俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた3
3-3.ナイトブラとケガと小児科医
車に乗った俺たちは、
ケガ人を乗せているということで、
スムーズに、りりさの言っていた『
(あー……こんな感じだったっけ?)
久しく訪れていなかった、小児病院。
俺の記憶では、たしか──入り口の看板は文字が擦れて、ボロボロだったような。
古い建物で、外壁にはツタが
「なんか……キレイになってるな」
「だから、代替わりしたんだってば」
病院の外見は、俺の記憶とはまったく異なっていた。
看板はピカピカの新品。『
病院の外壁は、クリーム色に塗り直されており、ツタなどは見受けられない。
記憶に残っていた怖い小児病院とは、だいぶイメージが違う。
「じゃあ、俺たちで行ってくるので」
りりさに肩を貸しながら、俺たちは車を降りた。
「私たちは車で待っていますね」
「手を貸してほしくなったらいつでも言ってくれ」
車内から、二人が言ってくれる。緊急事態では頼もしい。
「とりあえず大丈夫! ありがとう!」
りりさは元気にそう答えた。
足首以外は、特に問題はなさそうで、その点は安心した。
病院の中に入って、手早く受付を済ませる。
りりさはなるべく足に負担がかからないよう、足を伸ばす形で座っていた。
(静かだな……)
病院の中も、外壁と同じクリーム色の内装。
小児医院らしく、あちこちに子どもの喜びそうなぬいぐるみや絵本、ヒーローのフィギュアが置いてある。
ただ、子どもがいる病院にしては、意外なほど静かだ。
「
「あ、ああ、なんかもっとボロだった気が……」
「おたっちゃんが代替わりの時、リフォームしたんだって」
おたっちゃん。
文脈から察するに今の先生なのだろうが、随分気安い呼び方だった。
ちょうど診察室から、マスクをした親子が出てきた。風邪だろうか。
男の子のほうが、やけに顔が赤くて静かだ。病気だとしたら元気がないのもうなずけるが──。
(もっとこう……うるさいイメージが)
りりさだって子どものころは、注射がイヤで泣いていたはずだ。
たまたまだろうか? あるいは最近の子どもは、りりさほどはうるさくないのだろうか。
「
名前を呼ばれたので、りりさを支えて診察室に入る。
「いらっしゃぁい。りりさちゃぁん、検診に来なって言ってるのにサボってるでしょぉ」
やけに間延びした低い女性の声が出迎えてくれた。
「ごめんてー、おたっちゃん。色々忙しくてさー」
「まったくぅ。その胸、垂れてもしんないよぉ」
診察室で待っていたのは──。
(キャバ嬢?)
やたらと派手な──女医、なのか?
明るい金髪は巻き髪になっており、アップスタイルで随分と目立つ。
褐色肌に、厚めの唇で、黙っていても色気がすごい。
白衣の下に着ているのはレースのついたキャミソール? りりさほどでないが、デカい胸元がしっかり見えてしまう。もう見せてるだろそれ。
足を組んでいる下半身もタイトなミニスカート。下着が見えてもおかしくない。
総じて──白衣を着ているだけのキャバ嬢にしか見えなかった。
メイクやアクセサリーはしていないようだが、それでも異質な存在感に
「そっちはぁ?」
「あ、前に話してたでしょ。ボディガードのトウジ!」
「あーはいはい、
キャバ女医が、やるきのなさそうなたれ目を向けて、昔から知ってるかのように話すが──。
当然ながら初対面である。
というかこんな女医、一度会ったら絶対忘れない。
「トウジ。私の主治医の、おたっちゃん先生」
「どうもぉ、
「あ、っと……どうも、っす」
「胸が大きくなった時、どこの病院行けばいいかわかんなくて、ここに来たんだよね〜」
りりさがうんうんと
「フツーは内科か婦人科かなぁ。ま、ウチは婦人科もかじってるし〜、来てくれた以上はちゃ〜んと診ますよっと」
「さすが、おたっちゃん先生! 頼りになる!」
そこまで聞いて、俺はようやくピンときた。
(筋トレのメニューを考えた先生か!)
りりさは中学に入ってから、大きくなった胸に悩まされていた。
病気ではないかという疑念と共に、医者に診てもらった話もしていた。
結果としては病気ではない、りりさの個性という名の成長だったのだが──重いSカップを支え続けるには筋肉が必要だということで、筋トレを命じられた。
それが、この
「キミもぉ、
「あー、一応、りりさと一緒にやってるんで」
「うんうん、大事大事ぃ。りりさちゃん一人だとサボっちゃうからね」
「最近はちゃんとやってるもん!」
「アンタぁ、クーパー
「うぅぅ〜〜、わ、わかってるし」
「ならよろしぃ」
主治医だけあって、ずっとりりさを見ているようだ。
──外見はとにかくド派手だが。
「あー……
「キャバ嬢みたいってぇ?」
「はあ、まあ」
「まー、もとキャバ嬢だしね。医学部行く金なかったからぁ、自分で稼いだのぉ。これでもナンバーワンだし? あ、ナースはその頃の後輩嬢ね」
どんな病院だよ!
ってか、医学部の金を自分で稼ぐってすごいな!
「おたっちゃん、ナンバーワン嬢だったんだよ。すごいよねぇ」
「きゃはは! 医学部の勉強と、キャバクラのバイトで寝る時間もなかったけどねぇ! いやぁ、若い若い」
りりさがキラキラした瞳を向けている。
頼むからキャバ嬢とかやめてほしい──やらないよな? 胸のせいで変な人気が出そうで困る。
というか俺がイヤだ。
「若いころは大変だったけどぉ、おかげでちゃんと医者になれたしぃ。おじーちゃんの病院も継げて、万々歳ってことでぇ」
「──来歴はわかりましたけど、今、キャバ嬢みたいな服装をする理由はないのでは」
俺が至極当然の疑問を口にすると。
「えー? だってぇ」
「ぶっ!?」
薄手のキャミソールから、褐色の胸肉が押し上げられる。
りりさほどではないが相当ある──H、いやIカップ──。
「きしし、こうすると、うるさい男児どもも大人しくなるよぉ。今のキミみたいにねぇ。いやぁ、ウブだねぇ」
「ちょっと先生!? トウジの前でやめてよ!」
「なにぃ? りりさちゃんもいつもやってんでしょ?」
「やってないよ!」
りりさに
ぶっちゃけ服装が服装なので、持ち上げなくても谷間がよく見えることに変わりはない。
「そ、そういうの来ないんすか……クレームとか……」
「めっちゃ来るけど」
来るんかい。
「まあでも、ウチはウチらしく医者やるだけだからぁ。別に気にしないってゆーか? おじいちゃんから継いだ病院つぶす気はさらさらないし、医者のお仕事はちゃんとするからさ、そこは安心してよ」
「はあ、まあ──」
正直、全然安心はできないのだが。
しかし、話を聞く限りはりりさと長い付き合いのようだし──りりさの筋トレメニューも、よくできていた。
重い悩みを抱えるりりさにとっては、絶対に必要な人なのかもしれない。
新しくなった病院を見ても、腕は確かなのだろう、とも思った。
「んでぇ? 今日はどしたん?」
足を組み替えて、
「ああ、ちょっと……旅行中に、足をくじいちゃって」
「あーい……うっわ、腫れてる! ヤバいね。こりゃレントゲン撮らないと。準備するからちょっと待ってぇ〜」
口調は軽いが、真剣にりりさを心配している様子だった。
「撮影室まで行ける? ボディガードくん、手伝って〜」
「了解っす」
りりさを支えて、診察室を出て行く。
「──いい先生だな」
「ふふ、でしょ」
至近距離でりりさに
「う〜ん、レントゲンの結果だけど、さいわい、骨は折れてないね」
りりさの足を撮影したレントゲン写真を見て。
「とゆーわけでぇ、ちょっと重めの捻挫。サポーターつけて安静にしておくことぉ」
「どのくらい?」
「一週間くらいかなぁ。いま学校ないし、大丈夫でしょ?」
「ええぇ!?
「もちろん禁止ぃ」
「はうぅう、
りりさが落ち込むが、こればかりは仕方ない。
下手に動いたら悪化するに決まっている。
むしろ学校のないタイミングで良かったかもしれない。
「あと、これ、新しい筋トレメニューね。作っといたからぁ、捻挫が治ったらしっかり取り組むことぉ」
「ぎゃ。ちょっと! 筋トレ増えてる!」
「当然っしょぉ? あ、ボディガードくんにも渡しとくねぇ。りりさちゃんにしっかり筋トレさせてよぉ」
俺は
内容も、今のりりさに必要なトレーニングに見える。
こういうのも事前に準備していたのだろうか。
「ありがとうございます。しっかり、りりさにやらせます」
「うわーん! 二人していじめる!」
いじめてねえよ。
「必要なことだから。頑張りなってぇ」
やっぱり──見た目はともかく──すごく頼れる先生なのかもしれない。
「ま、捻挫の対処はそれでいいとして……どう? 最近、学校生活は?」
「楽しい!」
りりさが即答した。なんて素直なヤツだ。
「おっぱいは大変じゃなぁい?」
「大変だけどぉ……トウジもいてくれるし! 今はなんとかなってるよ。ありがとう、おたっちゃん」
「うんうん、そっかぁ。じゃ、手術は当面要らなそうねぇ」
りりさのはきはきした受け答えに、
──聞き捨てならないワードが聞こえた気がした。
「ちょ、ちょっと待ってください。手術って?」
「胸を小さくする手術よぉ。まあ、美容整形の一種ってことになるけど……りりさちゃんの大きさじゃあねえ、日常生活に不便だから、一応、お母さんも交えて検討はしてたワケ」
「聞いてないっすけど──」
りりさのほうを見ると、りりさがさっと目をそらした。
あえて黙っていたらしい。
「本当は美容整形っていうの、あんまりオススメしたくないけどさ、りりさちゃんの場合は事情が事情だから、現実的な対策として候補にあげてたのよぉ」
「──そんなのあったなら、やっても良かったんじゃ」
「いや〜。そう簡単な話じゃないのよ。保険適用外だから、クリニックにもよるけど100万以上かかるし、どんな手術だってリスクはあるからねぇ」
医者から出てくる深刻な内容の数々に、俺は
俺の知らないところで、そんな話をしていたのか。
「お、おたっちゃん、その話はいいって。もう」
「そう? でもアンタ、中学までは割と真面目に考えてたじゃん?」
「そ、そうだけど──」
りりさはなぜか
「今はさ、えっと……トウジのおかげで、なんとかなってるから。手術まではいいかなって」
「あー、そゆコト。じゃ。この話は保留ね〜」
少し気恥ずかしい──。
つまるところ──俺がボディガードになって、りりさの問題がいくらか解消されたから、手術までする必要はなくなった。
そういうことらしい。
(でも──保留か)
胸の問題は、軽減されることはあっても、根本から無くなることはない。
現実的にとり得る対策としては、いつでも候補にあがる解決策なのだろう。
「じゃ、手術の話はいいとして……あとはぁ、そうねえ、ゴム要る?」
「……ゴム?」
「避妊のぉ」
「ぶぅっ!?」
一安心かと思ったら、またとんでもないことを言い出した。
りりさの顔が真っ赤になっている! なんだいきなり!
「いや、中高生のカップルだとさぁ、すーぐ不用意なことするからねぇ? 若いから気持ちが先走るのはわかるんだけど……高校生で妊娠した子を診察とか、本人も周りも、もーホントに大変なワケよ。ウチも立場上、性指導をねぇ?」
「ぐぅっ……お、思ったより真面目な理由ですけど……」
「真面目も真面目。大真面目よぉ?」
胸を出しながら言うセリフではないと思うのだが。
「ち、ちが……おたっちゃん……私と、トウジ、つ、付き合ってないからぁ!」
「え? そうだったの?」
心底以外という風に、
りりさが顔を真っ赤にして、コクコクと
「た、ただの
「え? ああ、そう……そっかぁ〜。なんがゴメンね? ウチってば、てっきり」
「い、いえ──」
まあ、誤解されても仕方ないとは思うのだが。
「でも、ドデカいおっぱいだし、誘惑されなぁい?」
「さ、されません……!」
りりさがからかって、谷間を見せてくるときなどは、ふざけんなと思うことも多々あるが──。
「……やっぱりゴム持っておくぅ?」
「「大丈夫です!」」
俺とりりさの声が重なった。
配慮してほしい、色々と。
「う〜ん、念のため、持っておいたほうがいいと思うんだけどぉ……ま、とにかく、りりさちゃんの胸は大変だからね。なにかあればいつでも来てね」
「おたっちゃん、ありがと〜、助かったよぉ!」
「ボディガードくんもね。相談があったら、いつでもどうぞぉ」
「あ、はい……」
相談かぁ。
実を言うと、あるにはある。
今日、初対面ではあるが──正直、この先生は頼りになるように思えた。
相談してもいいと言ってくれたし、その言葉に甘えてみてもいいのかもしれない。
「すみません、実は一つ──先生に聞きたいことが」
「? どうしたの、トウジ」
「ああ、いや、できれば二人で……」
「へ?」
りりさが
先生への相談は、あるにはある。ただ、りりさの前では少し気恥ずかしい。
「ふ〜ん? いいよぉ、今は他に患者さんもいないし、ちょっとだけならぁ」
「すみません。お願いします」
「え〜! なんなの二人で!」
りりさが不満そうに言う。
「頼むよ、すぐ済むから」
「もう! 仕方ないなぁ、待ってるからね!」
しかし、大事な話なのは察したのか、待合室に戻っていった。
ちょっとだけ申し訳なかったが──しかし、お医者さんに話を聞ける機会というのも、なかなか無いと思った。
「んふ〜、じゃあキミはお姉さんになにを聞きたいのかな〜?」
りりさが退室したのを見計らって、
「はい、実は、ですね──」
*
すぐ済むから──。
その言葉通り、トウジはすぐに、診察室から出てきた。
うう、気になる。
おたっちゃん先生とどんな話したんだろ?
でも、わざわざ二人で話してたことを掘り下げるのも、なんか違う気がする。
まさか、トウジ──おたっちゃんに
いやいや、それはない! おたっちゃんは美人だけど、トウジは年上とか好きじゃない……と思う! 多分!
ていうか、トウジが好きなのは、私だし!
若干のもやもやを抱えたまま、私たちは会計を済ませて、
トウジに支えてもらいながら、
「すみませんでした、りりささん。大事な体なのにケガなんて……」
「あっ、いえいえ、私の不注意ですし!」
「撮影の予定は調整しますので、まずはケガを治してください」
「は、はあい」
あ〜あ。
旅行中のケガって、ホント、テンション下がる。
おまけに年末年始の予定もつぶれちゃったし──。
「でも──りりささんのおかげで、リフレッシュできました。よろしければ、また一緒に行きましょうね」
「あ! はい! それはもうぜひ!」
「ボクもまた付き合うよ。温泉、気持ちよかったなぁ」
まあでも。
完璧とはいかなかったけど、旅行を終えたみんなの表情は晴れやかだった。
だったら、私があんまり気にしてたら、みんなの気持ちに水を差しちゃうよね。
「また行こうね! トウジも!」
「ああ」
努めて笑顔で、私はそう言った。
そのまま、家に到着。
トウジは当たり前のように、私の自宅で一緒に車を下りた。
支えてもらわないと危ないもんね。
今の私、スーツケースも転がせないし。
旅行の荷物は
「まあ、りりさ! どうしたのその足!」
トウジに支えてもらいながら帰った私に、ママがびっくりする。
「えへへ、ごめん……ちょっと転んじゃって」
「すみません
トウジと一緒に、状況を説明する。
ママはおろおろしてたけど、おたっちゃん先生に診てもらったことを話したら、とりあえずほっとしていた。
小さいころからお世話になってる先生の診察だと、安心感も違う。
とりあえず私は、トウジのフォローで、リビングのソファに座った。
「足の具合はどうだ?」
「んん〜、やっぱ結構、痛い……」
「治るまでは大人しくしてろよ」
ママが用意してくれた氷を、足首に当てる。
しっかり冷やしていれば、痛みは多少マシだけど、やっぱりしばらくは
──はあ。
年末年始は、家で絶対安静かぁ。
「あ〜あ、残念……みーちゃんたちと初詣行く約束がぁ」
「一週間は無理だぞ」
「わかってるもん! でも、楽しみにしてたのに……」
ケガしたと言えば、みんな心配してくれるだろうけど。
初詣は、やっぱり三が日に行きたかった。
「治ってから行くのはダメなのか?」
「みんなそれぞれやることあるだろうし──集まれる日って、そんなにないかも」
「そうか……」
がんばれば集まれるかもだけど。
私のケガのせいで、みんなにそこまでしてもらうのも、ちょっと申し訳ない。
──そう思ったところで、私はぴこんと来た。
いるじゃない! 連れ回しても申し訳なくない、私のボディガードが!
「トウジ──冬休み最後の日で良かったら、一緒に初詣行く?」
「俺か?」
「うん! その頃には動けるはずだし、なんかあってもトウジと一緒なら大丈夫でしょ?」
「……たしかに、そうなるか」
そう。
今の私は──トウジがおたっちゃんとなにを話したかよりも、気になることがある。
(トウジは……私のこと、どう思っているのかな)
いや、好きなんだけど!
私のことを好きなのは、もう確定的事項ではあるんだけど!
でも確証が欲しい。
というか、いっそ告白してほしい。そうすれば確信できる。
「じゃあ、行くか、初詣」
「うん!」
「それはいいけど、足、しっかり治せよ。痛みが残ってたら行かないからな?」
「わーかってるって! 今年はもう、寝正月だから!」
ふふん。
これは私のナイスフォロー。
トウジにあげる、絶好の大チャンス。
三が日を外したタイミングで、好きな女の子と二人っきりの初詣。
これで告白しなかったら、いつするって話なんよ。
「ちゃーんと神様にお願いすること、考えときなさいよー」
「お前もな」
憎まれ口を
十中八九、間違いないとはいえ、トウジの気持ちがやっとわかる。
トウジが告白されてから、ずっともやもやしたものが晴れるなら、遅刻気味の初詣も悪くない。
トウジはどんな告白をしてくれるかな。
まだ年は明けていないのに、私の心はもう、来年のことを考えているのだった。



