俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた3

3-1.ナイトブラとケガと小児科医

(はあぁ……長湯しすぎたか?)


 てんから上がり。

 離れの洋室に戻って、浴衣ゆかたに着替えて、俺はようやく一息つけた。

 りりさとの、意図しない混浴。

 互いにみ着があったとはいえ、同年代の女子との混浴など、緊張するに決まっている。

 しかも、途中からりりさはやけにニヤニヤしていた。

 なにを話すでもないのに、お互い、なかなか上がりたがらなかった。

 心地よさと緊張感がないまぜになっていた、よくわからない時間。

 リラックスしたかったはずなのに、むしろ逆に疲れてしまった気さえする。


(いや、それは、旅行中ずっとか……)


 やはり、男が女子旅に混ざれば、気疲れするものなのかもしれない。

 まして、りりさはとにかく無防備だし──。


(はあ、もういいや。寝るか)


 どうせ離れでは一人だ。

 耳を澄ませば、和室からりりさの笑い声が聞こえてきた。りりさや周防すおうはまだ起きているようだが、さすがに女子部屋に行くつもりはない。

 明日も観光をするのだし、さっさと寝てしまおう。

 ベッドに横になって、電気を消す。

 目を閉じると、てんから絶え間なく沸く湯の音が、より鮮明になった。


(あー……温泉に来たって感じ)


 リフレッシュにきたはずなのに。

 かどっと疲れた気がするのは、はたして錯覚だろうか。

 俺とりりさは、一緒のスイミングスクールに通っていた。

 水泳バッグを手に、りりさとスクールに行く。もちろん帰り道も一緒だ。

 そんなスクールの帰り道──ある住宅で、大きな白い犬が飼われていた。

 ひとなつっこくて、大人しい老犬。グレートピレニーズだった。

 白くてふわふわのその犬に、りりさは勝手に『ワタアメ』と名付け、通りがかるたびに抱きついていた。

 犬のほうもされるがまま。むしろ子どもが好きだったのかもしれない。

 そんな光景を、スクールから帰るたびに見つめていたのだが──。


「んんんっ……ワタアメぇ……そんなとこ、くすぐったいよぉ……」

「…………?」


 そうそう。

 丁度こんな無邪気な声で──。


(…………は?)


 あまりの事態に目を覚ます。

 暗い部屋の中、俺の寝ているベッドの中で、なにかがもぞもぞと動いている。


「んんぅ……ワタアメ〜〜〜……」

「〜〜〜〜〜ッ!?」


 思わず出そうになった声を、自分の手で制した。

 こんな気の抜けた声を出す知り合いは一人しかいない。りりさだ。

 りりさが、いつの間にかベッドに入って、俺に抱きついている。

 丁度、腹のあたりに顔をうずめている──コイツ、俺を犬だと思ってんのか!?


(なんっ……い、いつの間に……!?)


 そもそもどうして、入ってきたのか。

 この離れには鍵がかかるはず──だが。


(鍵、閉めてねえ……っ!)


 昨晩は疲れてしまって、鍵を閉め忘れていたことに、今更気づく。


(そうか、寝ぼけたりりさが、勘違いして……こっちまで来たのか)


 たとえば夜中、トイレにでも行って。

 意識が覚醒しないまま、ふらふらと離れまで来てしまったのか。


(そういえば、昔っから、寝相が悪かったなぁ……!)


 りりさは寝つきがよくて、一度寝るとなかなか起きない。

 そのせいで、朝起きたら、とんでもない姿勢になってるのもしょっちゅうだった。

 とんとさかさまになっているのは当たり前。一緒に寝てる俺を蹴飛ばしたり、上にのしかかったり。

 ひどい時には、りりさの家の階段で寝ていたことさえあった。

 りりさの母が悲鳴をあげていたのをよく覚えている。


(全然治ってないじゃねーか!)


 いくら寝ぼけているからって、こんな離れまで来るか、普通!


「んんっ……トウジも触りなよぉ〜……ふわふわだよぉ……」


 なつかしい記憶を夢で見てるのは、ほっこりしなくもないが。

 俺を犬と間違えて抱きつくのはもう、無防備とかそういう次元じゃない。


(くっ、こんなに、くっついたら……)


 りりさは俺の腹あたりに、顔をうずめている。

 両手はいつの間にか、腰にしっかりと回されていた。

 こっそり抜け出すこともできやしない。

 こんな状況では──当然ながら、りりさのデカすぎる胸も、俺に密着して──。


(────?)


 ないな。

 ない。足や太ももあたりに押しつけられてしかるべき、りりさの肉の感触がない。

 どうなってんだ? 暗いからよくわからん。


(いや、と、とりあえず、なんとか抜け出さないと──)


 どうやったら、この状況を解決できるか。

 普通に考えれば、りりさを起こすしかないだろう。

 ベッドでどうきんしている状況にパニックになるかもしれないが、りりさから入ってきたのは明白だし、丁寧に説明すれば、わかってくれるはずだ。


(問題は──りりさの眠りの深さだな)


 りりさは一度寝ると、朝までなかなか起きない。

 離れまでやってくるというとぼけぶりを発揮するくせに、その眠りは容易なことでは破れない。

 よく食べてよく眠り、朝はすっきり起きるのだから、誰もがうらやむ体質である、


「おいっ! おい、りりさ!」


 ちょっと強めに、りりさの肩を揺らしてみる。


「わぎゃあ〜〜〜ワタアメ〜〜〜、そんなめないで〜〜〜……むにゃ」

「コイツ……」


 全然起きない。

 それどころか、より強くこっちにしがみついてきた。


「んむにゃぁぁ……」

「っ」


 温泉効果なのか、ぽかぽかしたりりさの体温が感じられた。

 引きはがしたいが、りりさは寝ぼけているくせに、がっしり抱きついてきて、なかなか離れない。

 こんな状況を、万が一、さんや周防すおうに見られたらどう思われるか。


(もう、強引に運ぶか……?)


 りりさの体重くらいなら、抱えて持ち運べる。

 和室までりりさを抱えて、こっそり──いや、ダメだな。周防すおうが絶対気づく。

 アイツは俺とりりさの関係に色々と思うところがあるし──二人きりで離れにいたなんて知られたら、どんな顔をされるか。

 とりあえず、多少強引でもいいから、りりさを引きはがさねば。

 俺は体を起こし、抱きついてくるりりさの肩をひっつかむ。


「ああっ! ワタアメ〜〜〜〜ッ!」

「いい加減にしろ! 誰が大型犬だ!」


 本当は起きてるんじゃ、と思うほどの鮮明な寝言。

 俺は怒りのまま、りりさをぺいっ、と強引に引きはがした。

 りりさは両手の行き場を失い、おろおろとさまよわせる。


「……ない?」


 そして、向かい合った状態で、ようやく気づく。

 りりさの胸が──ない。

 浴衣ゆかたなんて薄着であれば、当然見えてしかるべき、巨大なシルエットがない。


「え? は? どうなってんだこれ?」

「あうぁ〜……」


 ここまでされてもりりさはまだ起きず、寝ながら泣いている。

 器用だな。

 いや問題はそこじゃない。りりさのSカップはどこに行った。

 俺は慌てて、ついつい、りりさの胸に手を当ててしまった。


「──なんだこれ?」


 りりさの胸には、インナーの感触があった。

 普通の肌着ではない。厚めの生地にさえぎられて、りりさの肌の感触はまったく感じられない。

 チョッキ──いや、薄手のベスト、だろうか。

 普通の下着でないのは間違いない。


「失礼します──ああ、やはりこちらでしたか」

「っ!?」


 冷静な声と共に、離れの扉が開いた。

 入ってきたのは、さんだった。


「しー……お静かに。起こしてしまいますから」


 口元に人差し指を当てて、さんは意味深に笑う。

 りりさの胸に触っているところを──いや、正確には触る胸が消えているのだか、それはともかく!

 どう見ても、暴漢の仕草であろう。


「い、いや、さ……違うんです、これはっ……」

「ふふ、わかっていますよ。りりささんが入ってきたんでしょう」


 さんはりりさを起こさないようにささやく。


「なかなかトイレから戻られなかったので、もしや、と思いまして──」

「そ、そうですか……」


 さんは滑らかな動作で、よいしょ、とりりさの肩を支えた。

 俺にはあれだけ抵抗したりりさは、さんにされるがままだ。


「あ、あの、えっと! りりさを触っていたのは、やましい気持ちじゃなく……」

「ええ、それもわかっていますよ。気になりますよね、この胸」


 うんうん、とさんがうなずいた。

 話が早いのは助かるが、あまりに『全てわかっている』とばかりの態度をとられるのも、少々怖くはある。


「ご覧くださいしろさん、これが弊社の誇るナイトブラです」


 次の瞬間──さんは、りりさの浴衣ゆかたの前を遠慮なく開けた。


「は?」


 なにしてんだこの人!

 ナイトブラって──それは、ほぼ下着だろうが!

 思わず叫び出しそうになったが──りりさの胸部に装着されていたのは、黒くて分厚い生地で作られたもの。

 インナーどころか、普段の着てる服よりも防御力が高そうだ。


「──これが、ブラ、ですか?」

「ええ、りりささんのSカップを、夜でも快適に支えるためには、それなりに厚い生地と、内部にSカップを収めるスペースが必要で」

「はあ……それで、これっすか」


 ナイトブラ。

 その語感から、もっと色気のあるものかと思ったが、りりさが着ているのは──たとえて言うなら、黒くて厚手のタンクトップというのがもっとも近い。

 りりさの胸はぺたんこになり、肉がはみ出すこともない。

 普段の服装のほうがよほど刺激的──いやなんでもない。


「巨乳というのは、寝る時も大変なのです。その重さは、仰向けとなれば漬物石と化し、横向きに寝れば腕と体の間に挟まって痛い。うつぶせは──そもそもりりささんの体では、うつぶせになれないかもしれません」

「はあ、まあ、それはなんとなく想像がつきますが──」

「そこで、寝るときに適したこのナイトブラです! こちらのブラは、Sカップの重さを分散し、寝る時も邪魔にならない! 肌に優しい素材を使って、りりささんの安眠とお胸を守るのです!」


 セールストークみたいなこと言い出し始めたぞ。

 とはいえ、さんがここまで熱弁するからには、このナイトブラはりりさに必要なものなのだろう。


「えっと、そんなに便利なら、普段からつければ……?」

「それが、機能性最優先で、デザインが犠牲になっていますので。普段着には不向きになんです。生地が厚くてインナーとして使うのも向いておらず……」

「だから夜だけなんですね」


 まあ、りりさは普段使う下着も、さんが用意してくれているわけだし。

 その辺りは使いわけ、だろうか。


「というわけで、りりささんの胸が無くなったわけではないので、ご安心を」

「わ、わかったので浴衣ゆかたを閉めてやってください──」

「あら。見られても大丈夫なタイプですので、ご心配なく」

「そういう問題じゃないんですよ……」


 女性の下着には詳しくないが。

 下着を見てしまったという事実と、浴衣ゆかたの前を開けている光景が、もう心臓に悪い。


(はあ、まったく……)


 りりさは目の前でこんなやりとりをしていても、素知らぬ顔でくうくうと寝ている。

 さんはドヤ顔で、自社グループの製品をアピールできたことに満足げである。

 おさなじみをマネキンみたいにしないでほしい──いや、このナイトブラを使ってるのはりりさ一人なのだろうけど。


「はっ、失礼しました。仕事となると、つい……」

「いや、まあ──」


 さん、やっぱり仕事熱心すぎる。

 ワーカホリック気味になるのも無理はない。


「とりあえず、りりさをお願いします」

「はい、お任せください。さ、りりささん、おとんに戻りますよ〜」

「むにゃぁ……ふにゅ……」


 さんに引きずられるようにして、二人は部屋を出て行った。

 もう本当、心臓に悪すぎる。

 おかげでしっかり目が覚めてしまった。


(──もう来ないだろうな)


 さすがにありえないとは思うが、りりさの寝相の悪さをめてはいけない。

 俺は今度こそ、りりさに安眠を邪魔されないように、鍵をしっかりと閉めた。

 これでもう、りりさが入ってくることはない──はずなのだが。


(…………)


 寝ようと目を閉じると、りりさに抱きつかれた柔らかい感触を思い出す。

 極上の宿。極上の温泉。極上のとん

 安眠の条件は整っているというのに──結局、俺はこの夜、なかなか寝付けないのだった。

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俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた3の書影
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