魔剣少女の星探し 十七【セプテンデキム】 1

序ノ三 全知 ①

 刃渡りわずか、ナイフのような漆黒の魔剣が一振り、銘を「全知オムニシア」という。

 エイシア大公国とオースト王国の国境線上に位置する山中深くの地下遺跡。ソフィアは手の中の刃をくるりと弄び、周囲に倒れ伏す三十人ばかりの野盗の男達を見回して肩をすくめた。


「これで終わり? じゃ、そろそろ話聞かせてもらえる?」

「な、何なんだお前は!」


 ろうそくの明かりに照らされた石造りの広い玄室の奥、手下を全て失った頭目の男がかべぎわにへたり込んでみっともなくがたがたと震える。思わずため息を一つ。全知オムニシアを目の前に軽く投げ上げては受け止めを繰り返しながら男に歩み寄り、


「あのさ」

「ひぃ……!」男は悲鳴混じりにあと退ずさろうとして失敗し「お前……いやあんたの言うとおりここまで連れてきてやっただろ──? なんでこんな」

「なんでって」ソフィアは玄室の奥に積み上げられた寝床代わりのわら束や引きちぎられた女物の服の切れ端をじとっとにらみ「君達、ここでボクにいかがわしいことするつもりだっただろ?」


 無造作に投げつけた全知オムニシアの漆黒の刃が男の足と足の間、あわや大事なところを直撃するかという位置をかすめて石造りの床に深々と突き立つ。

 男はまたしても情けない悲鳴を上げ、


「わ、悪かった! あんたが魔剣使いと知ってりゃこんな……」

「そういうのいいから、さっさと話して。君がここで見たこと全部」

「あ? ……あ、ああ! 話す! 話すとも!」男はようやくソフィアをここまで案内した本来の目的を思い出したようで「ちょうど一月前のことだ。黒尽くめの妙な連中がここに押し寄せてきたんだ。最初はエイシアかオーストの軍かと思ったんだが、連中、俺達には興味が無かったみたいでよ。ぐこの玄室に入って、そこの台座に刺さってた魔剣を見つけて、そんで……」


 野盗が根城にしていた地下遺跡に踏み入った正体不明の賊はこの場所で、連行してきた一人の男に魔剣を抜かせたのだという。

 魔剣が無事に台座を離れたのを確認すると、賊はその場で魔剣の主となった男を斬り殺し、残された魔剣を大きなガラスの魔術装置に収めて男のなきがらと共に持ち去った。


「その黒尽くめのこと、何か覚えてない? 服とか、話し方とか」

「そ、そう言われてもよ……どいつもこいつも似たような格好で顔も隠してて……」男は視線を右往左往させて必死に考える素振りを見せ「いや……そうだ。そいつらが出て行く時に、一番偉そうなやつの顔がちらっとだけ見えたんだ。若白髪っつーのか? なんか年がよくわかんねえ陰気くさい面でよ。……で、そいつが周りの連中に言ってたんだ。『結社』がどうのとか、『鍵』がどうのとか」


 やっぱり、と思わず盛大なため息。

 ソフィアはその場にぺたんと座り込み、石造りの床に刺さったままの魔剣「全知オムニシア」を抜いて何となく男の顔のそばでくるくる回し、


「……確かに言ったんだね? そいつが、ここにあったのが『鍵の魔剣』だって」

「お、おおお、落ち着け! 何の話だよ! 俺はただ『鍵』って聞いただけで……」

「あーもう……どうしよう……」男の言葉を無視して口の中でぐちぐちつぶやき「やめよっかなぁ……聞かなかったことにして帰っちゃって、何かしい物食べて。……そうだ、次はオーストに行こ……夏のオーストって暑いんだっけ……。あ、海だ、海。いなぁ、海で泳ぐの……」


 もちろんそんなわけにはいかない。

 勢いを付けてどうにか立ち上がり、右手の全知オムニシアで周囲の壁を無造作に払う。

 玄室の扉を潜って歩き出す背後で、斬り裂かれた石壁や柱が崩れ始める音。


「お、おい、待ってくれ──! 助け──!」

「大丈夫、天井までは崩れないよ。ただ、これ以上誰も入れないように塞がせてもらう」立ち止まって振り返り、土煙と共に積み上がるれきの向こうに声を投げ「全部片付いたら戻ってくるから、それまでそこの台座しっかり守っといてよね」


 漆黒の魔剣をさやに収め、今度こそ走り出す。

 急がなきゃ、と小さな呟き。

 魔剣が持ち去られてから一月。ここにあったのが本当に「鍵の魔剣」なら、すでに何らかの計画が動き出しているはずだ。



「──お待たせしましたにゃん! 白パンと鳥のつぼ煮、それに当店自慢の川魚の香草揚げですにゃん!」

「あ、ありがと……」


 テーブルに並んだ色とりどりの料理から、温かな湯気が立ち上った。

 元気よく頭を下げる猫耳獣人のメイド少女にソフィアはどうにかお礼を言った。こういう明るく快活な子は実はちょっと苦手だ。

 周囲の視線を気にしながら、ぶかかぶっていたフードを外す。肩の辺りでゆるくまとめた長い銀髪を解いて背中に流し、固くなってしまった首を左右に回す。自分が目立ってしまうのは知っているから出来るだけ顔を隠すようにしているのだが、食事の時だけはそうも言っていられない。

 ……さてと……

 東方大公国エイシアからの旅人をよそおって聖地セントラルの東門を潜ってすでに二日。状況は少しずつ見えてきた。どうも「鍵の魔剣」はあの地下遺跡でたまたま発見されたということになっていて、所有権を巡って東方大公国エイシアの間で明日、神前決闘裁判が行われるらしい。賞品である魔剣は今日、特使と共にこのセントラルに着く。エイシア大使館まで運び込まれてしまえば手出しが難しくなるから、出来ればその前に奪ってしまいたい。

 ……自信、無いなぁ……

 ついつい弱気な言葉が頭に浮かんでしまい、いけないと自分をしつする。これは自分で決めた後始末、言ってしまえば使命のような物だ。あの魔剣は戦争が終わって平和になった世界にあってはならない物。どうにかして地下遺跡に正しく封印し直さなければ……


「お客様、どうかなさいましたかにゃん?」

「え?」


 いきなり横合いから猫耳少女の声。驚いて顔を上げ、不思議そうにぱたぱたと動く黒い三角耳を見つめて、


「あ、ごめん。食べる。もちろん食べるから」


 慌ててナイフとフォークを両手につかみ、一番手前の魚の揚げ物を適当に切って口に投げ込み、


「──うわ美味しっ!」


 思わず目を見開く。こんなに完璧な揚げ加減の魚など食べたことがない。しまった。少し冷めてしまった。大急ぎで魚を平らげ、ふかふかの柔らかいパンと艶やかな色合いの鳥肉を続けて口に運ぶ。

 猫耳少女は満足そうにうなずき、ふと首をかしげて、


「お客様、何かお困りですにゃんか? 拙でよろしければご相談に乗りますにゃんけど」


 う、とパンを喉に詰まらせそうになる。少女の気持ちはうれしいが、自分の問題は誰にも相談出来る物ではないし、それにあまりこの少女に近くに居られても困る。予定では、もうしばらくすれば「鍵の魔剣」を運ぶ東方大公国エイシアの特使の馬車が近くの通りを横切る。食事は早々に切り上げて、準備を始めなければ──

 いや、と考えを改める。

 襲撃まではまだ少し時間がある。むしろ、ここで情報を集めておくべきかもしれない。

 首尾良く魔剣を奪うことが出来ればそれに越したことは無いが、失敗すれば次の手を考える必要がある。エイシア、いや、それがダメならオーストでも他の国でも構わない。この少女には何か、四大国の大使かその関係者にが無いだろうか。


「君……この店にはどこかの国の大使の方が来たりしない? 大使で無くても偉い人か、ううん、別に偉くなくても良いんだけど」

エイシア大使館のグラノスきようにはごひいにしていただいていますにゃん」少女は即座にうなずき「お客様にも召し上がっていただいた川魚の揚げ物がことのほかお気に入りで。……後は、のアメリア大使様も時々お忍びでいらっしゃいますにゃん」



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