俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた3
3-2.ナイトブラとケガと小児科医
「トウジ────ッ! あっさ! だぞぉ────ッ!」
「ぐえっ!」
なにかが上から降ってきて、俺は目が覚めた。
別に痛くはないが、それなりの重量によって起こされるとビックリする。
「トウジぃ! いつまで寝てんのよぉ!」
「くっ」
うるさい、昨日は
朝くらい寝かせろ。
(なんだよ──りりさか)
りりさは、眠りが深ければ、寝起きも
ガキのころから、すっきり目覚めるりりさによって、何度起こされたことか。
どうやら旅行先でも一緒らしい。
(は……はぁ!? りりさぁ!?)
離れにいるはずのない
目を開けると、毛布越しに馬乗りになっていたりりさが、にへらと笑っていた。
「お前──な、なんで」
「え、なんでって、起こしに来たんだけど」
起こしに来たというくせに、馬乗りになられては起きれないのだが。
赤く染まった頰に、汗で頰に張り付く髪の毛。
「朝から……
「そー! 朝一番の箱根の景色、最高だったよ! マジでヤバい! お
馬乗りになったまま、ベッドの反動で飛び跳ねるりりさ。
別に重くはないが、不健全に見えるからやめてくれないか。
(ちくしょう──油断した……)
離れの鍵は、確かに閉めた。
だが、露天につながる出入り口までは、気が回らなかった。
朝に強いりりさは、
結果として鍵は意味をなさず、俺は
そんな彼女が馬乗りになっているのだから──Sカップが大迫力で、寝起きの俺の前に迫ってくる。
昨晩つけていたナイトブラもない。
ノーブラのSカップが眼前に迫ってくるのは、男子高校生には刺激が強すぎる。
「……もうちょい寝かせてくれ」
「え〜っ! ちょっとぉ!」
りりさが揺さぶってくる。
当然ながら、Sカップもゆさゆさと揺れてしまう。
湯上がりのせいで、汗が胸の谷間を伝っていくのが、よく見えてしまった。
「せっかくの旅行じゃ〜んっ! 早く起きなって! ご飯食べたらまた卓球やる!? それとも温泉一緒に入る!?」
「……大丈夫だ」
「う〜、トウジのバカぁ!」
俺は目を閉じる。
眠気はとっくになくなっていたが、これ以上、りりさの姿を直視できない。
朝は男子にとっては色々と大変なのである。
「すぐに……行くから、ちょっとだけ待ってろ」
「もう! 早く来ないとトウジのご飯も食べちゃうからね!」
「よく食うな、お前は本当に……」
りりさはやっと、俺の上からどいた。
「あれ、鍵かかってる。なんで?」
りりさががちゃがちゃと、内側から鍵を開けて、やっと離れを出て行った。
「……はあぁぁぁぁ〜〜〜〜」
俺はりりさの気配がないことを確認して、大きく息を吐いた。
アイツは全然わかってない──自分の胸の暴力性を。
しかも、今日はやたら構ってほしいモードになっていた。なんなんだ?
(旅行で浮かれてんのかね……)
りりさが気兼ねなく温泉に入れるのはいいことだが。
その分、俺の心拍数は大変なことになっていた。朝からしんどい。
俺は大きく息を吐く。
自分の
朝から豪勢な朝食をとって、旅館をあとにする。
りりさは帰る直前、最後の温泉も入っていた。ホントに気に入ったらしい。
俺は──卓球だの、混浴だの、時間を問わぬりりさの襲撃だの、なんだかりりさに振り回されてばかりだった気がする。
(次は──もう少し、気を付けよう)
気を付けてどうにかなるのだろうか。
そんな疑問も頭をよぎったが、気づかないフリをした。
「ねえねえ、
「はい、
旅行の2日目は、箱根の名所──
車の中で、りりさは何事もなかったかのように笑顔だ。
(いや、まあ、なにもなかったんだが! だけどなぁ!)
混浴したり、抱きつかれたり、起こされたり。
りりさの無防備ぶりを、勝手に気にしているのは俺ばかりである。
散々やらかしておきながら、けろっとしているりりさに、釈然としない怒りが湧いてくる。
りりさは悪くないんだけどな!
気の置けない
「名物の黒たまごを食べると、寿命が延びるそうですよ」
「へ〜! すっごい! トウジ、いくつ食べる!? 私ね──」
「名物だからってそんないくつも食べるもんじゃねえだろ……?」
りりさは昨日からずっとはしゃいでいる。
よくよく考えれば、温泉もそうだが、観光旅行だって久しぶりのはずだ。
外出にもなにかと気を遣うりりさに、このままでいてほしい気持ちもあるのだが──。
だからといって、ありのまま過ぎると昨日のようなことになるので、どうにも悩ましい。
「トウジ〜、なんかずっと難しい顔してない?」
「気のせいだ」
りりさのせいにはしたくないので、そう
「りりさ、あまり突っ込んじゃダメだよ。思春期男子には色々あるんだ」
「そうなの?」
「そうだよ。こんな美人たちとの旅行なんだからね、トウジくんだって平静ではいられないのさ」
「ふーん?」
りりさがニヤニヤし始めた。
根はポンコツで男のことなんか全然知らないくせに、得意げな顔で語りだすのがまた腹立つ。
「別にそんなんじゃねえから」
「はいはい、そういうことにしておいてあげる♪」
もう、旅行で浮かれたりりさには何を言っても無駄だと判断した。
やがて、車は渋滞した坂道を登って、開けた駐車場に到着した。
ここが箱根の
「着いたーっ!」
りりさが車から降りて、すてててと駆けだす。
とりあえず走り出すところが本当に子どもだ。
(胸のせいで走りにくいはずなんだが──)
自分の胸の重さをすぐに忘れるのが、りりさらしい。
案の定、りりさは少し走ってから、胸を押さえつつ歩幅を緩めた。
なんてわかりやすいんだ……。
「トウジ〜! 黒たまご! 見つけた!」
りりさが売店を指さして叫ぶ。
次の瞬間には財布を取り出して、黒たまごを買っていた。
「はい! トウジの分! 1個食べると7年寿命が延びるんだって!」
「そりゃすげえな」
りりさがひょい、と熱々のゆでたまごを渡してくる。
ちなみにりりさの手には3つあった。食べすぎだろ。
「へえ、ロープウェイで
「そちらから来たほうが渋滞に巻き込まれなかったかもしれません。失敗だったでしょうか?」
「そんなに並ばなかったし、大丈夫じゃないですか?」
いつの間にか二人も黒たまごを買っていた。ちゃっかりしている。
「トウジ? 食べないの?」
「いま食べるよ──ってか、お前、そんなに寿命延ばしてどうするんだ、マジで」
「へへへ〜〜〜。長生きしたいじゃん?」
「…………うーん」
長生き──あまり興味がなかった。
まだ学生だし、そんな先のことまで考えたことはない。
しかし──にへらと笑うりりさを見ると、やっぱり心配だなという気持ちが湧いてくる。
黒たまご。食べれば寿命が7年延びるらしい。
それが正しいなら、3つも食べやがったりりさは──。
「ん。
俺は真っ黒な殻をむいて、黒たまごを口に放り込んだ。
ほのかに鉄のような香りがするものの、食べてしまえば普通のゆで卵と大差ない。
「……なんで私を見ながら食べるの?」
「なんでもねえよ」
さて、俺の寿命がどれくらい残っているかは知らないが。
寿命差でりりさより先に死んでしまうと、とんでもない心残りになりそうだな──なんて馬鹿なことを考えてしまうのだった。
その後は延命地蔵とやらを拝んだり。
箱根ロープウェイを間近で見たり、硫黄の匂いのする噴煙地で写真を撮ったりした。
りりさは黒たまごに加えて、アイスも食べていた。
胃袋どうなってんだ。
「トウジ〜〜〜っ! 撮って撮って!」
「危ないから飛び跳ねるな」
そして、最後は
土産物屋に階段の上から俺を呼ぶ。階段下から撮ってほしいらしい。
(はあ、まったく、落ち着きのない……)
スマホを構えるまで、りりさはぴょんぴょんと跳ねている。
子どもの時に戻ったようだ。
(それだけ観光が楽しいのかね)
りりさがそれだけはしゃげているのは、俺や
「よし、撮るぞー」
「はい、ピースーっ!」
りりさが前傾姿勢でポーズをとった瞬間。
「だっ……たっ、とッ!?」
りりさが前にバランスを崩した。
りりさの履いていたヒールが、かきんと嫌な音を立てる。
階段を踏み外したのは音でわかった。
(っ、ぶねぇ──ッ!)
足場の悪い階段で、胸の重量を考えず変な姿勢になるからだ。
俺はスマホを投げ捨て、階段を駆け上がった。
「りりさ!」「りりささん!」
りりさはバランスを崩して、そのまま前に倒れこんでくる。
「くっ!」
ほとんど走るように階段を上り。
俺はりりさの
ごきり、と嫌な音がした。
「ひぎぃッ!?」
りりさから悲鳴があがる。
(遅かったか……)
一歩、間に合わなかったのは自分でもわかった。
「りりさ、大丈夫か」
「うっ……へ、平気……あ
「歩けないな。右と左どっちだ」
「うぅっ、多分、右……」
りりさは階段から足を踏み外して、数段下の階段に着地した。
妙な姿勢で着地してしまったせいか、足を痛めたというのは、察しがついた。
今は俺が両手で支えているが、少しでも右足に重量がかかると、りりさから悲痛な声があがった。
「仕方ない。下りるぞ」
「うっ、くぅ……トウジ、ごめん」
「いいから」
旅行のために、慣れないヒールを履いていたのも一因だろうか。
まあ、それでりりさを責めるつもりはない。
「仕方ないな──りりさ、背中」
俺はしゃがみこみながら、りりさに背を向けた。
「い……いやいや、おんぶまでしなくても! 歩けるよぉ!?」
「いやどう見ても無理だろ。とりあえず階段を下りるから」
「でも──」
りりさは手すりにしがみつきながら、
しかし、自分では動けないのは、りりさ自身がよくわかっているはずだ。
数秒、迷ってから、りりさが背中にぐいっと
「お、重くない?」
「全然平気だ」
両腕でりりさの足を支えて、そのまま階段を下りていく。
りりさは俺の首に手を回して、全体重を預けてきた。
──背中に、デッかくて柔らかい感触がある。見えなくてもよくわかる。りりさの胸がつぶれて変形している。
しかし緊急事態だし、そんなこと言ってられない。
「しっかり
「う、うん……」
後ろから、
「ほ、ホントに重くない!? き、昨日ちょっと食べ過ぎたし……さっきもその、黒たまごいっぱい、食べちゃったし……」
「だから平気だって。バランス崩れるから暴れんな」
「う、うん……」
実際、りりさはしっかり俺に体重を預けてくるので、重心は安定している。
胸が当たるのを気にして、変に距離をとられたりすると、むしろバランスを崩す。密着してくれるほうがありがたい。
「……あ、ありがと、トウジ」
「────ん」
まあ、なんだ。
色々あった旅行だが──りりさを背中で支えるのは、
ついてきた理由は、ちゃんとあったのかもな。
(まったく、寿命が縮んだぜ……)
ぎゅっと両腕でしがみついてくるりりさの熱を、背中で感じる。
りりさが
階段の下まで落ちていたら、もっとひどい
(黒たまご、もう一つ食っておくか……)
縮んだ寿命を取り戻さなければ。
りりさを見守るためには、寿命がいくつあっても足りない気がするのだった。
*
あ〜あ。やっちゃった。
私はトウジの背中で、ちょっとだけ自己
新しく買ったパンプスのヒールが、階段を踏み外したせいで、ぽっきり折れてる。
はしゃぐなって、トウジにいつも言われてるのに。
デカすぎるおっぱいのせいで、私の体幹はブレッブレ。
せっかく楽しい旅行だったのに、ケガをしちゃったら台無し。
嫌な音が鳴った右足首と同じように、私の心もズキズキしてる──。
はずだったけど。
(もう! もう! もう〜〜〜〜♪)
意外と、そこまで落ち込んでなかった。
だって、トウジがカッコいいから。
階段を駆け上がって、私の
トウジの背中は安心感があって、私が体重をかけても全然平気。
やっぱ男の子だよね〜っ。ブレブレの私の体幹とは大違い!
(もう、トウジってばぁ♪ 私のこと好きすぎでしょ〜!)
私はニヤつく顔を隠すために、トウジのうなじのあたりに顔を押しつけた。
トウジからの矢印を、はっきり感じる。
私を助けるために、手を伸ばした瞬間の必死な顔──。
あれが、好きな女の子を助けるためじゃなければ、なんだというのか。
昨晩の混浴で気づいてはいたけど、それはより強い確信に変わっていた。
私ってば、愛されてる〜♪
(そんなに私のこと好きだったんだぁ! じゃあさっさと告白しなさいよ! このこの! 照れ屋の
足首はまだ痛いけど。
トウジのおかげで、少しだけマシな気がする。
私は、もう少しだけ、この安心感に浸っていたくて──ぎゅっとトウジを抱きしめた。
まあ、おんぶされてたら、抱きつくのも仕方ないよね?
ってか、おっぱいがしっかり当たっちゃうのも、やむなしだよね。
(んっ、まあ……助けてくれたトウジへの、ちょっとしたご
ほれほれ、好きな子のおっぱいだぞ、
なーんてイタズラしてみても、緊急事態だし、トウジは全然顔色を変えないのはわかってる。
そんなところが、頼りになる。
(あ〜あ……)
ちょっぴりの自己
それを上回る
(トウジ、早く告白してこないかなぁ……)
トウジに背負ってもらえるのが、楽しくて。
私はもう少しだけ、この時間が続かないかなと、願うのだった。
*
足首を見てみると、青黒く腫れていて痛々しい。りりさの顔にも汗が浮いていた。
(……折れてないだろうな)
大事でないことを祈る。
「りりさ、足、動かせるか」
「んん〜、ひとまず足の指は動くけど──あいたっ!?」
りりさが足首を押さえて
これでは歩くなんて到底無理だろう。
「りりさ、売店で氷をもらってきたよ。とりあえず冷やそう」
「それと
「お、おう」
「割れてなくて良かったね」
「……無我夢中だったからな」
スマホが手にあったら、りりさを抱きとめることはできなかった。
とっさの判断で投げ捨ててしまったスマホを、
「ひぃぃ、冷たいぃ」
「我慢しろ、熱持ったままだと痛いぞ」
「わかってるよぉ」
りりさの態度は──いつも通りではあるが。
腫れあがった右足首を見る限り、このまま旅行を続けるわけにはいくまい。
どう考えても病院に直行だ。
「……帰りましょう」
俺が口を開く前に、
「りりささん、その足で観光は無理だと思います」
「い、いや、私まだ──あ
「急に立つなって!」
思わず立ち上がったりりさの肩を支えて、ゆっくり座らせる。
「くぅぅ〜〜〜……」
「残念ですが、捻挫だったとしても、放置しては
「……はあい」
りりさはしょぼくれた声で、そう答えた。
せっかくの旅行が自分のケガで中止になるのは──残念だろう。
「また来ればいいよ。りりさ。箱根ならいつでも来れるからね」
「……
「もちろん♪ ボクだけじゃなくて、
「トウジも、付き合ってくれる? 旅行……」
りりさが不安そうな瞳で俺を見てきた。
「当たり前だろ。ボディガードだからな。いつでも付き合うっての」
「でもなんか、旅行中、変な顔してたし──」
「それはその! 色々あったんだよ! 別に、りりさと旅行するのがイヤってわけじゃないから!」
慌てて言い訳をする。
「──ん。わかった。じゃあ……今日は、帰る」
「ああ、それがいい」
どのみち、このケガでは歩けない。旅行も十分に楽しめないだろう。
「こういうのは健康な時にな」
「ん。わかった。来年また付き合ってよね、トウジ」
「わかってるって」
まだ名残惜しそうではあるが、ひとまずは納得してくれたようだ。
「りりささん、車で病院までお送りします。ただ、今は年末ですので、病院もお休みのところが多いかと……それに、この辺りよりは……ご自宅に近い病院のほうがいいかと思うのですが、どこか
「あーそっか、年末年始じゃねえか……」
俺は思わず
さすがの病院だって、年末年始は休みのとこが多い。
救急外来という手も一応あるが──。
「あー、それなら──いつも、
聞き覚えがある。俺たちの家に近い小児科医だ。
「あそこ──大丈夫か? よぼよぼのおじいちゃんがやってるとこじゃ」
「それ、だいぶ前の話でしょー? 今は代替わりしたんだよ」
「そうだったのか……」
風邪をひいて、おじいちゃん先生に診察された記憶しかない。
代替わりを知っていたということは、りりさは最近も行ったのだろうか。
「ちょっと電話してみますね」
りりさはスマホを取り出しながら、
(小児科……ねえ)
りりさも俺も去年まで中学生だったわけだし。
行きつけが小児医院というのもわからなくはないが、ちょっと不思議な感じがする。
本当に大丈夫だろうか?
「捻挫、見てくれるって」
すぐに電話を終えて、りりさはそう言った。
「わかりました。ではそちらの病院に行きましょう。りりささん、車にどうぞ」
「今、支えるからな。
「ああ」
りりさの足に体重がかからないように、俺と
「はああ〜、ごめんね、二人とも」
「気にするなって」
りりさは捻挫したほうの足を持ち上げて、片足で跳ねるように歩く。
両側から、俺と
「うう、また絶対来るからね、箱根……」
わざとらしく
ここまで未練があるなら──遠からずまた来ることになるなと思う俺だった。



