主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1
第三章 追い続ける勇気さえあれば、俺に悲劇が起こります ③
「普通って、それはツキ基準だろ? 俺達一般人と感性が違うって」
「そうかなぁ。ところで、……お前一人で来るのか?」
あ〜。なるほどね、全て理解したわ。
「ん〜。一人ってのも……あっ! そうだ! なぁ、命。一緒に行かないか?」
はい、月山と天田のタッグプレーが決まりましたよとさ。
「行かない」
が、さすがは氷の女帝。あっさりと、天田の誘いを拒否した。
すかさず、月山が追撃の一手を放つ。
「そう言うなよ、氷高。ほら、こないだの親睦会にも氷高は来れなかったんだし、今回は来てくれよ。俺、氷高のこともっとよく知りたいしさ」
「あんたに興味ない」
強い。強いです、氷高さん。イケメン月山のお誘いも問答無用で跳ね除けます。
ここまではっきりと拒絶されてしまうと、さすがの月山もこれ以上は押せないのだろう。
ものすごく顔を引きつらせながらも、必死に笑顔を浮かべようと頑張っている。
「そっかぁ……」
「まぁ、命がそこまで嫌なら……あっ! そうだ!」
その時、天田が何か思いついたのか、上機嫌な笑みを浮かべて俺のところへやってきた。
おい、やめろ。来るな。
お前がこっちに来たことに興味を示して、月山もついてきただろうが。
「なぁ、石井。今度、俺と一緒にツキの家に行かないか?」
「え? 俺? いや、なんで俺なんだよ?」
問いかけると、天田が小声で俺に囁いてきた。
「ほら、石井ってクラスで仲良い奴いないだろ? けど、ツキと仲良くなっておけば、変に浮いたりもしないだろうからさ。もちろん、俺が仲良くなりたいってのもあるけど」
その善意が憎い! 憎いぞ、天田! なんで、こいつはこんなにいい奴なんだよ!
「有難いけど、俺はバイトがあるから……」
「なら、バイトの予定を空けてくれよ。まだシフトを全部出してるわけじゃないだろ? 例えば、一ヶ月後とかならどうだ?」
やめろ! そんなに粘るな! 俺なんかを誘ったら……あぁぁぁ! やっぱりだ!
氷高がこっちを見ながら、『かずぴょんが行くなら、私も行きたい』と瞳で訴えてやがる。
「行かない。俺はバイトのない日は、妹と一緒に過ごしたいから」
「なら、石井の家にみんなで行くってのは?」
ひぎぃぃぃ!! 氷高が、それは素晴らしい提案と言わんばかりの瞳になっている!
「絶対に来るな! 俺の家はそんなに広くない!」
「大丈夫だよ。行くのは、三人だけだし」
人数指定もバッチリだな、おい! ついさっき氷高に断られたばっかりのくせに、ちゃっかりと氷高スペースは確保して提案してきやがるしな!
よ〜し、分かった! そうまでして巻き込みたいのであれば、俺にだって考えがある。
貴様のお望みのラブコメイベントを、しっかりとプレゼントしてやろうじゃねぇか。
「それだったら、月山の家のほうがいいよ。もっと大人数で行けるだろ?」
「え? それは、ツキの許可を取ってみないと分からないけど……」
「俺は別に石井が来ても構わないし、他に何人か来ても問題ないぞ」
言質いただきました。それでは、早速投入させていただきましょう。
「じゃあ、月山の家にしようぜ。ただ、もし俺以外にも行きたい人がいたら、その人に譲ろうと思うんだけど…………みんなは、どうだ?」
「「「「「「「行ぎたいっ!!!! 私も一緒に、月山君の家へ連れてって!!!」」」」」」」
「どわっ!」「うわぁ!」
クラスの女子の大半が、天田を弾き飛ばす勢いで一斉に月山へと群がる。
この時期の月山は、乙女ゲームの攻略対象級にモテているからな。
さっきからお前と天田の会話を、女子達は耳を象にして聞いていたんだ。
ただ、自分から行きたいと言い出すのは、他の女子に睨まれるから控えていただけ。
全員が導火線がある爆弾だったわけだ。導火線に火を付けたらどうなるか? ご覧の通りだ。
「月山君、私達も月山君の家に行ってみたい! すごく広いんでしょ?」
「ねぇ、だったら女子達みんなで行かない? あ、もちろん、希望者だけね!」
「ねぇ、月山君。一番早くていつが平気? 月山君の予定に合わせるよ!」
女子達は、全員がライバル同士と認識しつつも、抜け駆けをすることの危険性を理解しているからこそ、今回に関しては全員で月山の家に行くというプランを提示している。
私一人で行くんじゃない、チャンスはみんな平等だよという偽りのスポーツマンシップを掲げているわけだ。好きな男とは特別な関係になりたい、だが、それ以上に女子のコミュニティで孤立したくない。それが、あいつらの考えていることなのだろう。
「え、え〜っと、まぁ、今度の土日はどっちも空いてるし、どっちかで──」
「「「「「どっちも行くね!!」」」」」
野生動物は、常に空腹と隣り合わせの生活をしているから、食える時に餌は食うものだ。
そこに食べ放題プランを提示したら、全て食らい尽くされるに決まっているだろう。
「天田、行きたい奴が大勢いるみたいだから、そっちを優先してくれ」
「あ……。うん、分かったよ……」
当てが外れて残念だったな、天田よ。だが、安心しろ。
月山に群がっている女子の中には、後のお前のヒロインが一人混ざっている。
みんなとの空気を大切にするために、月山を好きなフリをしている女だ。
恐らくだが、みんなで月山の家に行った時、その女は孤立している。
そして、その孤立している女を放っておけなかったお前は、その女の世話を焼き、無事にハーレム要員として確保できるんだ。
本来は一学期後半のイベントだが、これだけ予定が狂っているのだから、早めに始めてしまったとしても問題あるまい。そんなことを考えていると、スマートフォンが振動した。
『私、かずぴょんのお家に行ってみたい。ご両親に結納の日取りを相談したいから』
『結納は勘弁して下さい』
『残念……。じゃあ、お家に行くのは?』
結納に関しては断っちゃったし、他にも色々協力してもらってるしなぁ。
『絶対に、誰にもバレないようにしてくれるなら……』
『言質ゲット。これぞ、ドアインザフェイス』
や ら れ た。
ドアインザフェイス。初めに「大きな要求」をして相手に断らせた後に、本命に関連する「小さな要求」をすることで、本命の要求を受け入れてもらいやすくするテクニックだ。
この女、本能のままに行動すると思いきや、中々に強かな面もありよる。
『またしても、二人だけの秘密。……良き』
◇ ◇ ◇
二度目の人生が始まってから一週間も経過していないが、俺は一つ大きな違和感を……いや、一つじゃないな。とんでもなく違和感だらけだわ。違和感・オブ・ザ・イヤー受賞だわ。
と、それはさておきだ。
多くの違和感の中でも、特に強い違和感が一つある。
それは、天田照人の行動だ。
氷高に対する迂遠なアプローチや、月山と親友同士になった点についてはいい。
前者に関しては一度目の人生と違いはないし、後者に関しては一度目の人生と比べると早い展開ではあるが、原因が明確になっているので違和感はない。
しかしだ。なぜ天田は、月山と親友同士になった後も、俺と仲良くしようとする?
俺の天田に対する態度は、第三者から見るとかなり無礼なものだろう。
友好的な態度で接してきてくれているにもかかわらず、「仲良くなりたくない」と拒絶の意志を示し、できる限り距離を置こうとする。だが、天田は決してめげない。
氷高相手にそうするのは分かるが、俺に対してする理由が分からない。
なにせ、俺は今も昔も変わらず、クラスの脇役という立ち位置だからだ。
「なぁ、天田」
「どうした、石井?」