主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1
第七章 脇役よ 大志を抱け ④
「石井の言ってたこと、本当だったんだな……。俺は、違うって信じたかったけど……」
「ツキ……。お前、何を……」
天田。距離を置かれた後も、月山はお前を親友だと思っていたんだよ。
俺から鞄交換の理由を聞いた時も、「テルがそんなことするはずがない」って、信じ続けていてくれたんだ。だが、現実には月山の思いは裏切られた。
そして、こういう時に月山は決して情に流されることはない。
月山という男は、乱暴な一面はあるが、強い正義感が根底にあるからだ。
確実に空気の変わった教室で、俺は牛巻を見つめて問いかける。
「なぁ、牛巻。さっき言ってたよな? あの日から、毎日いやらしい格好をさせられて、写真を撮られたって。つまり、お前の言い分が真実だとすると、俺はわざわざ月山のスマートフォンを使って、お前のいやらしい写真を撮り続けていたことになるんだが?」
そう言いながら、俺は月山の机の上に載っている自分の鞄からスマホを取り出す。
当たり前のように操作をして、画像フォルダを確認すると、そこには牛巻の写真なんて一枚も入っていなかった。
「俺のスマホには、何も入ってないな」
当たり前だ。射場達が写真を仕込んだのは、午後の体育の授業中だからな。
「牛巻、ハッキリ答えてくれよ。お前は、本当に俺から脅されていたのか?」
「あ、あたしは……あたしは……」
まるで、餌をもらっている金魚のように口をパクパクと開く牛巻。
だが、言葉はろくに出てこない。今にも、その場で気絶しそうな様子だ。
「天田、どういうことか説明してくれるか?」
「知らないよ! 俺は、ただ二人から相談を受けただけで……っ!」
「「…………っ!」」
まぁ、そうだよな。天田の言葉に噓はない。いや、噓でもあり真実でもあるというところか。
こいつが行動を起こすのは自分の勝利を確信している時、そして自分の安全が確実に保証されている時だけだ。俺を陥れるのに失敗した場合でも、自分は二人から相談されて力になっているだけで、騙された側の人間であると主張したいのだろう。
けどな、逃がさねぇよ。ようやく、お前自身が動いたんだ。ここで確実に終わらせてやる。
「『命のそばにいたい。どうして、石井なんだろう? 俺じゃ、ダメなのかな?』か?」
「「「…………っ!」」」
「他はそうだな……。『クラスに放っておけない奴がいるんだよ。でも、俺は嫌われてるみたいでさ。何とか仲良くなりたいんだけど』とかもあったんじゃないか?」
「……っ! どうして、貴方がその言葉を知っているのですか?」
俺の発言を聞いた射場が、思わず体を前に出して尋ねた。
やっぱり、射場達はこう言われていたんだな。
なんで分かったかって?
そりゃ、俺が一度目の人生で似たような台詞を聞きまくっていたからさ。
脇役として、主人公の話をただ聞くだけの存在。だが、そんな矮小な存在だからこそ、特別な存在である天田の言葉だけは決して忘れなかったんだ。
「射場、牛巻。天田は、最初からお前達の気持ちになんて余裕で気づいてるぞ。それどころか、お前達が俺をハメようとしてることにもだ。確かに、お前らは天田に噓の相談をしたんだろうけど、天田は噓だと分かっていて力を貸していたんだ。自分の利益のためにな」
「え!?」
「そんな……っ!」
こんなこと、普通の状況で言っても信じてもらえないだろう。
だが、今この場所であれば信じないにしても、疑念は植え付けられる。
「違う! 俺は、本当に何も知らなくてっ! ただ、モーカを助けたくて──」
「だったら、今まさに追い詰められてる牛巻を助けてやれよ」
「あっ!」
もし、ここで天田が本当のラブコメ主人公であれば、自分は何も知らなかったと無実を主張するよりも先に、俺への謝罪、そして牛巻の噓を許してほしいと懇願すべきだったんだ。
けど、天田はそうしなかった。危険だと判断した瞬間に、射場と牛巻を切り捨てた。
自分だけは、助かろうと行動してしまったんだ。
そんなの、主人公でも何でもない。ただの卑怯者だ。
「も、モーカ……」
「…………」
牛巻は、静かに涙を流していた。
間違ったことをしたのは分かっているが、それでも自分が陸上選手として悩んでいた時に助けてくれた天田だ。その優しさを信じたかったのだろう。
「石井は噓をついているんだ! 石井じゃなくて、俺を信じてくれ!」
「あたしは、テルを……」
右手で後頭部をかきながら、必死に弁明を続ける天田。その言葉に、牛巻が僅かに揺れる。
信じてる──というよりも、信じたいという気持ちが強いんだろうな。
「こいつは、昔からこういう奴だよ」
その時、射場や牛巻へ氷高が語り掛けた。
「自分が絶対に有利じゃないと何もしないの。貴女達はこいつに助けられたのかもしれない。でも、それは失敗しても自分に何もデメリットがないから。そもそも──」
「命、お前は黙ってろ!」
「…………っ!」
天田の叫びに、氷高が体を震わせる。そのまま怒りの形相で天田は氷高に近寄っていった。
「なんで、お前が余計なことを言うんだ! お前はヒロインなんだから、主人公の助けにならないとダメなんだよ! なのに、どうして俺の思い通りにならない! いい加減、自覚を持て! じゃないと、昔みたいに……っ!」
天田が拳を振り上げる。咄嗟に体を割り込ませた。
「っぶねぇ!」
「かずぴょん!」
「…………なっ!」
が、天田の拳が俺に届くことはなかった。月山が止めたからだ。
うん。有難くはあるんだけどさ。
「そこは俺にかっこつけさせろよ?」
「すまん。クラスでの評価が上がるチャンスかと思って……」
それを言わなければ、評価が上がったものの……。
「離せよ、ツキ! 今から物語を正しく……あっ!」
そこで、ようやく冷静さを取り戻したのか、天田は顔を青ざめさせた。
決して自分からは動かない天田の唯一の弱点。それは氷高への執着だ。
氷高はそれを分かっていたからこそ、勇気を振り絞って行動したんだ。
怖かっただろうに、よく頑張──
「かずぴょん、怖いのに頑張った私にときめいた? これは責任を取って婚約を──」
「その話はあとにしよう」
「……解せぬ」
月山といい氷高といい、言わなければいいことを言ってしまうのはなぜなのか?
ともあれ、今は天田だ。こいつは、ここで確実に仕留める。
氷高が作ってくれた、最大のチャンスを必ず活かしてみせる。
俺は、月山に拳を押さえられ啞然としている天田へと、真っ直ぐに言ってやった。
「方法はどうあれ、月山も、射場も、牛巻も、蟹江も、みんなお前のために行動していた。お前が大好きだから、必死に助けようとしていた。なのに、お前はそんな気持ちを当たり前だと思って利用していたんだ。どれだけ追い詰められても、絶対に一人じゃ動こうとしない。自分が絶対的な安全圏で、確実に勝利を得られる時しか行動しない。そんな卑怯者が主人公なわけねぇだろ。天田、お前はただの小悪党だよ」
「違う。こんなの違う。俺の物語は……こんなの間違った……」
「ほんと、お前って現実と創作物の違いがついてないんだな。世の中、何もかもがお前の都合よくいくわけないって、さっさと理解しろよ」
「あ、あ、あ…………」
すでに教室内に、天田の味方は誰一人としていない。
自分だけは絶対に助かるはずだと思っていたのに、自分が最も追い詰められてしまった。
最後の奇跡でも信じているのか、虚ろな瞳を氷高へと向けている。
「命……俺は……」
「きもい。二度と私に話しかけないで」
氷の女帝からとどめの一撃を刺され、天田はその場に崩れ落ちた。
それでも、まだ諦めきれていないのか「こんなの違う、俺は主人公だ」と気持ちの悪い言葉をぶつぶつ呟いている。
ようやく、あの時の復讐を遂げることができた。
達成感はあるっちゃあるが、少し複雑な気持ちだな。
「どうしてだよ、石井。なんで、お前は……」
「諦めてるフリをしてるのが分かったのかってか?」
まぁ、天田からしたらそうだろうな。
あの日曜日、俺に対して敗北宣言をした天田。
あの時点の俺は、射場や牛巻とも関係が切れたと判断していたから、本当に天田は諦めているのかもしれないとも思ったよ。だが、それが間違いだとすぐに気づいた。
「これだよ」
天田の右手首を摑み、俺はそう言った。
そこには、ボロボロのリストバンド。
一度目の人生で、聞いていたからな。唯一氷高からプレゼントしてもらった物だって。
そのたった一つの繫がりを、容赦なく奪い取った。
「こんなもの着けてたら、バレて当然だろ?」
最後まで氷高への執着を捨てられなかった。
それが、天田の敗因だ。