魔剣少女の星探し 十七【セプテンデキム】 1

序ノ三 全知 ③

「……相手の正体をすいする前に御自分の心配をなさいませ」


 どこともしれない場所から響く声。静かに告げる声はおそらく魔術によって奇妙に乱され、素姓をうかがい知ることは出来ない。自分より年下の少女のような、あるいは老いた男のような、遠くで話しているような耳元でささやいているような声。続けて左右、路地の壁があるはずの場所で何かが砕ける音。闇の中に突然出現した握り拳ほどの石の塊が頭上から次々に降り注ぐ。

 魔力による直接攻撃ではなく、魔力によって破壊した物体による間接的な攻撃。これなら確かに効果はあるが、いずれにせよ熟練の魔剣使いの防御を打ち崩せるような物では無い。雨あられとたたきつける無数のつぶて全知オムニシアの漆黒の刃でことごとく弾き、闇の中を真っ直ぐ前へと駆け出す。

 と、声の主が一つため息を吐き、


「お前様の剣、覚えがあります。『十三位階』の第八位ですね?」


 背筋に氷のくいを突き立てられたような感触。

 それでも必死に前へと踏み出し、背後から飛来した巨大な石の杭をナイフで後ろ手に弾き、


「とっくに捨てた名だ! 結社は滅んだ。魔剣戦争は終わったんだ!」

「おたわむれを。では、このセントラルで何をなさるおつもりですか」


 はじかれた巨大な石の杭が空中で数十の細い杭に分裂し、背後から雪崩を打って突き立つ。そのことごとくを払い、撃ち落としながら奇妙な違和感を覚える。確かに個々の杭を砕くのは魔剣使いにとっては容易たやすいこと。だが、この杭は時に互いの動きを補い、時に全知オムニシアの剣先をかいくぐり、なんとかソフィアの防御を打ち崩そうと巧みな動きを見せてくる。

 ただの魔術師の芸当では有り得ない。

 この攻撃の組み立て──いや「剣さばき」は紛れもなく魔剣使いの物だ。


「決闘裁判の賞品などと。あの魔剣はいったい何ですか。あれを使ってまた争いの火種をまくおつもりですか。……戦争が終わり平和の世が訪れたのがそんなに許せませんか。再び世界を戦火に包み、多くの血を流し、一切合切をかいじんに帰さねば気が済みませんか」

「違う!」


 叫びと共に、杭の最後の一本を撃ち落とす。

 立ち止まって振り返り、頭上の闇の向こう、どこかに潜んでいるはずの魔術師を睨み付け、


「これはボクの使命だ! 魔剣戦争が終わって結社が滅びて、それでも『根』は世界中に残った。そいつらは今も世界を滅ぼすために動き続けてる。あの魔剣もその一つだ。……だから、ボクには責任があるんだ! あの『鍵の魔剣』をあるべき場所に戻す責任が!」


 返るのは、戸惑ったような沈黙。

 ややあって、声の主は「……まさか、本当に?」と呟き、


「信じられませんが……そうですね。このままではらちがあかない。今日だけは退きましょう」


 周囲の闇が薄らいだような感覚。

 急速に形を取り戻していく裏路地の街並みの向こう、つえのような何かを手にした小柄な人影が彼方かなたの家々を屋根伝いに遠ざかり、


「ですが一度だけです。うそ偽りあらば次はお前様のお命頂戴いたします。……お覚悟を」

「ま……!」


 待てと叫びつつ駆け出そうとして慌てて足を止める。いったいどこをどう走ったのか、気が付けば目の前には深いごう。あとほんの一歩踏み出せばわずかな水がたまっているだけの底まで真っ逆さま。あの闇の中ではまり込めば、魔剣使いといえども無傷で済んだかはわからない。

 悲鳴と共に後ろに飛び退り、我に返って顔を上げれば、残るのは静寂を取り戻した夜の街並みだけ。

 ソフィアは奥歯を強くみしめ。

 足下の石畳を蹴りつけて力の限り叫んだ。


「何なんだよ! もう──────────────っ!」



 幾重にも折り重なるけんげきの音が、陽光に照らされたセントラルの街に響いた。

 翌日、昼。大聖堂前の広場へと至る石畳の参道は、決闘裁判の様子をなんとか一目拝めないかと集まった人々でごった返していた。

 決闘の舞台である広場は外周を取り囲む高い観覧席に囲まれていて中の様子をうかがい知ることは出来ない。入り口にあたる東西南北の四つの塔の前にはエイシアオーストの兵士に加えて教導騎士団の魔剣使いまでもが陣を張り、侵入者に目を光らせている。

 はっきり言って状況は最悪。

 それでも、やるしかない。

 あれからどうにか鴉の寝床亭で部屋を借り、一晩休んでも良い知恵は浮かばなかった。仕方ない。最初の襲撃に失敗した時点で覚悟は決めている。もともと他に手があるわけでもないし、頭を使うのもそんなに得意ではない。

 決闘裁判の真ん中に正面から乗り込み、鍵の魔剣を奪って、街の外まで逃げ延びる。

 その後のことは、上手く行ってからゆっくり考える。

 そういえば、道すがら奇妙なうわさを聞いた。決闘に臨むはずのエイシアオーストの魔剣使いがいずれも負傷して、双方が代理人を立てることになったのだという。オーストの魔剣使いといえばあのローエンという男。例えばの話、自分を助けてくれたあのふわふわドレスの少女があのまま男を叩き伏せてしまったということはあるかもしれない。

 だが、エイシアのグラノス卿まで欠場とはどういうことだ。

 わけがわからない。

 わからなくても、やるべき事は変わらない。


「……見てろよ」


 昨夜出会った謎の襲撃者の言葉を思い出す。お前の言葉に噓偽りがあれば命をもらうと。望むところだ。嫌々でもおっかなびっくりでも自分で決めたこの使命。必ず果たしてあの子供だか年寄りだかもわからない嫌みな魔術師の鼻を明かしてやるのだ。

 ……いくぞ……

 長い銀髪をフードの中に押し込み、目深にかぶって顔を隠す。参道にごった返す人波をかき分け、走り出す。


 行く手には、また一つ、甲高い剣戟の響き。

 ソフィアは驚き振り返る人々の頭上を飛び越え、漆黒の魔剣「全知オムニシア」をすらりと鞘から引き抜いた。



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