主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1

第三章 追い続ける勇気さえあれば、俺に悲劇が起こります ⑥

 天田の話からするに、子供の頃は仲が良かったみたいだし、ここまで嫌うのには何か事情があるのではないかと思って聞いてみたのだが、まずかっただろうか?


「子供の時、あいつは私の大事な物を盗った。だから、嫌い。それに……怖い……」

「大事な物?」

「うん。私の宝物」


 それは、俺の知らない天田と氷高だけの物語なのだろう。

 もしかしたら、天田は氷高のことがその頃から大好きで、気を引くためにそんなことをしたのかもしれない。好きな子にいじわるをするってやつだ。

 だけど、それは氷高にとっては非常に大きなことで……不安そうな声で氷高が俺に尋ねた。


「かずぴょんは、あいつをどう思ってる?」

「クソがつくくらいのいい奴」


 これから先に起こることを考えると、天田は俺にとって最悪な存在だが、それを抜きにしてあいつの人格を見た時、決して悪い奴ではないんだ。

 一人でいようとする俺を放っておかず、友達でいようとしてくれる。

 これから先に出会うヒロイン達にも、親身になって友好的に接する。

 そんな裏表のない優しさにヒロイン達は惹かれていって……そして、暴走してしまった。


「私、あいつと仲良くしたほうが良い?」

「え?」

「かずぴょんがそうしろって言うなら、そうする……」


 天田と氷高が仲良くする、か。

 当初は、二人が主人公とメインヒロインだと思っていたから、本来は時間をかけて結ばれるはずだった二人に介入して、さっさとエンディングまで持ち込もうとしていた。

 そうすれば、俺に襲い掛かるであろう最悪の未来を防げると思ったからだ。

 だけど、今の俺は……


「別に、そうは思わない」

「……いいの?」

「なんで?」

「私とあいつが仲良くなれば、かずぴょんは何も隠さなくてよくなるよ」


 まぁ、そうだろうな。

 でも、天田が俺に構ってくるのはそれだけが理由じゃない。

 一人でいる俺を放っておけないという、生来の善性からだ。

 だとしたら、氷高と天田が仮に仲良くなったとしても、本質的な解決には繫がらない。

 それに……


「氷高が仲良くなりたくないなら、しなくていいよ」


 自分が望まないことを無理矢理やらされることがどれだけ辛いか、俺なりに理解しているつもりだ。一度目の人生で冤罪による断罪が行われた後、俺は凄惨ないじめを受けた。

 嫌がらせや暴力。許してほしかったらあの店で万引きでもしてこいと、やりたくない窃盗にも手を染めたことがあった。そして、当然のように捕まって、その様子を見てあいつらは笑っていた。今でも、あの汚らしい笑顔は忘れていない。

 学校の奴らは、全員敵だった。

 今でも……いや、今だからこそ、思い出すと腸が煮えくり返ってくる。

 だけど、氷高は違ったんだ。一度目の人生でも、氷高だけは何もしなかった。

 それに、俺が死のうとした時、屋上まで駆けつけてくれた。

 何のためにやってきたかは分からないが、それでも来てくれたことは嬉しかったんだ。


「私、まだここで働いていい?」


 不安そうに震えながら俺を見つめる眼差し。

 氷の女帝と呼ばれる面影はどこにもなく、年相応の弱気な女の子にしか見えなかった。


「それを決めるのは、俺じゃなくて店長だろ」

「かずぴょんが決めて」

「働いていい。天田にバレても働いてていい」


 自分の立場を悪くしていることは、分かっている。

 俺にとって、最も重要なことは家族全員が巻き込まれる、あの最悪の未来を避けることだ。

 それでも、今の氷高を拒絶するのは何か違う気がした。


「じゃあ、続ける」


 ようやく安心してくれたのか、氷高が一歩前に足を踏み出して隣に並んできた。

 俺は男子の中でも身長が低いほうなんだが、それでも僅かに氷高よりは高かった。


「手、繫いでもいい?」

「…………駅までなら」

「ん」


 初めて触れた氷の女帝の手は、想像していたよりもずっと小さくて……温かかった。


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