主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2
プロローグ 脇役は自分が望まないものを信じる(一) ①
夢を見ていた……。懐かしい、未来でもあり過去でもある一度目の人生の夢。
この頃の俺は、主人公との僅かな交流で、自分は少しだけ特別な存在であると必死に言い聞かせていた情けない脇役だったよな……。
中間テストを終えて、人間関係もそれなりに固まってきた一学期終盤。
悲しきかな。脇役としての立ち位置を強固にしてしまった俺──石井和希は、普段であれば共に過ごす脇役仲間達が揃いも揃って風邪をひいて欠席してしまったので、一人寂しく食堂で昼食をとろうとしていた──のだが、それを見過ごさない男がいた。
「こうやって、石井と二人だけで昼飯を食うのも久しぶりだな」
「別に、俺を優先しなくてもよかったんだぞ」
天田照人。入学当初は、俺と同じ脇役ポジであったはずの男だったのだが、それはもはや過去のこと。俺が怠惰な脇役ライフを過ごしている間に、天田は比良坂高校でも人気の美少女達と不思議な縁で結ばれ、彼女達の悩みを解決することで特別な感情を抱かれるようになっていた。同じ脇役かと思ったら、まさかのラブコメ主人公様だったのである。
「いや、さすがに友達を一人にはしておけないよ」
そんな天田に対して嫉妬心を抱いてしまいそうなものなのだが、困ったことにこの男は非常にいい奴なのである。常に美少女達に囲まれて昼食を楽しめる立場であるにもかかわらず、クラスでも空気のようなパッとしない男と二人きりの昼食を選ぶ。
もしも俺が天田の立場だったら、たとえそいつがボッチ飯になると分かっていても、罪悪感に見ないフリをして美少女達と過ごすことを選ぶだろう。恐らく、大抵の奴がそうだ。
にもかかわらず、天田は俺を選んでくれた。善人という言葉がこれほど似合う奴もいない。
おかげで、嫉妬心よりも劣等感が勝ってしまう。
ラブコメ主人公としての立場を確立したのも、その性格あってのもの。
大抵の奴が匙を投げてしまいそうな美少女達の深刻な悩みに対して、真摯に向き合い解決していったからこそ、人間性の魅力で美少女達を虜にした。
絶対に、俺ではできなかった。天田だからこそ、成し得た偉業だ。
「……サンキュ」
大きな劣等感を小さな感謝で隠す。「気にすんなって」と笑顔で返答。
これで少しくらい嫌な奴だったら、邪険に扱えるんだけどなぁ。
そんなことを考えてしまうから、俺は脇役で天田は主人公なのだろう。
「ある意味、いいタイミングだったんだよ。こないだまで、マジで大変だったし……」
リストバンドを身に着けた右手で頰杖をつき、若干うんざりとしたため息を天田がついているのは、本人の言った通り、昨日まで天田に降りかかっていた大きなトラブルが原因だろう。
比良坂高校ではなぜか知らんが、頻繁にラブコメイベントが発生する。
そして、天田は確実に巻き込まれる。さすが、ラブコメ主人公だ。
これまでも、スランプに陥った陸上部のエース(美少女)、人見知りで友達のできない女の子(美少女)、あがり症で力が発揮できない委員長(美少女)と、様々なラブコメヒロイン達の問題を解決してきた天田だが、今回のラブコメトラブルは、これまでのものと比べても、かなり大きなものだった。
「バーチャルアイドルは、色々大変だってことだろ」
「そうだな。うん、ほんとそうだと思うよ……」
きっかけは、転校生。少し前に羊谷美和という美少女が、うちのクラスにやってきた。
誰とでも分け隔てなく話してくれるサバサバした明るい性格の羊谷は、転校して早々に数多くの男子生徒達のハートをキャッチし一躍人気者に。もちろん、俺もその一人。
俺のような脇役にも気さくに話しかけてくれる美少女転校生。天田への羨望からか、「もしかして、俺にもラブコメチャンスがきたか」なんて期待もしたさ。
もちろん、そんなわけはないんだけどな。
でだ。お約束というか、運命というか、この羊谷美和には大きな秘密があった。
なんと、羊谷は美少女高校生であると同時に、登録者一〇〇万人超えの人気動画配信者だったんだ。といっても、顔を出して活動をしていたわけではない。
3DCGで描画されたキャラクターに自らの声を乗せる……Vチューバーとしての活動だ。
そんな人気配信者の羊谷美和が、うちの学校に転校してきたのには大きな理由があった。
ストーカー問題。
顔を隠して活動をしていたはずの羊谷だが、熱心なファンが羊谷の配信から情報を集めて、人気Vチューバーの正体が羊谷美和であることを突き止めたのだ。
そんなストーカーから逃げるために、羊谷は比良坂高校へ転校してきた。
サバサバ系美少女の大きな秘密。普段は明るいヒロインは、陰で恐怖に震えていた。
ストーカーが怖くて仕方がなく、自分の住所を特定されないためにやむを得ず大好きな配信を止めていた羊谷。これなら、大丈夫。これなら、ストーカーに見つからない。
が、その作戦は失敗。熱心すぎるストーカーは、転校先にまで羊谷を追ってきた。
ここで、天田の出番だ。羊谷から助けを求められた天田は、親友である月山、他のヒロイン達と共にこのトラブルへと介入した。
「石井も、協力してくれてありがとな」
「ほぼ何もしていないけどな」
さすがに、今回は内容が内容だっただけに、天田もいつものメンバーだけでの解決は難しいと判断したのだろう。クラスメート全員へ助力を乞うた。
男子は全員参加。女子は全員不参加。
羊谷美和に良いところを見せたい男子達は意気揚々と参加を決め、ストーカーに恐れを為した女子は(蟹江を除く)全員が不参加を表明した。
もちろん、男子全員に含まれている俺も参加。といっても、大したことはしていない。
他の脇役仲間達と一緒に羊谷の通学路に何食わぬ顔で立ち、ストーカーが現れたら報告する担当。そして、俺のいた場所にストーカーは現れなかった。
羊谷からグループチャットで送られてきた、ストーカーの顔写真を必死こいて頭に刻み込んだというのに、悲しい話だ。
なので、もはや何もしていないと同義だろう。絶対的な安全圏で、活躍すればあわよくば羊谷から特別な想いを抱かれるのではと、下種な目論見をもって参加しただけの存在だ。
結局、最後は素人の大捕り物ではなく、プロの……国家権力ポリスメンの力も拝借していたが、ストーカーの撃退に成功した。
めでたしめでたし。こうして、また一つの問題が解決し──
「ストーカーで終わりだったら、よかったんだけどなぁ……」
ていればよかったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
なんと、この事件には続きがあったのだ。
うちの学校に転校してからは配信を止めていた羊谷の現住所を、どうやってストーカーが摑んだのだろうと疑問に思っていたのだが、なんと情報を流した人物が存在した。
しかも、その犯人は俺達と同じ比良坂高校に通う、同学年別クラスの女子生徒。
その女子生徒は羊谷と同じくVチューバーとして活動をしていたそうなのだが、成果が芳しくなく登録者は五〇人にも満たなかったとか。
で、そんな中で羊谷が転校してきて、声から大人気Vチューバーであることに気がつき、嫉妬心からストーカーに羊谷の情報を流した。しかも、自らの私腹を肥やす形で。
その女子生徒は、羊谷の情報をストーカーに売って金銭を得ていたんだ。
だからこそ、ストーカーは羊谷の転校先まで特定することができた。
第三者の俺が話を聞いているだけでややこしいし、めんどくさいと思う内容だ。
この事件の解決に乗り出した天田は、俺の想像よりも遥かに苦労をしたのだろう。
「そういや、あいつって転校したんだよな?」
俺がそう尋ねると、天田が苦い表情を浮かべた。



