聞き入っていた。
「グエン先輩! 今のうちに!」
いつのまにか音楽に聞き入っていたグエンに声をかけたのは、少年だった。
「アンタは確か……
「そうです! 今のうちに、応援を!」
グエンは、仲間に連絡する。偶然近くに『シャムシール』という能力を持った少女が居て、駆けつけてくれるそうだ。彼女なら、探偵能力に
(しかし……こりゃ、まいったね)
バザールは鮮血で
「──きっと楽しい。きっと楽しい♪」
けれど歌い手の持つ七色の輝きだけが、意味を持っていた。
(これが──世界一の歌姫か)
グエンもまた目を閉じて、その美しい歌声に耳を傾け始める。