異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち

エピローグ 神話になれない僕だけど ③

「どう、風邪は治った、翼くん?」

「ナチュラルに不法侵入してきましたね!?」


 空き巣ではなかったことに安堵するより早く、僕は真っ当な非難を口にした。


「どうやって入ったんです!?」

「植木鉢の下にスぺアの鍵が隠してあったから。今どき不用心がすぎると思うわよ?」


 耳が痛いけど、思い出した。それを使って昼夜問わず出入りしていた常習犯が彼女。


「勝手口ってそういう意味じゃないですからね?」

「うっふっふっふ。このやり取りがもう懐かしいわ」

「……二年と九十六日ぶり、ですかね」

「数えてたの!?」

「すみません、テキトーぶっこきました」


 つまらないボケを挟む程度に混乱中。ただ一つ思ったのは、


「母親がいないときで良かったですね。ばったり遭遇したら修羅場かも」

「ええ、それが怖いから留守のタイミングを狙って来たわ。鬼のいぬ間になんちゃらね」


 朔先輩が恐れをなすモンスターがこの世に(しかも身内に)存在するなんて。


「まあ、大丈夫……あの人の誤解も解けますよ、そのうち」

「ふーん? 翼くんにしては楽観的な物の見方をするじゃない」

「上手く自分を騙して生きることにしました」

「心機一転ね、エクセレント……そんなあなたに相応しい仕事を持ってきたわ!」


 と、ジャージのお腹部分に下から手を突っ込んだ朔先輩が、「ドゥルドゥルドゥル~……テッテレー!」秘密道具っぽい効果音と共に取り出したのは、長方形の白いプレート。横書きされた『文芸部』の文字に見覚えはあるが、学校の外で目にするのは新鮮。


「……部室の上に掛かってたやつですよね、これ?」

「ええ。廊下でスーパーボール投げてたら直撃して見事にポッキリ」

「スーパーボールで遊ぶ女子高生いるんだ」

「まー、こんなのタ○ヤセメントで簡単に接着できるんだけど。どうせなら下地塗装サーフェイサーにスミ入れにトップコートで、私たちだけのオンリーワンな表札にリメイクしようと思って」


 塗るのはプラモだけにしてくれ。早くも自分を騙し切る自信がなくなってきた。


「で、部活名も書き直すつもりなんだけど……その命名権を翼くんに授けましょう!」

「いや、命名も何も『文芸部( )』でしょ」

「だーかーらー、括弧の中身よ、中身。だるまの目を入れる日がやってきたってわけ」

「……完成させないのが美学だったんじゃ?」

「飽きちゃった♡」

「あなたは本当にいつも通りですね」


 朔先輩の移り気に振り回されるのは、今に始まった話ではなく。たぶん来月辺りには「文芸部ってダサい!」とか言い出すはずなので、掘り下げるのはやめておき。

 ――括弧の中身、か。

 文芸部(相談所)、文芸部(残念)、文芸部(変)、文芸部(普通)、文芸部(悪い)。

 無数に浮かぶものの、しっくりくるのは一つもない。そこで初めて僕は気付かされた。名前は仮決めで、活動内容も思い付き。全てグダグダのまま始まったけど、今はなんだかんだ満足している事実に。少なからず愛着さえ湧いている気もしたから――


「埋めないでいいです、あえて」


 逆張りでも天邪鬼でもない、これが僕にとっての王道。


「たぶん、まだまだ始まったばかりで……これから色々あると思うんです。もっと沢山の人が来るはずなんです。それが終わってみないとわかりませんから。何かを成し遂げたと思える日が来るまで、空欄のままにしておきましょう……って、なんです?」


 朔先輩が袖で口元を隠している。笑われるような発言はしていない――いや、したかも。


「ああ、ごめんなさい。翼くんが珍しく部活動に前向きなものだから、おかしくって。ついこの前まで『自分はおまけです』みたいに振る舞っていたくせして」

「どっかの部長より真面目なだけです。申し訳ありませんね、偉そうに仕切ったりして」

「大いに結構よ。だって、この部はあなたのために作ったんだから」

「……僕のため?」

「翼くんのやりたいことを実現する……と言い換えてもいいわね」


 全てお見通しだと言わんばかりに胸を張る朔先輩。

 実は僕が心の底ではずっと、他人のお節介を焼きたがっていたのを看破するように。

 確かに見透かされてはいるが、『全て』と呼ぶには不十分。

 彼女は知らない。僕が最初に救いたいと願ったのは朔先輩で、今もまだ救いたいと願っていて――本当にいつか、遠い未来、それを実現できる日がくればいいなと思う。


「なーによぉ、ニヤニヤしちゃってぇ?」

「嬉しいんです。昔に近付けた気がして」

「その割に敬語は外れていないみたいだけど?」

「やけに根に持ちますね、それ」

「だってあなた……高校で再会したときの会話、覚えてないの?」


 それこそ昨日のことのように思い出せるけど、正直に答えるのは面映ゆい。


「忘れました」

「じゃあ、もう一回言ってあげる。『私のことが恋しくて追いかけてきちゃったの?』――って聞いたのよ。そしたらあなた、なんて答えたと思う?」


 本音では『そうです』と言いたかったのを、僕は必死に隠して。


「『すいません、どちら様ですか?』よ!」

「ひどい奴だな」

「そうよ、ひどい奴なのよー! 私はぜーんぶ、ちゃーんと覚えてるっていうのに!」


 朔先輩が子供っぽく口を尖らせるものだから、本当に中学生の頃に戻った気がして、僕は湧き上がってくる嬉しさに身を委ねた。戻りたいと願っても、戻れるはずがないのはわかっている。僕たちは変わってしまったし、これからも変わっていくけど。


「忘れませんよ、もう」


 今も昔も変わっていない。幼い頃から何一つ、この思いだけは。


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