異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

プロローグ 花言葉は永遠の幸福 ①

 不肖、古森翼、十六歳。

 長所なんて呼べるものは特にない反面、最近になって自覚した欠点が二つもある。

 一つ目は『子供に好かれていない』点。

 僕自身も広義では子供(被扶養者)に該当するから、わかりやすく『ちびっこに好かれていない』と言い換えよう。夕飯のおかずで言えばおでんだ。二日連続で食卓に並ぼうものなら柔い脳細胞にトラウマを植え付ける。

 そして二つ目は『デリカシーに欠けている』点。

 こちらについてはとある人物──腐れ縁の先輩から以前より指摘されていたものの、彼女のような社会性皆無の人間に繊細さを問われるのは不本意だったため、一顧だにせず生きてきたわけだが。悲しいかな、今年から同じクラスになった女子(少し痛いけどコミュ力は高い)より同様の裁定を賜ってしまった。

 曰く『デリカシーなさ男』らしい。

 ちびっこから嫌われている上にガサツで人の心がない。

 文字にするとろくでなし感が増すため、コミュ力の高いギャルに改善策はないか尋ねてみたところ。


「何事も察するのが一番!」「そんでもって空気を読む!」「なんだかんだ笑顔が大事!」

「男らしく引っ張ってくれる!」「ときどき甘やかしてくれる!」「記念日を忘れない!」


 以上のアドバイスを頂戴。

 モテるメンズの条件は聞いていない。真っ当なツッコミが脳裏をよぎったけど、口に出せば「そーゆーとこが無神経なの!」という反撃を食らいそうなので断念。

 いずれにせよ真っ当な社会人になることを諦めきれない僕は、


『人並みのデリカシーを備えた、ちびっこにも好かれるナイスガイになる』


 等身大の目標を高校二年生にして打ち出すが、これが思っていた以上に茨の道で──



 五月。大した生産性もなくゴールデンウィークが過ぎ去って、早くも一週間ほど経つ。じわじわと初夏の匂いを感じられるようになってきた、なんでもない日曜日の朝。

 顔を洗ってダイニングに向かうと、そこには父親の姿があった。新聞を広げている彼は休日なのにきっちり襟付きのシャツに着替えており、僕を見ると微笑んだ。


「早起きだな。感心、感心」

「そっちこそ」

「年寄りはこれが標準なんだ」


 冗談っぽく自嘲する父には落ち着いた雰囲気があるものの、まだまだ働き盛り。それなりの役職に就いている一方、業種の関係で国内外を問わず出張が多いため、実を言えばこうやって家でくつろいでいるのは珍しかったりする。

 一家の大黒柱をたまには労ってやろうかと思い立ち、僕は二人分のコーヒーを淹れて片方を彼の前に置いた。笑いながらお礼を言った父親の正面に腰を下ろして、僕は自分のコーヒーをすする。息子と違いよく笑う人だった。

 そこからは取り留めもない会話を一つか二つ、あとは適度に沈黙。一般的な家庭における高校生の実態は知らないけど、僕は親と過ごすこういう時間帯が──少なくともこっちの親については──苦痛にならないタイプだった。

 適切な距離感、ひとえに『余計な小言を言ってこない』からなのだろうが。


「あー、なんだ。その……」


 そんな父親が珍しく、読み終わった新聞を畳みながら言葉を探すような素振りを見せる。


「今日は、どこか出かけたりするのか?」

「特にないかな。どうして?」

「いや、いい。出るんならついでにって思ったんだが……まあ、自分で行くよ」


 奥歯に物が挟まるとはまさしくこれ。なるほど、従来の僕なら「それがどうした」と一蹴して自分の部屋に戻るのだろうが、ここは「何事も察するのが一番!」だという、誰かさんから授かった助言を実践するまたとないチャンスに思えたため。


「……暇だし、本屋で新しい参考書でも選んでこようかなー。ついでに何か買ってくる?」


 わざとらしく聞いてみるのだが、「おお、すまんな」父親からは素直に感謝される。


「じゃあ、帰りにちょっと花を買ってきてくれないか」

「ハナって………………え、フラワーの花?」


 思わず聞き返したら、他に何があるんだと苦笑される。


「ムーンダストっていうやつを頼む」

「聞いたことない名前なんだけど。どこにでも売ってるやつ、それ?」

「売ってるから安心しろ」


 断言されたので信用することにした。そもそも騙す理由がない。

 身支度を整えて玄関までやってきた僕に、父親は財布から一万円札を差し出した。お釣りはやるから友達とメシでも食いに行けと言われたが、きちんと返すことを約束して家を出る。


 百貨店の一階に入っている、地元では最大のフラワーショップにやってきた。

 存在自体は知っていたが利用した記憶はない。路上から覗けるガラス張りの店内は、花とそれを求める人たちで溢れていた。従業員含め女性ばかり。「花屋って儲かるんだなー」とか思いながら、僕は自動ドアを抜けようとしたのだが。


「……そういうことかよ、たくっ」


 人知れずため息が漏れる。ずらりと並ぶポップ広告が目に入ったからだ。ピンク色のそれにはお洒落な筆記体と一緒に今日の日付が書かれている。大型連休明けの五月の第二日曜──世間一般には『母の日』と呼ばれているんだっけ。

 瞬間、僕は全てを察した。まめなタイプの父は記念日のギフトなんて事前に用意しているはず。つまりこれは僕自身が贈るために遣わされたもの。


「不器用すぎるって、父さん……」


 全てを察した上で僕は帰りたくなった。半ば女の園と化している店内に踏み入るのが躊躇われるのではない。

 ただ単純に、僕は母親を嫌っているから。

 顔を見るのも嫌なレベルだっていうのに、プレゼントなんて渡せるはずない。なぜそんな風に敵視するのか、それは彼女が僕の大切な人に対して、筋違いも甚だしい非難をぶつけた過去があるから──話せば長くなるが、とにかく解きがたい確執なのだ。

 自動ドアが反応しないギリギリの距離を保って立ちすくむ青年を見て、別の意味で二の足を踏んでいると勘違いしたのだろう。中からエプロン着用の若い店員が現れる。



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