主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1
第三章 追い続ける勇気さえあれば、俺に悲劇が起こります ④
天田が本格的に牙をむくのは一年半後で、今の天田が無害な奴であることは分かっているのだが、それでもやはり恐れてしまうのは過去のトラウマが強く影響しているのだろう。
「なんで、天田っていちいち俺に絡んでくるんだ?」
「え?」
「出席番号の関係で席が近かったってのは分かるけど、それにしても天田はやけに絡んでくるよな? 月山とも仲良くなったわけだし、別に俺なんか放っておいてもいいだろ」
「あ〜。そうだな……。まぁ、これは俺の性分みたいなものなんだけど……」
どこか照れくさそうに、鼻の頭をポリポリとかきながら天田が答える。
「その、放っておけないんだよな。一人でいようとする奴って」
それは、まさに主人公に相応しい言葉だった。
一度目の人生でラブコメ主人公として君臨していた天田だったが、天田は決して美少女だけを特別扱いするような奴ではなかった。男子であろうが女子であろうが、端整であろうが不細工であろうが、困っている奴は放っておかないし見捨てない、優しい奴なんだよ。
「俺は、望んで一人でいるから放っておいていい」
「嫌だよ。一人でいるより、誰かがそばにいたほうが絶対いいに決まってる」
そう言いながら、天田は手首につけているボロボロのリストバントを優しく撫でた。
「俺さ、子供の頃にちょっと大きな失敗をしちゃって、それを今でも後悔してるんだ。一人にしたくなかったのに、一人にしちゃった大失敗。だから、その失敗は二度と繰り返さない」
もしかしたら、それが原因で天田は氷高に避けられているのかもな。
そのリストバンドが、子供の頃に氷高からもらった物だとは聞いていたが、天田にそんな過去があったというのは初めて聞いた。
俺にも、少しくらい特別な子供時代の思い出があればよかったんだけどな。
残念ながら、子供の頃はユズの世話ばかり焼いていて、よく公園に連れて行って遊んでいた記憶しかない。そこで、公園に来ていた他の子供と遊んだりはしていたが。
「だから、俺は一人になってる奴を絶対放っておかない。たとえそいつが悪かったとしても、俺だけは最後の味方でいる。その、石井からしたらうざいかもしれないけど」
「まったくだな。うざいこと、この上ないぞ」
「ははは……。まぁ、そう言うなよ。適当にあしらってくれていいからさ」
この善性が、天田がラブコメ主人公たる所以なのかもしれないな。
◇ ◇ ◇
放課後になると同時に、俺は大急ぎでバイト先へと向かった。バイト開始は一七時なので、時間的余裕は全然あるのだが、俺にはその前にこなさなくてはいけないことがある。
氷高の作ってきてくれた弁当を食うという約束だ。
「オープン・ザ・ドア」
「……ウィーマドモワゼル」
「良きっ!」
イートインで隣に座り、箸でつまんだ唐揚げを俺の口内へと運ぶ氷高。
それをかみしめて食べると、すでに冷めているはずの唐揚げには、まだ僅かに熱が残っているような錯覚さえあった。
最初にあーんをされた後に、残りは自分で食べると伝えたのだが、「ここまで待たされた私のフラストレーションはお米一粒一粒にまで染み渡っている」と拒否されて失敗。
目下、氷高のフラストレーションを食すという未曽有の事態に陥っている。
なお、現在の氷高は三つ編み眼鏡&片言モード。昨日のバイト後は普通に喋れていたが、それは感情が昂っていたからだそうで、今は恥ずかしさが勝っているらしい。
氷高の生態は、謎に満ち溢れている。
「感想、所望」
「美味いよ」
「……っ! しぇ、謝謝……」
もはや、日本語すら喋れなくなっている……。
「次、きんぴらごぼう」
嬉しそうにきんぴらごぼうを箸でつまみ、俺のほうへと差し出す氷高。
どうして、氷高はここまで俺が好きなのだろう?
理由を聞きたいが、生憎と脇役の俺にはそんな度胸がない。
未来で起きることは分かっているくせに、現在では分からないことだらけだ。
氷高の弁当を全て食べ終えたところで、俺達は勤務に就くべく事務所へと向かった。
◇ ◇ ◇
バイトの時間は、一七時から二二時まで。
時給が高いのは深夜と早朝なのだが、二二時から翌朝五時までの間、高校生はバイトができないし、早朝も平日は学校があるので難しい。
土日に関しても、主婦の方が早朝の枠を押さえているので、俺が入る隙はない。
まぁ、お金を稼ぐことも大事だけど、一番大事なのはバイトの予定を入れて校内の妙なイベントに巻き込まれないことだしいいんだけどな。
そんなことを考えながら、ぼんやりとレジに立つ。
今日は三人体制。俺と氷高、最後に店長だ。本当はバイトを入れたかったそうだが、入れる人がいなかったため店長が入ることに。シフトを組むのも大変だ。
ただ、店長には店長業務もあるため、忙しくなるまでは事務所に籠もっている。
氷高はウォークイン……飲み物を入れている巨大冷蔵庫とでも言えばいいのか? まぁ、そのウォークインで飲み物の補充をしている。
氷高がレジにいないと、男性客も普通の客になるし……入り口の自動ドアが開いた。
「いらっしゃ……うげぇ!」
「あっ! やっと見つけたよ!」
「へぇ〜。本当に働いてるんだな」
店内の体感温度が、ウォークインを遥かに下回る温度へと急降下。
いや、ちょっと待ってくれよ! なんで、こいつらがここに来てるんだ!?
確かに、俺は地元のコンビニでアルバイトをしていると伝えはしていた。
だが、どこのコンビニで働いているかは伝えていなかったはずだ!
なのに、なぜ……なぜ……
「よう! 石井!」
天田照人と月山王子が、俺の働いている店にやってくる!?
まずい……。これは、非常にまずいぞ……。
不幸中の幸いか、氷高はレジと反対方向にあるウォークインで補充をしている。
だから、まだこの二人にここで氷高も働いていることはバレていない。
しかし、このままではバレるのは時間の問題だ。どうする? どうすれば、隠し通せる!?
「いやぁ、やっと見つけたよぉ。結構、色んなコンビニを巡ったんだからなぁ」
こやつ、ローラー作戦を実行しておるわ。
マジ、ほんとなんなの!? 俺なんか放っておけって言ったよな!
わざわざ自分の地元から電車で三〇分もある場所にまで、探しに来てんじゃねぇよ!
「い、いらっしゃい、ませ……」
「おう。いらっしゃいました」
その笑顔、今すぐ張り倒したい。
ここまで俺を苦しめるとは、実は俺に恨みでもあるんじゃないのか?
出てくるなよ、氷高。頼むから、出てこないでくれよ。
はい! 出てきましたぁ! ちょうど補充が終わった模様です!
だが、さすがは氷高だ。即座に天田と月山の存在に気がつき、一瞬目を見開いたものの、今はそのまま背後からゴミを見るような目で二人を睨みつけている。
落ち着くんだ。最悪の事態にはまだ至っていない。
最悪なのは、氷高もここで働いていることを知られることだ。
そうなった場合、恐らく天田や月山は毎日のように店にやってくる。さらに悪化した場合は、自分もこのコンビニでアルバイトをしようと目論むはずだ。
部活に入っている月山と違い、天田は帰宅部。時間はたっぷりある。
「どうしたんだよ、石井? 随分と汗をかいてるみたいだけど?」
「お、お客様……。他のお客様もいらっしゃるので……」
「え? 今って、俺達以外に客いなくね?」
そうなんだよなぁ! 普通は少しくらい客がいるはずなのに、こういう時に限って誰もいないでやんの! これじゃあ、忙しいからさっさと帰れが言えないじゃないか!