俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた 1

2‐10.幼馴染と筋トレと家族

 風呂から上がる。

リビングに向かうと、りりさの母・璃々栖さんが食事の支度をしていた。

 手料理を並べている。メニューはバンバンジーのようだ。筋トレ後の食事としては理想的である。


「璃々栖さん……」

「トウジくん、お夕飯食べていくのよね?」

「ええまあ――いや、そうじゃなくてですね」


 俺は呆れる。

 一緒に風呂に入ってしまえ、などと言ったのは璃々栖さんである。


「困りますよ璃々栖さん。いくら幼馴染だからって、俺が入ってるのに一緒に、だなんて……」

「あはは、ごめんなさいね! つい子どものころの感覚で言っちゃったけど、よく考えたら二人とも高校生だもんね?」


 璃々栖さんは無邪気に笑う。

 なにか考えがあったわけではなく、ただ本当に、小学生の時と同じ調子で俺たちを扱っているだけのようだ。


「そうっすよ。思春期なんで……その、気を遣ってもらえると」

「次からは気を付けるわ。なんていうか、トウジくんがまた来てくれたから、私も嬉しくなっちゃったみたいね」

「……?」

「だって、あの子、ずっと落ち込んでいたんだもの」


 璃々栖さんが目を伏せる。


「やっぱり、ほら、りりさはあの体だから、色々と大変でしょう? 好きだった水泳もできなくなって……って、これトウジくんに言って良かったかしら」

「まあ……りりさからある程度は聞いてますが」

「そう。じゃあ、言ってもいいかな。ボディガードだものね」


 璃々栖さんが、ちらりと目線をリビングの外に向けた。

 りりさが聞いていないか、気にしているのだろう。


「あんまり親には言わないけど、やっぱりりりさは、気にしてるみたいなの」

「ええと、胸のこと――ですよね」

「そうね。日常生活も大変だし、生活も色々変わったけれど、なにより水泳ができなくなったことが辛いみたいで。だから、家で口数も減っていたんだけど」


 そうだったのか。

 あくまでもりりさは、学校では元気に振る舞っていた。そりゃ顔を曇らせることもあったけれど、基本的には前向きで。

 それはりりさなりに、気丈に振る舞っていたということか。


「でも、最近はちゃんと元気みたい。トウジ君に再会できたおかげだと思うの」

「それは……関係ないんじゃ」

「ううん。親ですもの。わかるわよ。ちゃんと、家の外でも信頼できる相手がいてくれるのが嬉しいのよ」


 璃々栖さんを通して、りりさからいかに信頼されていたか、改めて感じる。

 決して軽く考えていたわけじゃないが。

 りりさにとって、ボディガードという役割は、思った以上に重いのかもしれない。


「まあ……俺にできることはしますよ。今日みたいに」

「ふふ、そうね。あの子、やっぱりあの体だから、健康でいるだけでも大変なことよ。どうかりりさを見てあげてね」

「はい。任せてください」


 俺が頷くと、璃々栖さんがくすくす笑う。


「なつかしいわね」

「……へ?」

「覚えてないかもしれないけど、あなたたちが子どものころ、プールに行く時に、私が言ったのよ。『りりさを見てあげてね』って」

「そ、そうでしたっけ?」


 まったく覚えてない。

 璃々栖さんは笑いをこらえながら。


「その時も任せてください、って言ってたわ。トウジ君」

「や、やめてください。全然覚えてないんで――もう子どもじゃないんです」

「ふふ、そうよね。久しぶりに会ったからかしら、トウジ君、子どものころと同じにあ使っちゃって……もう高校生だもんね」


 しみじみ言う璃々栖さん。

 マジで子ども扱いしていたから、一緒に風呂に入れ、なんて無茶苦茶を言ったのかもしれない。勘弁してほしい。


「いやホント、お願いしますよ」

「そうね」


 璃々栖さんは人差し指をたてて。


「でも、今の話……りりさに知られたら、『恥ずかしい』って怒られちゃうから、りりさにはナイショね」

「――言えませんって」

「そうよね。ふふ、ボディガードがトウジ君で良かったわ」


 璃々栖さんが、笑顔を見せる。

 この人も俺と同じで、りりさのことを心配していて、けれどできることに限界があって、歯がゆい思いをしていたのかもしれない。

 ボディガードの役目を頼まれるまで、俺自身がそうだったのだから、よくわかる。

 ボディガードという役割を、幼馴染に頼んだことで、璃々栖さんもようやく安心できたのかもしれない。


「そうっすね……俺も、がんばります」

「なになにっ! なんの話ーっ⁉」

「っ!」


 などと言っていると。

 リビングに、パジャマを来たりりさが飛び込んできた。もこもこしたファーがいっぱいのパジャマだが。

 胸がデカすぎるせいで、上の丈が足りていない。ちらちらと腹が見えてしまう。


「なんでもねえよ」

「えー! なによそれ! 教えてよぉ!」

「本当になんでもないから」

「はぁ~⁉ トウジのくせに生意気!」


 俺のごまかし方がヘタなせいで、りりさが納得してくれない。

 俺の腕をひいて、教えろ教えろとせがんでくる。こいつ、ちょっと近づくと胸が触れそうになることに気づいていないのか?


(気づいていないのかもな、本当に……)


 自分の部屋でも、胸が大きすぎるせいで物を落とすと言っていた。あまりに胸がデカすぎるせいで、感覚が鈍かったりするのだろうか?

 ――胸のせいなのか、単にりりさが大雑把なせいかわからない。


「はいはい、りりさ、お皿並べるの手伝って。今日はトウジ君も食べるんだから」

「あ、そうだった。いっぱい食べなさいよトウジ」


 なぜか作ってもいないりりさが偉そうである。


「言われなくても食べるよ」


 なにしろこちとら男子高校生。

 育ちざかりである。

 俺はりりさの後に続いて、食器を並べるのを手伝った。食器の位置もなにもかも、子どものころからさして変わっていなかった。


「……ふふ♪」


 璃々栖さんが、そんな俺たちを見て、少しだけ笑う。

 俺が、りりさのボディガードになるだけで。りりさが、ひいては美濃家が、少しでも前向きになれるというなら。

 これくらいお安い御用だった。


「また筋トレ見てやるよ、りりさ」


 箸を並べながら言うと、りりさはうえぇ、と泣きそうな顔になるのだった。

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