主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1
第三章 追い続ける勇気さえあれば、俺に悲劇が起こります ⑤
それに、氷高だっていつまでも背後で隠れているわけにはいかない。今は勤務中なんだ。
どうしたら……ん? 氷高が何か閃いたような顔をして俺を見ているぞ。
「…………にゅ」
しゃくれさせている! あの女、顎をしゃくらせることで正体を隠すつもりだ!
無茶をするな。お前は、どんなに頑張っても美人なんだ。確実にごまかせない。
「それでいけるわけがないだろっ!」
「え? 何が?」
しまった。つい、アントニオ氷高に目を奪われて、我慢できずにツッコんでしまった。
正面にいる、天田と月山が怪訝な顔をしている。
ただ、その甲斐があってか、しゃくれ氷高は再びウォークインへと下がっていった。
「なぁ、石井。わざわざテルが来てくれたのに、その態度はひどくないか?」
「申し訳ないが、俺は勤務中に学校の知り合いが来るのは嫌なタイプだ。月山よ、排便中に誰かが来たら嫌なものだろう? そういうことだ」
「お前、どんだけこのバイトが嫌なわけ!?」
違う。お前達が来たことが嫌なんだ。大体、月山はいらんだろ、月山は。
再び、ウォークイン側の扉が開き氷高が現われ……あの子、何やってんの?
現われた氷高は、店の倉庫の奥で眠っていたパーティグッズを装着していて、頭部には非常にカラフルなアフロ、顔には鼻眼鏡。ハッピー仕様である。
そんな格好でドヤ顔を向けられても、俺にはどうしようもない。
仮に外見をごまかしたところで、胸にしっかりと名札がついているんだから無理だ。
それを伝えるために、俺は自らの胸を力強く叩いた。
「なんで、いきなり心臓を捧げ始めてんだ?」
黙れ、天田。今すぐ駆逐するぞ。こっちだって、やりたくてやってんじゃない。
よし。俺のメッセージは伝わったようで、ハッピー氷高は再び引っ込んでいった。
「と、とりあえずだな、天田、月山。俺は勤務中なんだ。だから、あんまり知り合いと話すってのはしたくない。それくらい、分かってくれよ?」
「ん〜。まぁ、そっか……。じゃあ、何か買ってくるよ! ツキ、行こうぜ」
「だな。ほんと、変な奴……」
ひとまず、レジの前からは去っていったが、それで問題が解決するわけじゃない。
あと三〇分もすれば、お菓子やカップラーメンが段ボールで届き、それを棚に並べる作業がある。いくら店長もいるとはいえ、氷高をいつまでも裏に封印しておくわけにはいかない。
頼むぞ、天田。さっさと商品を買って帰ってくれ。
天田と月山が選んだ商品は、カップラーメン。それをレジに置いた。
カップラーメン、だと?
「これ、頼むよ。あと、肉まんな」
「俺は、唐揚げ棒で」
「かしこまり、ました……。袋は、いかがいたしますか?」
いるよな? 持ち帰り用の袋は欠かせないよな!?
「あ〜。いらない。ここで、食ってくし」
コンビニはレストランじゃねぇんだぞ! 大人しく家に持ち帰って食えや!
こやつら、イートインで食事をしてから帰るつもりだ! なんという迷惑行為!
再び、ウォークインから出てきた氷高が、天田と月山がカップラーメンを購入しているのを確認して、「もう覚悟を決めよう」みたいな顔をしてしまっているじゃないか。
くそ! かくなる上は……俺は、レジの裏側の扉から事務所へと駆け込んだ。
「店長、緊急事態です!」
「へ? どうしたの?」
「客が来ました! 今すぐ追い出したいです!」
「バイトにあるまじき発言だね……。その、どんな人?」
「俺と同じクラスの奴なんですが、俺がちゃんと働けているか心配して、この周辺のコンビニを一つずつ巡ってわざわざ探しに来てくれる、悪質極まりない輩なんです!」
「それは、良質極まりない友達じゃないの?」
言われてみると、否定の材料がない。
くそっ! なんて説明したらいいんだ。天田のラブコメと店長は無関係なんだ。
いくら、氷高を好きな奴が来店していると伝えても、「それで?」で終わりだろう。
「その、いい奴かもしれないんですけど、氷高が──」
「オッケー。全て理解した」
「へ?」
店長はすくっと立ち上がり、ツカツカと事務所から出る。そのままウォークインへと向かい氷高と何か会話をすると、再び俺のいるレジのところまで戻ってきた。
「命ちゃんには、ジャンパーを渡してしばらくウォークインにいていいって伝えておいたよ。商品が届いたら、私がレジをやるから石井君は商品棚への陳列をお願い。入りきらないやつは、裏の命ちゃんが対応。これでいい?」
「その、どうしてそこまで?」
「命ちゃんは学校でモテる。そして、そんな命ちゃんと同じバイトだと知られると、石井君が面倒な立場になっちゃうんだよね? 任せなさい、私はバイトの味方よ」
神 降 臨。
「店長、末代まで称えます!」
「それは怖いからやめて。あと、バイトが終わったら命ちゃんのフォローをしてあげてね。自分のせいで、石井君に迷惑をかけたと思って落ち込んでたから」
「え? はい! 分かりました!」
それから、天田と月山がカップラーメンを食べつつ談笑しているのを横目に、俺は黙々と商品の陳列や、レジの応援をしていた。
客が減ったタイミングで再び商品の陳列を始めると、天田と月山が寄ってきた。
「石井、頑張ってるな」
「…………」
「えっと、怒ってる?」
「かなり」
「悪かったよ……。ただ、石井と仲良くなれるきっかけになったらって……」
「だとしても、度を越えてる。イートインの利用は三〇分までだ。そもそも、俺はバイト中なんだ。いい加減、鬱陶しいからさっさと帰れ」
「うっ! ごめん……」
「おい、石井。そこまで言うことはないだろ。テルはお前のために──」
「俺のためを思ってるなら、バイトの邪魔をするな」
少し語気を強めて言うと、さすがの月山も俺の怒りを感じ取ったのか、それ以上は何も言わなくなった。たとえ、俺と仲良くなりたかろうが、周りに迷惑をかけるのは論外だ。
こいつらは、イートインの利用時間を無視して滞在しているし、しつこく話しかけられたら、作業の手だって止まる。
「ごめん、石井。俺達、そろそろ帰るな……」
そう告げる天田に一切の返事をせず、俺は黙々と仕事を続けた。
月山は、まだ文句がありそうな顔をしていたが、知ったことか。
◇ ◇ ◇
バイトを終えた後、二人で店を出たのだが、氷高はひどく沈んだ表情を浮かべていた。
「……ごめんなさい」
そのまま謝罪。隣ではなく、少し後ろを氷高は歩いているのでその表情は見えない。
「私がいなければ、かずぴょんに迷惑かけなかった。お店にも…………ごめんなさい」
氷高がこのコンビニで働いていなければ、天田や月山が押しかけてきたとしても、俺はあそこまで慌てることはなかっただろう。加えて、店に迷惑をかけることもなかった。
けど、別に氷高が何か悪いことをしたわけでもない。完全に、俺の個人的な事情だ。
もしも、これが一度目の人生であったのなら、俺は氷高が同じコンビニで働いていることなんて隠しもせず、鼻高々で天田に自慢をしていただろう。
俺、あの氷高命と同じバイト先なんだぜ、ってな。
「悪いのは俺だよ」
「え?」
「俺が氷高と同じバイト先だって知られるのが嫌なだけだからさ。氷高は、そんな俺の都合に巻き込まれただけじゃないか。だから、氷高は気にする必要はない」
「でも、私があんなのと幼馴染だから……」
あんなの、か。幼馴染に対して特別な感情を抱いているべきだとは思わないが、ここまで嫌うというのも少し変な話だよな。
「氷高は、どうしてそこまで天田が嫌いなんだ?」
「…………」
振り返ると、氷高はどこか恐怖を滲ませた表情を浮かべていた。