魔剣少女の星探し 十七【セプテンデキム】 1
序ノ三 全知 ②
もしかしてこの店は隠れた名店というやつなのではないだろうかと気付くが、今はそこはどうでもいい。グラノスと言えば、明日の決闘裁判で
「あとは、そうですにゃんね……」と、少女はふと顔をしかめ「あちらのお客様も、確か
あちら? と少女が目配せする方に視線を移し、ソフィアは思わず、うわ、と声を上げる。
店の中央、
酒瓶の山をうずたかく積み上げた男の背後には、真紅の魔剣が一振り、男の動きに合わせてゆらゆらと揺れている。
「今日、
「ローエン? あの人が?」
その名前ももちろん知っている。ローエン・テイラー。決闘裁判で戦う
ナイフとフォークを空になった皿に
「ああっ! お客様、危ないですにゃん!」
猫耳少女の声を背中に、テーブルに歩み寄る。考えと食事に集中し過ぎていて気が付かなかったが、酔っ払いの魔剣使いに恐れをなしたのか店内はいつの間にか空席だらけで、奥のバーカウンターの前では逃げ遅れた数人の客が
「……ぬ? 娘、何用か」
ソフィアは少しためらってから隣の席に座り、
「えっと……良かったらお近づきの印に、ボクから一杯どうかな、って」
「ほう……?」
一瞬、
だが、すぐにその表情が豪快な笑いに取って代わり、
「いや
はあ、と曖昧に笑顔を作り、適当に中身の残っている酒瓶を摑んで男のカップに酌をする。
男はうむうむとうなずき、豪快に酒を飲み干す。悪い人物では無さそうだが、どうも、それほどの使い手には見えない。
「思えば五年、苦汁の日々であった」そんなソフィアの考えにまったく気付かない様子で男はなにやら遠い目で石造りの天井を見上げ「陛下のご温情で補佐役の地位に留まることこそ許された物の、同輩には二流の魔剣使いと嘲られ妻は息子を連れて実家に帰り……」
「そ、そうなんだ。なんか大変だったね」
よく分からないなりに、少し男に同情する。
と、男は目の前の酒瓶をひっつかんでカップも使わずそのまま飲み干し、
「だが! それも明日までよ! この五年、休むこと無く鍛え抜いた技にて今度こそは雪辱を果たし、グラノスめに奪われた名誉を取り戻すのだ──!」
空の瓶を頭上に掲げ、快活に笑う男。
ソフィアはその顔をしばし見上げ、口元に手を当てて少し考え、
「でも勝てるの?」
うん? と酒に
ソフィアはそれに気付かず、思ったことをそのまま口にしてしまった。
「だってあんた、そのグラノスって人に一回負けたんだろ?」
*
何から何まで
夜の闇に沈むセントラルの東地区の裏通りを、ソフィアは一人、とぼとぼと歩いた。
あの後に起こった事は思い出したくもない。何がそんなに気に入らなかったのか、怒り狂った男に腕を摑まれ、いよいよ
路地に駆け込んで隠しておいた黒装束を着込んだ時にはもう
それにしても、あの赤毛の子は強かった。あれほど巧みに真紅の魔剣を扱う者などソフィアは数えるほどしか知らない。もちろん少女の細腕では到底扱えない巨大な剣、制御を奪ってしまえばどうということは無いはずなのだが、なんというか、あの真紅の魔剣からは「それだけではない」気配のような物を感じた。
……どうしよう……
襲撃は失敗し、鍵の魔剣は
つまりは。
「やっぱり、やるしかないよなぁ……」
深々とため息。今日一日でいったい何回ため息を吐いたかわからない。ため息を吐くと幸せが逃げると姉にはよく心配された。明るく、楽しく、朗らかに。そうすれば幸せというのは自分の方から飛び込んでくるものだと優しく頭を
……だめだめ……
とにかく今は明日に備えるしかないと、覚悟を決めて歩き出す。まずは今夜の寝床。あの
やっと気付く。
この角を曲がるのは何度目だ?
そもそも自分はいったいいつからこの裏路地を歩き続けている?
「──おや、やっとお気づきですか」
不意に頭上から声。路地の左右にそそり立っていた石造りの壁が溶けて崩れ、一面の濃密な闇が視界を満たす。ただの闇では無い。自分の体や手足ははっきりと見えるのに、立っているはずの地面が真っ黒に塗り潰されて石なのか土なのかさえも分からない。
とっさに懐から
逆手に握った漆黒のナイフを胸の前に構え、ゆっくりとすり足で歩を進め、
……来た……!
一呼吸に身を
そのことに逆に驚く。
魔剣の権能では無い。これはただの魔術だ。
「誰──? いったい何の
魔術に対する絶対防御は魔剣使いに与えられる共通の加護の一つ。魔剣の主に選ばれた者は生まれついての魔力を全て魔剣に吸い取られて一切の魔術が行使出来なくなる代わりに、常人離れした身体能力と共にこの加護を授かる。そんなことは子供でも知っている。だから、
それでも仕掛けてくる相手なら可能性は二つ。