俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた 1
1‐1.再会
入学式のあと、幼馴染と再会した俺――手代木トウジは。
幼馴染の変わりぶりに、心底驚愕していた。なにしろ幼馴染の美濃りりさは、グラビアアイドルなんて目じゃないくらいの巨乳に成長していたからだ。
あかさらまに見るのはよくないと思いつつ、りりさを見れば絶対に視界に入れざるを得ない、圧倒的な存在感。
こんな状況で、りりさとなにを話せばいいのかわからず、適当に話題を濁して別れた――のだが。
(同じクラスかよ――)
新学期が始まったばかりの教室で、俺は頭を抱えた。
美濃りりさは、明るい態度で早速、クラスの話題の中心になっていた。周囲は女子が取り囲んでいる。
「おい男子、見るなよ!」
りりさの周りの女子がそう叫び、思わずビクリとした。
俺に言ったわけではないらしい。ただ、クラスの男子たちの気持ちもわかる。
どうしても彼女のことを目で追ってしまうのは、男の本能というものだろう。
「りりさの胸は私たちのだから!」「そうそう、男子は見るな!」
「み、みんな、恥ずかしいからぁ……!」
女子の一人がりりさを守るように抱きつき、そのデかすぎる胸に触る。
――女子同士でもセクハラって成立するんじゃないのか? いくら友人だからってそんな無遠慮に触れていいのか? などと理不尽な感情が湧いてくる。
「ど、どうだった?」
「でっかすぎ。胸っていうか、もう山? 自分が何触ってんのかわかんなくなる!」
「はあ~私も拝んでおこ。ご利益あるかもしれないし」
「神様だ神様」
女子たちに拝まれて、りりさはますます困惑している。
一瞬、輪の中心のりりさと目が合った。助けを求めるような表情の気もして――しかし、男は見るなと釘を刺されたばかりなので。思わず目をそらしてしまった。
幼馴染とはいえ、再会したばかり。関係性はリセットされてるはずだし、俺なんかに助けを求めるわけもないだろう。
「も~! みんなやめてよ~!」
クラスに、りりさの困った声が響いていく。
美濃りりさ。
昔は、男勝りな性格だった。その辺の空き地で虫をとったきたり、雨上がりの砂場で二人で泥まみれになって、りりさのお母さんに叱られたこともある。
今もそれは変わっていないように見えた。セミショートの茶髪だったり、制服の袖をまくっている様子からも、活動的な性格はそのままだと思える。あと、スカートで机の上に座って足を組むのが、女らしさを気にしていない感じだ。
『私も男に生まれたかった! トウジみたいに!』
過去にりりさがそんなことを言ったのを思い出す。
家族の誰かに『女らしくしなさい』と言われて、反発したんだったか。あの頃からなんとなく、りりさからは男への憧れみたいなものを感じていた。
(……今は、どうなんだ)
短めの髪や、快活な仕草。ボーイッシュな部分はあまり変わっていないように見えるが――。
それを差し引いても、デカすぎる胸が、否応なしに性別を主張している。
本人申告によればSカップのバスト。
この存在感だ。いくら見るなと言われても、クラスの男たちだって自然と彼女を目で追ってしまうだろう。
良く悪くも、今のりりさは注目の的である。りりさだって、自分の胸を追う視線には気づいているだろう。
(いやいや、いつまでりりさのこと考えてんだ、俺は)
確かに、昔は仲のよかった幼馴染ではあるが。
今はもう、お互いに成長した。りりさはクラスメイトの一人でしかない。特別、話しかけたり気にかけたりするような仲じゃないのだ。
「授業始めるぞー」
先生が教室に入ってきて、クラスメイト達も席に着く。
「よっ、と」
俺の席から、右斜め前に座るりりさも、席に着いた。ふにゅん、とそのデカすぎる胸が机に乗せられる。
(胸を乗せるな、胸をっ!)
俺は頭を抱えたくなる。
机に乗せられたら、ただでさえデカい胸がさらに強調されてしまうだろうが。これで見るななんて不可能だ。
(ええい、やめろ、授業授業。集中しないと――)
高校生になって、りりさの胸ばかり見てて成績が落ちたとなれば、笑い話にもならないだろう。
筆記具を持って、頭を切り替えようとしたその瞬間。
ばきぃ、と異様な音がなった。
「…………はっ?」
慌てて音がなったほうを見る。りりさの机である。
「美濃、どうした?」
先生が尋ねる。りりさは肩を震わせながら立ち上がって。
「あ、あの……先生、すみません。机の脚が、折れちゃった? みたいで……」
「…………」
教室に沈黙が下りる。
りりさの机は、確かに四本ある脚が一本、中心からばきりと折れていた。りりさが机にいれていた教科書や筆記具が散乱する。
「あ、あー……そうか。まあ、古い机だからな……」
先生のフォローがキツい。
たしかに学校の机なんて、古くて脚も錆びているが、だからといってそう簡単に折れるか。普段からりりさが上に座ったり、そのデカい胸を乗せているからだろう。
(あのバカ……)
胸が重すぎるから、机に乗せてラクをしようとしていたのが容易にわかる。
生徒も教師もはっきりとは言わないが、りりさの胸が原因であるのはみんなわかっていた。りりさも顔を赤くしてうつむいている。
「誰か、男子――ああ、手代木」
「あ、はい」
「すまんが壊れた机を倉庫に……あと、使ってない机を運んできてやれ」
「わかりました」
突然のご指名に素直にうなずく。
俺は身長180センチで、クラスの中でも大柄。自分で言うのもなんだがそこそこ筋肉がある。中学のころから、力仕事を手伝わされるのは日常だった。
りりさと一緒に散乱した教科書を片付ける。
不本意な形で、クラスの注目を集めてしまったりりさの顔は暗かった。恥ずかしいやら申し訳ないやら、いろんな感情がない交ぜになっている。
「ごめんね、トウジ」
ぼそりと、りりさが俺にしか聞こえないような声でささやいた。
「……お前のせいじゃない」
俺はなんと返せばいいかわからず、ぶっきらぼうにそう返事をするしかなかった。
(胸がデカすぎるせい――いや、でも、それはりりさのせいってことか?)
胸だって、りりさの一部なのだから。
(でも……謝るのはなんか、違うだろ)
胸のせいで俺に謝るりりさを見て、もやもやした気持ちがあった。
なりたくて巨乳になったわけでもないのに、りりさ自身が謝ったり、恥ずかしい思いをすることが、理不尽に感じたのかもしれない。
だけどまあ。
(それをちゃんと伝えたら――セクハラだよなぁ)
男からりりさの胸の話を振れるわけもなく。
そんなことを言ってしまえば、嫌な思いをするのはりりさのほうだろう。
結局俺は、それから黙々と、倉庫から新しい机を持ってくるしかなかった。
新しい机を運んで来たら、何事もなかったように、授業は再開される。
――授業中、りりさはずっと俯いていて、表情はわからなかった。