主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1
第三章 追い続ける勇気さえあれば、俺に悲劇が起こります ②
「さぁ? 俺もまだそこまで仲が良いわけではないし……」
「そうだよな、天田!」
「うわっ!」
おいおい、なんだよ。やばいこと続きかと思ったけど、良いこともあるじゃないか。
まさか、天田の口からそんな素晴らしい発言が聞けるとは。
「俺とお前はそこまで仲良くないもんな! これからも末永く、そこまで仲良くない関係、近くにいて手持ち無沙汰な時に限り話す程度の関係でいような!」
「それを満面の笑みで告げて、どうして受け入れられると思ったのかを俺は知りたいよ」
しまった。ついテンションが上がって、暴走してしまった。反省しよう。
「気にしないでくれ。それより、天田よ。俺は果てしなく人見知りで、あまり会話をしたことのない相手が近くにいると、とてつもなく緊張してしまうのだ。だから、俺のことは一切合切気にせず、路傍に落ちている犬の糞にたかる蠅だと思って月山との会話を楽しんでくれ」
「せめて、小石ぐらいにしておけよ……」
ふぃ〜。どうにか情報も収集できたし、天田や月山から『変な奴』認定されたのはでかいかもしれんな。人間、未知の存在には近寄りたくなくなるものだ。
このまま変な奴キャラとして、クラスで避けられるのもありかもしれん。
そう思い安堵の息を吐いていると、俺のスマートフォンが振動した。
確認してみると…………一昨日、連絡先を交換した女子生徒からメッセージが届いていた。
『とても困ったことになってるんだけど、相談してもいい?』
氷高命である。怖くて、そっちが見れない。
『どうしました?』
『本当はかずぴょんに話しかけたいんだけど、昨日のことを思い出したら恥ずかしくて声をかけられない。でも、我慢するのも辛い。何とかしたい』
アグレッシブな氷高さんにも、恥じらいという感情があったらしい。
『我慢する方向でいかがでしょうか?』
『私が苦しんでる姿を見ると、かずぴょんは興奮するタイプ?』
『しません』
『でも、今も敬語で余所余所しく話すことで私を苦しめて喜んでるでしょ?』
『違うわ! 対処に困ってるだけだ!』
『そっか。私のことを考えてくれてたんだ。良き』
どうやら、氷高はかなりのポジティブシンキングらしい。
しかし、これは非常にまずいぞ。氷高に話しかけられなんてしたら、確実に天田や月山が食いついてくる。恐らく、俺と仲良くなろうとしてくるはずだ。
そんな面倒な事態にだけは、絶対になりたくない。
かくなる上は……
『最後まで聞いてほしいんだが、俺は比良坂高校では氷高と関わりたくない』
『さいごまできくでもはやめにおねがいいまにもなきそう』
変換句読点なし。
恐る恐る氷高の様子を確認すると、スマホを両手で握り締めながら、凄まじく悲しそうな顔で机に突っ伏していた。そこまで深刻なダメージを受けるとは……。
『氷高も知ってると思うけど、天田って氷高のことが好きじゃん?』
『知ってる。本当に迷惑。家が近いだけのくせに、幼馴染とかいう鬱陶しい称号を押し付けてくる、脳みそシュールストレミング。臭くて臭くて仕方がない』
天田よ、なぜここまで嫌われることになってしまったのだ?
『でだ──』
『理解した。おかげで、悲しみの代わりに怒りが湧いた』
『まだ説明は途中なんだが……』
『私がかずぴょんに話しかけると、あの発酵魚がかずぴょんを利用して、私に話しかけようとしてくるってことでしょ? そしたら、結果的に私はかずぴょんと話せない。むかつく』
もはや、人類とすら見なされていない天田であった。
『よく分かったな』
『私程のアグレッシブな努力家になれば、この程度は造作もない』
最近のアグレッシブな努力家はすげぇな……。
『でも、それだと困ることがある』
『どうした?』
『かずぴょんに作ってきたお弁当、どうやって渡せばいい?』
おっと、こいつはとんでもない難問だ。グイグイきすぎだよ、氷高さん。
『渡したい。絶対に渡したい』
まぁ、受け取るくらいなら人目を盗んで動けばどうにかなるか。
『あわよくば、確実にあーんをしたい』
あわよくばの意味、知ってる?
『今しがた、学校では関わりたくないと告げたばかりなんだ』
『偶然を装うのはどう? 私がかずぴょんの近くで転んでお弁当の中身をぶちまけるの。それをかずぴょんがお口で全部キャッチすれば、私の目的のあーんも果たすことができる』
それは、あーんとして成立しているのだろうか?
ちらりと確認すると、鞄から弁当箱を取り出し「いつでもぶちまけられまっせ」と言わんばかりの眼差しをウキウキと向けている。食べ物と努力を粗末に扱うんじゃない。
『我慢することはできないだろうか?』
『私の内で荒れ狂う力を、制御できる自信がない』
これ、恋のお話だよね?
『かずぴょんがキャッチできる自信がないなら、私が予め口に含んでおくのはどう? 転んだと同時に私とかずぴょんの唇をドッキングさせるの。そのまま、一気にナイスイン』
やめろ、色っぽい所作で唐揚げを口に含むんじゃない。
『俺のファーストキスの味は、唐揚げ以外を所望している』
『こんなこともあろうかと、レモンも用意してきた。ぬかりはない』
肝心な部分がぬかりまくってるんですわ。
『他の手段を模索しよう』
『これぞ、初めての共同作業。……良き』
やばいな……。氷高は、学校では関わりたくないという俺の意志を尊重してくれてはいるが、それと同時に自らの願望も叶えようとしている。
しかも、その原因が告白を誘発させた俺なのだから、嘆くことしかできない。
どうする? このままドッキングにまでフェーズが移行したら、確実に俺は殺られる。
何とか、俺と氷高が交流しても問題のない方法は……
『昼じゃなくて、夕方じゃダメか?』
『どういうこと?』
『氷高も、一七時からバイト入ってるだろ? 今日は一五時くらいで学校が終わるし、早めに店に行ってそこで弁当を受け取るんだ。そしたら、目的は達成できないか?』
『…………良き』
どうやら、氷高的に満足いただける返答ができたようだ。
『二人だけの秘密。こっそりイチャイチャ、夢が広がる。あーんもし放題』
再び氷高を確認すると、いつもの鉄仮面に戻っていたのだが、心なしかウキウキしているようにも見える。ひとまず、納得してもらえてよかった……。
『じゃあ、バイト先で一緒に食べようね。本当は隣を歩いて一緒に行きたいけど、普通に一緒に行くだけで我慢するね』
『普通、とは?』
『いつも通り、こっそりかずぴょんの後ろをついていく』
どうやら、俺と氷高では『普通』の概念が随分と異なるようだ。
これが、国家間の文化の違いというやつだろうか? 同じ国出身なのに、不思議なものだ。
◇ ◇ ◇
休み時間。どうにか氷高のオペレーション:ドッキングを阻止することに成功した俺は、束の間の平穏を満喫していた。一度目の人生では、この頃は席の近い天田と駄弁っていたのだが、今回の人生ではそれは大きく変わっていた。
なぜなら、天田は俺ではなく月山と話しているからだ。
「なぁ、ツキ。今度、ツキの家に行ってもいい? すげぇ豪邸っぽいし」
「いいけど、別に大したことないぞ? 普通だよ、普通」
ないな。俺は天田から話を聞いたことしかないが、月山の家はとんでもない豪邸らしい。
さらに沖縄と長野にそれぞれ別荘を所有しており、テスト前は月山の家にみんなで集まって勉強会、夏休みは月山の別荘でエメラルドグリーンの海を堪能し、冬休みは月山の別荘その二で楽しくウィンタースポーツ。
ラブコメイベント御用達の便利キャラとしても、月山は大活躍するのだ。