俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた 1

プロローグ.デッッッッかすぎる幼馴染

 俺はこの春、地元から少し離れた高校に入学した。

 たまたま今年は、同じ中学から受験した生徒もいなかった。

 中学からの知り合いがいないのだから、当然、入学式は孤独になる。

 話す相手がいないというのはやはり寂しいもので、入学式が終わってから、俺はぼんやりと満開の桜を見上げていた。


「うそ~! アンタもこの高校だったの⁉ すごい偶然~!」

「えっ……りょーちゃん? 本当に? 会えると思ってなかった~!」


 ふと横から、女子同士の会話が聞こえてきた。

 察するに、高校で再会した幼馴染というところだろうか。

 昔は仲の良かった幼馴染。進学をきっかけに疎遠になっていたが、ふとしたタイミング――たとえば高校で再会する――まあ、有り得る話だろう。


(幼馴染、か……)


 女子たちが、懐かしい話に花を咲かせているせいで、俺も思い出す。

 幼稚園から、よく一緒に行動する女子がいた。

 小学校は違ったが、スイミングスクールで知り合って、小学校低学年くらいまで二人でよく泳いでいたのだ。

 夏休みは毎日のように、市民プールや小学校のプールに行って泳いだりしていた。

 あの頃は性別など気にしなかったが、ふと、相手が女性的になっていくことに気づいたり、同級生の男子に噂を広められたりして――それから気まずくなって、いつしか会わなくなっていった。


(アイツ、どうしてるかな――)


 一時は毎日のように会っていたせいだろうか。今でも、アイツの名前も顔も思い出せる。

 アイツはよく俺のことを――。


「トウジ!」


 そうそう、こんなふうに呼んでいた。


「……えっ?」

「トウジ! やっぱりトウジじゃん! 久しぶり~っ! 何年ぶりかな~!」


 振り返らなくても、声ですぐにわかった。

 あの頃、毎日のように一緒に泳いでいた幼馴染。もちろん名前もよく覚えている。


「りりさ?」


 俺は振り向く。そこに飛び込んできたのは、見覚えのある顔ではなく――。

 胸だった。


「あははっ! トウジ~っ! すごくおっきくなったね! でも、顔つきは全然変わってないから、すぐにわかったよ」

「あ、ああ……」



 幼馴染――美濃りりさは、背伸びをしながら手を伸ばして、自分と俺の身長を比較する。

 だが、はっきり言ってこちらはそれどころではない。

 幼馴染の明るい笑顔は、多少、大人っぽくなっているものの、記憶にある笑顔と同じだ。変わったのは、とにかく胸である。

 巨大な質量が、新調したばかりの制服をはちきれんばかりに押し上げている。耳をすませたら生地の悲鳴が聞こえてきそうだ。春先だから厚手のブレザーなのに、はっきりとわかる膨らみにどうしても目が行く。

 グラビアでも見たことないような巨乳ぶりがはっきりとわかる。

 胸がデカすぎる上に身長差があるので、りりさの足元が全く見えない。必然、俺の目線はりりさの顔か胸にいくことに――。


「? ちょっとぉ、トウジ? なにボーっとしてんの?」

「あっ、ああ、すまん……いや、その、まさか再会するなんて思ってなくて」

「あはは、私も~っ! トウジがここ受けてたなんて知らなかったよ!」


 実を言うと。

 入学式の時、近くの男子が小声で噂をするのは聞こえていた。『すごい胸のデカい女子がいる』とかなんとか。

 その時は興味を抱かなかったが――いや、まさか自分の幼馴染だなんて思わないだろ⁉


「りりさは――」


 同い年の女子を、下の名前で呼ぶのに一瞬ためらう。

 しかし、りりさのことはずっと下の名前で呼んでいたし、なにより向こうも以前と変わらない呼び方をしてくれた。

 それが嬉しかったので、俺も呼び方は変えないと決めた。


「りりさは……その、なんていうか、随分変わったな?」


 どこが、と具体的には言わなかった。胸が変わったなんて言えるか!

 だがりりさのほうも、すぐに察したらしい。


「そーなの! ヤバくないこのサイズ? ありえないでしょ!」

「お前、はっきり言わなかったのに……」


 俺は顔を手で覆う。恥じらいもなにもない会話である。


「だってトウジ、ずっと胸見てんじゃん。スケベ~!」

「そりゃあ、見るだろ。ていうか嫌でも目に入るんだよ。そんなにデカかったら……」

「あははっ! いーよいーよっ、慣れたからさ。このサイズじゃ、街を歩いたらみんなに見られるし。もうしょうがないよね~!」


 慣れる――ものなのか?

 快活に笑うりりさの表情には、過去の面影が確かにあった。

 しかしだからこそ、どことなく無理して笑っているのも、俺は察してしまう。


(姿勢が……ちょっとおかしいな)


 水泳をやっていたころの、りりさのフォームをよく覚えている。小学生なのに背筋がぴんと伸びていて、まったくブレのないクロールが印象的だった。

 今はやや猫背だ。胸が重すぎて、肉体の重心が前に寄りすぎている気がする。


「ほっ」


 あ、意識して背筋を伸ばした。

 だが、今度は後ろにそり過ぎだ。肩、首、背中にかかる重量は相当なものだろう。これ、ダンベルを常に胸に抱えているようなもんじゃないのか。

 俺は十年近く水泳を続け、今は筋トレなどもやっている。だから、りりさの体の使い方が不自然なのがわかってしまった。

 この幼馴染――日常生活、大丈夫か?


「もう、この際だから聞くぞ……その大きさ、困らないのか?」

「めっちゃ困るよ!」


 よくぞ聞いてくれましたとばかりに、ずい、とりりさが身を乗り出す。

 昔のまんまだ。りりさが話が弾むと、顔をこちらに近づけるクセがある。

 だが、成長した今、それをされると――顔よりも胸が押し出されて、バストがぶるんと弾むのだ。視界のほとんどが胸で埋まる。

 どんな顔すりゃいいんだ。


「だって聞いてよ……こないだ測ったらSカップだったんだよ⁉」

「――えす」


 デッッッッかすぎるだろ。

 聞いたことないわ、そんなサイズ。

 俺はますます、どんな顔をすればいいのかわからずに天を仰いだ。


「だから色々と困っててさぁ……ちょっと? トウジ? 聞いてるトウジ? お~い、トウジってばぁ~っ!」


 これが、一部分だけデカくなりすぎた幼馴染との再会なのだった。

 俺はすぐに知ることになる。アンバランスな成長が、りりさ自身にどんな影響を与えているか、ということを――。

 そして。

 そんなりりさを放っておけない、自分の中の変わらない感情を。

 ――いや、あくまで幼馴染として、なのだが。

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