エルフの渡辺 メロンブックスサイン会用SS

渡辺風花は自分のカメラを手に入れる

「小滝ブチョー! ちょっといいッスか!」


 短すぎる秋があっという間に過ぎ、年の瀬も近くなった十二月上旬のある日曜日の午前中。

 真冬に向けた園芸部の作業のために学校にやってきた泉美は、昇降口で呼び止められた。


「なーに……どーしたの弥生。そんな大声出さなくても聞こえるって」


 月宮弥生は今年の春に園芸部に入った一年生だ。

 ショートカットに健康的に日焼けした肌、快活な発声と物怖じしない性格で、運動部に入っていないのが世界の損失みたいなキャラクターなのだが、入学前の昨年、板橋区菊祭りに出展された渡辺風花の菊にいたく感動して弟子入りを志願してきた変わり者の一年生だ。


「あの! 渡辺先輩が留年するって本当ですか⁉」

「は? 何の話? ふー……渡辺先輩が留年?」


 あまりに突拍子も無さすぎる話に泉美は鼻白む。

 泉美も二年生に進級し、夏休みを境に園芸部部長を風花から引き継いだことで、風花のことを対外的に先輩として立てることを覚えたのだった。


「いや、ウチもそう思ってたんスよ! でもさっき花壇のとこで聞いちゃったんです!」

「花壇のとこでって、部活来てるの? 受験生はもう追い込みの時期じゃないのかな」

「何かヤなこととか上手くいかないことでもあったんじゃないスか。渡辺元部長が顔見せるのって、大体そういう時じゃないスか!」

「あんたに見抜かれてるんじゃ相当だね。渡辺先輩、今花壇にいるの?」

「多分いますよ。私びっくりしてとりあえず小滝ブチョーの指示仰がなきゃって思って」

「はあ? ……あのさ弥生、ちょっと聞くけど」

「なんスか!」

「渡辺先輩が留年しそうって話、私に内緒にしてとか言ってなかった?」

「えー……」


 弥生は元気の良い顔のまましばらく声を伸ばし、そして。


「言ってたっス‼」


 元気いっぱい頭はからっぽな記憶を思い出した。

 泉美は何に呆れれば良いよいやら分からず歯を食いしばって目じりを下げて精一杯苦虫を噛み潰したような顔になってから、深く深く溜め息を吐いた。


「……まー、あれよ」

「どれスか!」

「あれ。渡辺先輩のそれは急に寒くなったから風邪引いて出てきたうわ言だと思って」

「マジですか! 渡辺先輩、卒業できるんスか!」

「まー、定期テストで赤点取ることもなくなったみたいだし、なーんかまた思いつめて変な事言ってるだけだと思うんだよね。だからその話、これ以上他の子にしないでね…………もしかして、もう話した?」


 弥生が張り付いた笑顔で固まっているので、泉美は何かを察した。


「日野っちと島岡に話しちゃいました……あと、たまたま会った小宮山先輩にも……」

「は⁉ 哲也センパイも学校来てんの? あの人こそ期末テスト近いのに部活来てる場合じゃないでしょ!」

「クラスメイトだって聞いたんで……なんか大学はスポーツ推薦決まってるから余裕なんじゃないスか? よく後輩の指導で来てるんでしょ?」

「そのスポーツ推薦がほぼ決まりそうってときに油断してこないだの中間テストで赤点取って留年しちゃうーって大騒ぎして大変だったんだよ。最後の大会前だってのにナーバスになっちゃって、慰めたり元気づけたりで本当大変だったんだから、やめてよね今あの人に留年とか話すの」

「め、面目ないッス……」

「とにかく、これ以上その話広めないでね! 今すぐ確かめて来るから!」

「う、うっス! すんませんっ! よろしくお願いします!」


 体育会式の頭の下げ方をする弥生を放置して、泉美は昇降口を出ると、スマホの画面を割らんばかりの握力で連打し、風花ではなく、風花の恋人である元写真部部長、大木行人にメッセージを飛ばした。


『風花ちゃんがまたおかしなことになってんだけど! センパイ受験前の大事なときにケンカとかしてないでしょーね⁉』


 泉美の怒気をネット回線越しに感じたのか、十秒と経たずに行人から何も知らない旨のスタンプが連打されてきた。


    ◇


「で、何があったの」

「……弥生ちゃんから、聞いたの?」


 朝からそこで干からびていたわけではないだろうが、校舎裏の花壇に近い寒風吹きすさぶ日陰で無為な土いじりをしていた渡辺風花を問い詰めると、風花は泉美が来ることが分かっていたかのように、懐から一枚の紙を差し出した。


「何これ」


 横長で四つ折りのその紙を広げた泉美は、そこに並んだ文字列を見て、何となくだが風花の身と、風花の脳内で巡った留年に至るまでの思考ルートをトレースすることができた。


「D、D、D、C、D」

「ぐっ、ぐふっ、ううっ、やめてっ、ぐぇっ!」

「センパイと同じ塾行ってるんじゃなかったの? 十二月にこの合格率判定ヤバくない?」

「だから……浪人するくらいなら……大学入試留年しようかと」


 風花が直訴状のように差し出したのは、志望校の合格率を測るための模試の結果だった。


「就職留年ならともかく入試留年なんか聞いたことないよ。というか弥生に言ったら明日には学校中に広まってるって分からないかなぁ」

「日曜なのにそんなに広まるのおかしくない?」

「で、一応聞くけどこの志望校を変えるって選択肢は無いの」

「ない!」

「志望校、センパイと同じだったよね」

「そう!」

「じゃあ凹んで花壇いじりなんかしいこないで、反省して勉強に集中しなさい!」

「うう、泉美ちゃんがお母さんや塾の先生と同じこと言う……」

「普通に生きてる人間でもエルフでも百人が百人同じこと言うと思うし、多分センパイも同じこと言うと思う」

「……同じ塾に通ってるからもうこの成績は大木くんには知られてて……大木くんもあんまり結果よくなかったみたいで……少し、会うのは、控えた方がいいかも……って……」

「あ~……いや、まぁそれは、う~ん……」


 泉美の中には、彼氏としてそれを彼女に言うのは駄目だろうと行人に腹立たしく思う感情と、正論は正論だからこれで凹んでる風花の心が弱すぎるのではないかと思う感情が戦い、


「ほら、風花ちゃんこっちおいで。センパイにヒドいこと言われて辛かったね、私に任せてれば風花ちゃんも今から大学合格間違いなしだから」


 結果、行人をとりあえず悪者にしておくいつもの結論が導き出された。


「ほ、本当? 私、行人くんと同じ学校行ける?」

「行ける行ける。運が開けて素敵な恋人も現れて人生が光り輝き始めるよ」

「素敵な恋人はもういるからいらない」

「そこは流れで騙されといてよ」

「というか人の彼女に怪しいスピリチュアル商品みたいな勧誘しないでくれないかな?」


 そこに、泉美のメッセージから何がしかの危険の臭いを感じ取った行人が、息を切らせながらやってきた。


「ふんっ!」


 行人が現れるや否や、泉美は瞬歩で間を詰めてワールド級のトーキックを行人の鳩尾目掛けて繰り出した。


「あっぶねっ!」

「おいコラそこ座れセンパイおお?」

「えっ、ええ?」

「私言ったよなぁ? 風花ちゃんを悲しませんなって。こりゃ一体どういうこと?」

「何が⁉ 何の話⁉」

「風花ちゃんのコレ!」

「な、何でそんなもの学校に持ってきてるの……い、いやまぁ、俺もC判定の方が多いし、冬期講習でみっちりリカバリーすれば……」

「うん。そのためにね、当分風花ちゃんとセンパイ、大学合格までデート禁止ね」

「えっ⁉」「は⁉」

「こんな時期に部活来たりして、風花ちゃんは色んなことが中途半端になってるから勉強も上手くいかないんだよ。だったら未来の大事なことのために少しの楽しみを我慢しなきゃいけないんじゃないの?」

「う、ぐぐぐ」

「言ってること自体は正しいから反論できない……!」

「い、いや、でも二人で二人三脚で頑張れば……!」

「それができてないからこのDDDCDなんでしょうが! 風花ちゃんがセンパイに甘えてっからでしょうが!」

「い、泉美ちゃん……! 行人くんへのその攻撃は私にも効くから……!」


 泉美の正論オブ正論に三年生部長が雁首揃えて全く反論できなかったのだが、


「あの~、お取込み中失礼します……」


 気炎を上げる泉美に行人と風花が燃え尽きそうになったまさにそのとき、控えめな大人の女性の声が割り込んだのだ。


「あ⁉ 何⁉ 今あんたに構ってる暇ないんだけど⁉」


 泉美は割り込んできた声に敵意たっぷりに噛みついた。

 噛みつかれた方はびくりと身を竦ませ、首から下げている『来校者』のゲストパスを揺らしながら、おっかなびっくり言った。


「み、湊川さん、どうしたんですか?」

「いえ、あの、この流れで物凄く空気が読めてないことは分かってるんですけど……大木君と渡辺さんにお報せが……」


 そこにいたのは、一年前の写真部園芸部福井県合同遠征で外部指導員として帯同し、渡辺風花の真の姿である異世界ナチェ・リヴィラの民、サン・アルフに対するスタンスで行人達と敵対した地球の人間、湊川夕夏だった。


「あの、例の店から連絡がありまして、渡辺さんのご注文の品が入荷したって」

「え!」「本当ですか!」「は? 何それ」


 行人と風花と泉美はそれぞれの反応を見せる。


「は、はい。大変お待たせしました……」


 一年前の強硬な態度はどこへやら、風花達にいっそ卑屈にへりくだるようになった夕夏は薄く笑いながら三人を見回す。


「その、大変な時期で、小滝さんがデート禁止って言ってる理由は私もちょっと理解できるんですけど、今回手配したモノがモノなので、一応大木君と渡辺さんお二人に一緒に来ていただきたくて……」

「一体何なの。はっきりしないのは相変わらずね。風花ちゃん達をどこに連れてくつもり⁉」

「は、はい。あの……よければこの後すぐに……秋葉原まで一緒に来ていただけると」

「秋葉原ぁ? 何でそんな地味に遠いとこ……」


 泉美は顔を顰めるが、行人と風花が真剣な顔で頷くのを見て、その気勢が少し削がれる。


「……何なの?」


    ◇


 神田川の万世橋から東京メトロ銀座線末広町駅に至る道、いわゆる秋葉原電気街は数多のサブカルチャーを全面に押し出した世界のオタクの聖地となっているが、大通りから一本裏に入るとそこには今でも昭和の時代から続く数多の電気機器や電気部品を取り扱う小売店が軒を連ねている。

 行人達三人を連れた夕夏はJR秋葉原駅からゲームセンター前の横断歩道を渡って一本裏に入り、、総武線のガードを潜り抜けた小さな三角形の区画にある、アンティークカメラを扱う雑居ビルに入っていた。

 泉美はビルの様子を怪しんだが、夕夏の手引きで案内された店では、注文された品を取り寄せた、程度の当たり前のやり取りの後、五分後には風花がお金を出して梱包された小さな箱を受け取り、すぐに店から出ることができた。


「なんなの、それ。写真部の新しいカメラじゃないよね。今のお店、中古の店だったし」

「アンティークと言ってください。今年に入って渡辺さんに相談されたものなんです」


 夕夏が胸を張ると、風花も小さく頷く。


「ええ。こればかりは私達だけじゃ手に入れられないものですから……ありがとうございました、湊川さん」


 穏やかな笑みを浮かべた風花は日に焼けたパラフィン紙に包まれた箱を丁寧に開くと蓋を開けてその中身を泉美に見せた。


「これ……!」


 流石に泉美は目を瞠り、夕夏と箱の中を交互に見た。

 そこにあったのは、行人の『あのフィルムカメラ』。

 地球人に風花たちエルフにかけられた姿隠しの魔法を破る目『魔眼』を与える異世界の魔王作、『HUDICOKO』だった。


「何これ、どういうこと? 私はあんたが改心したって未だに信じてないんだけど、また何か変なこと考えてない?」

「そう思われても当然ですが、小滝さんは私が去年の夏の福井から帰ってきてから、サン・アルフから受けた『教育』を知らないから仕方ありません。心底後悔しましたよ。バカなことしていたというか……誇大妄想に囚われてたな、って。その節は大木君にも渡辺さんにも、本当にご迷惑をおかけしました」


 殊勝に頭を下げる夕夏に、風花は首を横に振る。


「いえ。終わったことですし、私はこの一年で湊川さんが本当にサン・アルフやナチェ・リヴィラのことを理解しようとしてくれてると信じてますから。ね? 行人くん」

「うん、おかげでこうして新しいヒューディコッコも手に入ったわけだし」

「いや、まぁこのカメラが古いから手に入りにくいってのは分かるけど、さっき風花ちゃんがお金出してたよね? 風花ちゃんがそのカメラ手に入れてどうすんの?」

「うーん、実はあんまり考えてないの」

「は?」

「魔法破りも、ある意味してみたいことの一つだよ。サン・アルフじゃない行人くんや湊川さんが使ってもあんなに凄いことができるんだから、私が使ったらどうなるのかなっていうのもあるし、お母さんやイーレフの知り合いの姿を、行人くんのことを巻き込まずに撮れるっていうのは大きいよね。ただ、それって結構後付けで……単純に、欲しかったの」

「欲しかった?」

「うん。この『カメラ』! って感じの武骨な外見がかっこいいし、レトロで可愛い感じもするし、あと……」


 そして風花は少しだけ泉美から目を逸らして、小さな声で言う。


「行人くんと、お揃いになるし?」

「はぁ……」「まぁ、なんでもいいですけど」

「何で湊川さんまでちょっと白けた感じになってるんですか!」

「これでもサン・アルフの皆さんがもっと自由になってほしいって思いは変わってないんで、そんなに高い志で探してたんじゃなかったんだなーって」

「私にとっては大事なことなんですー!」

「はいはいご馳走様でした。一応言っておきますけど修理の保証書とかないですから、メンテは自分でやってくださいね」

「そのあたりは俺がきちんと教えますよ」

「そうしてください。それじゃあ私はここで失礼します。用事があるんで」

「用事?」


 夕夏がアンティークカメラ店の入ったビルのすぐそばにある『Melonbooks』という看板を掲げたビルを指さした。


「湊川さん、アニメとか漫画好きなんですか? 入ったことないけど、そういうグッズの専門店ですよね」

「好きじゃなきゃ、エルフだ異世界だ魔王だでテンション上がって惑乱したりしませんよ」


 なるほど、夕夏の謎の使命感は、元々のサブカルオタク性が由来だったのか。


「今日ここでサイン会があるんですよ。運よく抽選に当たったので、今日の買い物のついでにと思って」

「サイン会? 漫画家かなんか?」

「ラノベ作家です。少し前まで『異世界の魔王』について長期間色々書いていた人なので、ちょっと会ってみたいなと思って」

「それって、私達サン・アルフが追ってる魔王と関係があるかも、ってことですか?」


 風花は一瞬真剣な表情になるが、夕夏は肩をすくめて首を横に振った。


「十中八九無関係ですよ。ただナチェ・リヴィラの魔王に繋がる私のラインが切れちゃいましたけど、サン・アルフの皆さんが魔王討伐をしなくてよくなる未来が来てほしいってことは変わってないんで、『魔王』ってフレーズに強く関係する事柄については、一応の確認しとこうくらいの感じです」

「……私も一緒に行けますか?」

「抽選で当たってないと会場に入れないんで、無理ですね。まぁ本当、まず無関係ですから気にしないでください。それじゃあ」


 そう言うと夕夏は軽く会釈をして、建物の中に入って行ってしまった。


「行人くん、泉美ちゃん、どう思う?」

「普通に考えたら、ナチェ・リヴィラの魔王に関係する人がこんな街中で大勢の目に着く派手なことするとは思えないけど、でも……」

「うん、昔っから普通にカメラメーカーとかに潜入してたんだし、湊川の魔王と繋がるラインが本当に切れたのか、私達には確かめようがないし」


 そうこうしている間に、夕夏と同じイベントに参加するらしい来場客が次々建物へ入っていく。


「風花さん」


 行人はその様子を見て、真剣な様子になる。


「折角だから、新しいカメラを試してみない?」

「これを?」


 風花は抱えた箱を見下ろす。


「フィルムは秋葉原なら手に入るし、その作家だけでもカメラのファインダーで見ることができたら、その作家や来場客が本当に無関係なのか、ナチェ・リヴィラと関係者なのかだけでも確かめられると思う」

「いやいやセンパイ、今時こんな街中で不特定多数のお客さんにずっとカメラ向け続けてたら、普通にお店の人に通報されるでしょ」

「じゃあ、その作家だけでもファインダーで見られないかな。イベントの終わる時間と作家の顔は、ネット検索したら分かりそうだよ」

「それじゃあ、張り込んでみようか!」

「うん。でも流石に今からずっとここにいるわけにもいかない。カメラの扱いも説明したいし、お昼も近いからどこかに入って少し時間を……」

「ちょーっと待った!」


 盛り上がる行人と風花の熱に、泉美は強めに水を差した。


「あのさぁ? 二人とも魔王討伐にかこつけて、そのままデートしようとしてない?」

「い、いや」「ソンナコトナイヨー!」

「……DDDCDなことは分かってるんだよね?」

「そ、それは」「わ、ワカッテルヨー」


 狼狽しきりの二人は冷や汗をかきながら、それでもお互いを横目で見ながらもじもじが止まらない。


「……はあ」


 泉美は諦めたように溜め息を吐くと、がっくりと肩を落とし、低い声で言った。


「二人揃って浪人したって知らないからね。大学進学で同学年になったら、私からどんな目に遭わされるか覚悟しなさいよ」

「わ、分かった!」「う、うん! 大丈夫! でも泉美ちゃんと同学年ならそれはそれで」

「それはそれでじゃないっ!」


 泉美が譲歩する姿勢を見せた途端に緩み切った行人と風花。

 しっかり喝は入れるが、泉美もこれ以上付き合いきれなくなってしまう。


「じゃー私はもう帰るから。せいぜい二人でギリギリのデートを楽しんできて」

「で、デートってわけじゃないよこれは! 魔王討伐魔王討伐!」

「結果はちゃんと小滝さんにも共有するから!」

「別にいいって。ほら、もう十二時だからお店混むよ。行くならさっさと行きなよ」


 泉美が追い払うように手を振ると、行人と風花は頷きながら近場の飲食店を探して秋葉原の町に消えた。


「ったく……知らないよ本当」


 泉美は呆れながら秋葉原駅への道を、日曜日の雑踏をかき分けながら戻り、池袋方面に向かう山手線に乗車する。

 窓から離れてゆく秋葉原の街並みを見ながらふと、スクールバッグの中からスマホを取り出した。


「私ばっかり人に気ぃ遣っておしまいってのも、変な話だよね」


 そう独り言ち、LINEを開くと、小宮山哲也の名をタップし、メッセージを打ち込む。

 ポストしてから十秒と経たずに戻ってきた返事に、泉美は穏やかな笑みを浮かべた。


「こっちは何も切羽詰まってないんだから、堂々と楽しくやらせてもらうね」


 脇の甘い風花を心配して少し重くなっていた心が、これからの予定で少しだけ軽くなった泉美は、池袋駅で東武東上線に乗り換える足取りも、少し軽くなったと感じたのだった。


                                 ― 終 ―