主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2

プロローグ 脇役は自分が望まないものを信じる(一) ②

「ああ……。できれば、穏便に済ませたかったんだけどな……」


 最終的に、情報を流した女子生徒は、自らの容疑を否定するも証拠があがっていたため信じてもらえず、男子からも女子からも責め立てられ、精神的な圧迫に耐え切れなくなって比良坂高校から去っていった。そんなちょっぴり後味の悪い結末が、今回のトラブルだ。


「天田が気にすることじゃないだろ」


 悪いのは、羊谷の情報を流した女子生徒なのだから。


「てか、なんであんな面倒なことに首を突っ込んだ?」

「困ってる子を放っておけるわけないだろ」


 さすが、ラブコメ主人公。歯が浮きそうになる台詞を、こうも容易く言い放つとは。


「それに、少し挑戦もしてみたかったんだ。自分の力が、どの程度通用するかをさ」


 すごく主人公っぽい言葉だ。天田以外が言っていたら、鼻で笑われただろう。

 そんなことをボンヤリと考えていると、俺達の正面に一人の女子生徒が腰を下ろした。


「あっ! 命!」


 その人物を確認し、すぐさま弾んだ声を出す天田。

 ま、そりゃそうか。ラブコメ主人公天田照人の幼馴染にして、大本命の女。

 氷高命が、俺達の正面の座席に腰を下ろしたんだからな。

 ただ、どことなくいつもより元気がない……というか、落ち込んでいるように見える。

 大丈夫か? 何かあったのなら力になるぞ。

 少し勇気を出して、そんな言葉をかけてみようかとも思ったのだが、


「大丈夫か? 何かあったのなら力になるぞ」


 天田が一歩先へ。こういう時、ワンテンポ遅れるのも俺が脇役たる所以だ。


「話しかけないで」

「うっ! ごめん……」


 あっぶねぇ〜。ラブコメ主人公の天田でこんな態度を取られるんだから、俺が同じ言葉を言っていたら、さらにどえらい目にあっていたに違いない。

 鋭い眼差しに冷たい声。まさに、氷の女帝に相応しい振る舞いである。


「…………」


 なんか氷高が凄まじく怖い目で俺を見ているような気がするのだが、気のせいか?

 お前は存在自体が邪魔だから、どこかへ消え失せろとでも言っているのだろうか。

 さて、どうしよう?


「あ〜、その……命。あの子のこと、助けられなくて、ごめん」


 決して諦めない鋼のメンタルを持つ天田の言葉で、俺は氷高がどうして元気がない様子なのか理解することができた。

 比良坂高校で、まともに友達と呼べる存在がいない(というか作らない)氷高だが、一人だけ友好関係を築いていた女子生徒がいた。

 だが、不幸にもその女子生徒は、羊谷の情報を流した犯人だったんだ。

 自分の友人が悪事に手を染めていた、そして逃げるように転校してしまった。

 怒りか落胆か寂しさか……。とにかく、様々な感情が入り混じって、氷高は元気をなくしてしまったのだろう。

 もしかして、一人でいるのが辛くて天田に助けを求めてここにやってきたのだろうか?

 本当は天田と二人で過ごして、話を聞いてもらいたい。だけど、お邪魔虫がいる。

 それでも、何とかならないかと強引に俺達のところにやってきた。


「その天田。俺、行くな……」


 脇役がラブコメの邪魔をするなんて、有り得ない。

 できることは、空気を読んで主人公とヒロインの空間を作ることだけだ。

 俺は立ち上がり、早々に食堂をあとにしようとした。


「え? あ、待てよ、石井。俺も行くって!」


 いや、そこは空気を読めよ。なんで俺の気遣いを華麗にスルーしてるんだっつーの。

 天田が慌てて立ち上がり、俺にだけ聞こえるように言った。


「別に気を遣わなくていいから」


 くそぅ……。本当にいい奴だなぁ……。

 情けなき脇役である俺は、天田の優しさを享受し、二人で食堂をあとにした。

 そんな俺達(っていうか俺)を、氷高がとんでもなく恐ろしい眼差しで見つめていたので、つい少しだけ早足になってしまったことは内緒にしておこう。

 すげぇ美人だけど、氷高って本当に怖いんだよなぁ……。


刊行シリーズ

主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる3の書影
主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2の書影
主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくるの書影