異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち

エピローグ 神話になれない僕だけど ②

「えー……あー……『がおーっ!』じゃなくって?」


 ツッコミとも取れない確認に、「お目が高い!」と瞳を輝かせた獅子原。


「そう、これが一皮むけたあたし! 猫ちゃんの『にゃーん』に、ライオンの『ガルルル!』を合体させたんだー。にゃんがるーっ! どう? 新しい時代来ちゃったんじゃない?」

「…………」


 三回目にして全力のにゃんがるー。弾けるようなドヤ顔を披露する少女を前に、


「クオリティの低いネタをよくそんな自信満々に擦れるな?」


 こんな感想しか抱けない僕は鬼か悪魔なのかもしれない。

 カチカチカチ――シュボッ! ガスコンロみたいに時間差で獅子原の顔が火を噴いた。


「こーもりくんが言ったんでしょーが! 最低限、恥ずかしがらずにやれってー!」

「そ、そうだっけ……なんか、ごめん。家にいて、僕、オフだったからさ…………」

「引くなー! リアルな感じに引くなー! 一番傷付くからー!」

「ごめんって。それより、どうして僕の家を知ってる?」

「斎院先輩に聞いたのっ!」


 だから、個人情報の扱いを……もういいや。


「これ、早く渡したかったから。ハイ、ジャジャーン!」


 プレゼントを取り出したみたいな効果音を口にする獅子原だったけど、最初から丸見えだったので大したサプライズはない。彼女が鞄と共に拾い上げたのは、色とりどりの折り紙によって作られたタンチョウの集合体。平たく言えば――


「千羽鶴、なのです」

「入院と勘違いしてないか?」

「まあまあ。名誉の負傷なんだから、誇っていいんだよ~?」


 答えになってない。しかし、一日や二日でこの量を作成するのは普通にすごい。


「獅子原が一人で?」

「まっさか! たきざぁがクラスのみんなに声かけたんだ。牡丹ちゃんも折ってたね」

「……滝沢が」

「文化祭の準備みたいでけっこー盛り上がっちゃった」


 あいつにとっての僕は大勢いる友達のうちの一人にすぎない――その考えには今も変わりないけど、ただチャラいだけの男ではないんだろうな、とは思うようになっていた。


「ありがたくもらっておくよ……おっ?」


 僕の伸ばした手は空を切る。獅子原は千羽鶴を人質みたいに遠ざけて、


「一つだけ、約束してもらえる?」

「なんだ?」

「あたしだけ仲間外れにするのとかはもう、ナシにしてよね?」

「…………」

「助けられてばっかりは嫌だからさ。あたしもこーもりくんの力になりたい」


 いじけているわけでも、責めているわけでもなかった。仲間なら当然にそうあるべきだと彼女が考えているのは、にゃんがるーを披露したときよりもさらに、自信に満ち溢れている瞳が証明していたから。僕は根負けするように頷く。


「頼りにさせてもらう」

「はっはっは、猫の手も借りちゃっていいんだよ?」

「高度な自虐を言うんだな…………ん?」


 僕はそこで気が付いた。受け取ったカラフルな折り鶴たちの中に、真っ黒な個体が何羽か混じっている。縁起は悪いが、文句を言うのも偉そうなので黙っていたら。


「ああ、黒いやつは全部ねー、メイドバイりっちゃんなんだ。あたしが折り方、教えてさ」


 百パー嫌われてるだろ、と確信を抱きつつも。


「仲直りはできたのか、お前ら」

「あっ、そうそう。ちょいドキドキだったけど……逃げないで誤魔化さないで、思ってることしっかり伝えたらさ。なんか『私も今の髪型の方が好き』とか、褒められちゃって……」

「良かったな」

「うん。だからこれからもバンバン、オリジナルの可愛さを追求していきますんで!」


 迷いなく宣言する少女。やっぱり強い。獅子原は元々、根っこの部分が強い。

 きっと僕がどうこうするまでもなく、自力で逆境も試練も乗り越えられたはず。彼女に限らずみんなそう。他人の助けなんて微々たる影響にすぎず、折れるのも折れないのも最後は自分自身の力。謙遜でも運命論でもなくそれが真実。ただ――


「それもこれもぜーんぶ、こーもりくんのおかげということで。お世話になりました」


 目の前にいる彼女が感謝を送ってくるのもまた、紛れもない真実で。もしかしたら世界は僕が考えているほど、残酷ではないのかもしれない。ほんのちょっと頑張れば、ほんのちょっと頑張った程度には見返りがある。少なくとも何も変わらなくなんてないから。

 その『ほんのちょっとの一押し』をできる人間に、なれたらいい――なりたいと思った。


「……僕も意外に、騙されやすい性格かもな」

「ん、どしたの?」

「なんでもない。とりあえず上がれよ。お茶くらい出す」


 僕はドアを全開にして家の中へ入るよう促したのだが。


「お断りします!」


 二つ返事で拒否された。


「初めておうちにお邪魔するとか、そういうのは結構あたし、大事にするタイプだから。何かのついでみたいな感じに済まさないで、特別な記念日にしたい――」

「僕はときどき、お前が何を言っているのかわからない」


 最近はときどきじゃない気もするから、仲間ってなんだろうなーと悩まされる。


 

 獅子原が去ってからしばらく経って。

 千羽鶴の中に金色でも銀色でもない、万札で折られた鶴が紛れているのを僕は発見する。


「絶対、氷上先生だろ、これ……」


 やっぱり変だよ、あの人。一人きりのリビングに空しくため息が落とされた頃。


「……………」


 ――おかしいな。二度あることは三度ある、じゃないのか?

 僕の第六感では、ここら辺でもう一回くらいインターフォンが鳴る想定なのだが、いくら天井を見つめていても、カラスの鳴き声すら聞こえてこない。


「いやいや、何を期待してるんだか……」


 大げさに首を振っても、その期待はやはり否定しきれず。

 白状しよう。僕はとある人物が来るのを待っていた。来てほしいとさえ願っていた。しかしながら、いつだって僕の予想を裏切ってくれるのがあの人。

 ガチャ、ガチャ、ギィー……バッタン。キッチンの方から不穏すぎる物音が聞こえる。

 十中八九、勝手口が開かれる音。本来その扉にはロックがかけられており、ピッキングでもしない限り部外者が侵入できるはずはないのだが。

 トン、トン、トーン――スキップのように軽快な足音が近付いてきたかと思えば、


「アロハー!」


 ハワイアンな挨拶と共にひょっこり現れたのは――いったん家に帰ってから来たのだろう――芋っぽいジャージに身を包んだサキュバスの先輩。


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異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2の書影
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