俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた 1

1‐2.噂の幼馴染

 学校というものは、事件があるとすぐに噂が回る。

 新入生の女子が、巨乳すぎて机を破壊したとか――そんな噂が出回っていた。

 ただでさえ、りりさは胸のせいで目立っているのだから、噂にさまざまな尾ひれがつくのは当然の流れだった。

 すでに上級生の間でも噂になっているらしい。


「おはよっ、トウジ」


 登校中、背中を叩かれた。振り返れば、りりさがいる。

 どうしても胸に目が――いや、やめろ。


「お、おう……おはよう」


 どこを見てるか悟られないようにしつつ、俺は挨拶を返した。


「トウジ、この時間なんだね! もしかして同じ電車乗ってた?」

「そうかもな。まあ、今日はたまたま。少し早く出てきたんだが」

「そっかぁ。だから今まで会わなかったんだ」

「普段はもう少し寝てるからな」

「あはは、お寝坊さんだ!」


 りりさとなにげない会話を繰り返す。


「考えてみれば、トウジと乗る駅も、降りる駅も一緒なんだよね」

「そりゃ――家は変わってないしな。お前の家も、子どもの時と同じだろ」

「ご近所さんのまんまってことだね。高校で再会するまで、今まで会わなかったのが不思議なくらい!」


 なにげない会話。

 どんなに噂になっていても、りりさがそれを気にした風はない。

 なのにどこか、彼女の笑顔が痛々しいと思うのは、俺の勘違いなのだろうか。


「トウジさー、ホントにおっきくなったよね」


 おっきくなったのはお前もだ――という言葉はすんでのところで飲み込んだ。

 身長の話だっつの。


「そりゃ、もう高校生だからな」

「なに言ってんの! クラスでもかなりおっきい方じゃん!」


 両親の遺伝子に感謝である。

 身長がある上に、筋肉もつきやすい体質だったらしい。

 おかげで中学時代、俺は体格に恵まれて、水泳部でもそれなりの成績を残した。今でも趣味は筋トレである。


「もうお前に、水泳じゃ負けないよ」


 不敵に笑って見せると、りりさは不満げに唇をとがらせた。


「むー、私、中学は水泳しなかったから……ブランクあるんだよねえ」


 少し意外だった。

 あれだけ水泳が好きなのだから、俺と同じく部活にでも入っているかと思ったのに。


(……ま、趣味嗜好だって変わるよな)


 子どもの頃の習いごとを、いつまでも好きなほうが珍しいだろう。

 俺はたまたま、水泳が性にあっていたのだが、りりさはそうではないらしい。


「ま、対決ならいつでも受けてたつぞ」


 少し挑発してみる。

 てっきり、りりさのことだから『なにをー!』とケンカを買ってくれるかと思ったが――りりさは俺の言葉を聞いてないようだった。

 どこか上の空だ。


「りりさ?」


 少し気になって、声をかけてみると、りりさははっと振り向き。


「あ、あのさ、トウジ、良かったらなんだけど」

「?」

「お願いが――」


 りりさがなにか言いづらそうにしている。

 つっこんで聞こうとしたその時――。


「りりさーっ!」


 前を歩く女子の一団が振り返って、りりさを呼んだ。

 こないだ、集団でりりさの胸を触っていた女子たちである。


「いーまーいーくーっ」


 変わったイントネーションで返事をするりりさだった。


「ごめん。呼ばれちゃったから! また今度ね」

「なんか言いかけなかったか?」

「大したことじゃないから、また今度!」


 ちょっと気になったが、りりさは小走りに去っていたので、それ以上聞けなかった。

 あまり走らないでほしい、胸が揺れる。

 りりさはたたたっと駆け抜けて、前を歩いている女子たちに混じっていくのだった。


「ヘンなやつ」


 りりさらしくない、と思いつつ。

 俺の知ってるりりさは、十年以上前の姿がメインである。そんな俺が、りりさらしいとからしくないとか言うこと自体、おかしなことだ。

 もう、俺の知ってるりりさとは違っている可能性もある。


(――なんで俺は最近、りりさのことばっか考えてんだ?)


 幼馴染ではあるが。

 もうお互い、成長したのだ。

 俺は背が伸びたし筋肉もついた。もう水泳で、りりさに負けていたころの俺じゃないのだ。

 りりさだって、あの頃のままでありつつ、体は大きく成長して――。


(ああ、もう! くそ! 俺のバカ野郎!)


 気を抜くと、すぐにりりさのこと。特に胸のことを考えてしまう。

 そんな自分に嫌気がさしてくる。

 りりさは、今でも大事な幼馴染だ。だからこそ性的な視線を向けたくない。

 胸がデカいからって、りりさはりりさ。大事な友達だ。

 ヘンなことばっか考えるんじゃない。


「ほら、あの女子……」

「あー、机ぶっ壊したって噂の――」


 俺が、内心で激しく葛藤をしている横で、上級生らしい男子が二人、りりさを指してなにか話している。

 噂が出回るのは本当に早い。

 俺がついその上級生たちを睨みつけてしまうと、彼らはひえっと怯えて足早に学校へと向かっていった。


(なにやってんだ、俺は……)


 別に怯えさせるつもりはなかったが、体がデカいと無駄に威圧感がある。そのうえ、りりさの話だったので、余計に怒りが増してしまったらしい。


(なんで怒ってるんだ、俺は――)


 りりさが噂されたって、俺には関係ない。アイツの問題だ。

 関係ないはずなのに、胸につかえたトゲのような感情が、なかなか抜けないのだった。


 翌日の朝。

 通学中の電車の中で、俺は眠い目をこすっていた。


(毎日とはいえ混むな……)


 当然だが朝の電車は満員である。

 電車の時間は昨日と同じ。一本早い。

 やや強引にでも早起きをしたのは、昨日のりりさのことが気にかかっていたからだ。お願いと言いかけて、結局その先は聞けないまま。

 教室では他の女子たちの目もあるので、なかなか話しかけられないが。

 朝、一緒に出会った形にすれば、少しくらい話しても違和感はないだろうと判断した。そのため、わざわざ一本早い電車に乗ったのだが。

 駅では、りりさの姿を見つけることはできなかった。


(……人が多かったからな)


 とりあえず同じ車両に乗ってはいないかと、りりさを探したら。


(――いたわ)



 電車のドア付近に、りりさを見つけた。

 車両の中心に来てしまった俺から見ると、やや遠いが、声をかけられない距離でもない。

 お互いに電車を降りたら、また昨日のように挨拶をすればいい。


(それにしても、何でアイツ、あんなところに)


 デカい胸が、ドアの窓に押しつけられて形を変えている。

 出入り口がもっとも混むし、人の出入りも多いから満員電車ではよりつらい場所だろう。俺のように、座席の前で立っていればいいのに――そう思って気づく。


(ああ、胸のせいか……)


 この満員電車である。

 りりさの意図とは関係なく、胸が周りに当たってしまうだろう。通学カバンなどでガードするにも限界があるサイズだ。

 普通の男なら、満員電車内でりりさの近くに行きたくはないだろう。仮にその気がなくとも偶然触ってしまえば、下手をすれば痴漢の冤罪を受けかねない。


(――ん?)


 そこまで考えて。

 りりさの後ろのサラリーマンが、やたらと近いことに気づいた。

 いや、満員電車だからおかしくはないのだが、だとしてもあまりに――ていうか、右手がりりさの胸に伸びているような。


(っ!)


 りりさが――痴漢されているのか?

 そう思った瞬間、頭に血が上る。


(おい、嘘だろ……)


 怒りのあまり叫びそうになるのを、俺は必死で自制するのだった。

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