主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2

第一章 愚人は過去を、賢人は現在を、脇役は未来を語る ①

「…………んん」


 朝、目を開けて最初に瞳に映ったのは見慣れた天井。慣れ親しんだ自室のもの。

 俺──石井和希は、かつては特に当たり障りのない人生を歩む脇役だった。

 そんな俺の人生の大きすぎる転機は、終焉と共に訪れた。

 自らの死をトリガーに始まった二度目の人生。壮絶ないじめ、家族の喪失、全てが嫌になった俺は、一七歳の七夕の日に自ら命を絶った。本来ならそれで終わるはずだったのだが、なんと俺は気がつくと、一五歳の……高校一年生の入学式の日へとタイムリープしていたのだ。

 新たに歩み始めた二度目の人生。

 一度目の人生と同じ失敗をしないよう振る舞う中で、俺は様々な真実を知ることになった。


『氷の女帝』と呼ばれている氷高命は、少々(?)行きすぎたところはあるが、俺にとって唯一の味方ともいえる頼もしく心優しい存在であり、なんと俺に特別な感情を抱いていた。

 そして、大切な友人だと思っていた天田照人は、自分の幼馴染且つ想い人でもある氷高命の恋心を理解しており、氷高を自らの手中に収めるためだけに俺と偽りの友好関係を築き、一度目の人生では周囲の人間を利用して俺を陥れていた。

 偶然と必然により天田の思惑を知った俺は、今回の……二度目の人生では決して前回と同じ結末にならないよう、天田と闘うことを選択した。

 そして、最終的には勝利を摑み、天田の悪事を白日の下へと晒すことに成功したのだ。

 一度目の人生よりも、圧倒的に濃い二度目の人生。

 艱難辛苦を乗り越え、俺は未来を変えた。

 今から約二年後、俺や俺の家族が命を失う最悪の未来を変えたんだ。

 ──といっても、まだ確定とまでは言い切れないけどな。


「そういや、そろそろ例の時期だな」


 目覚める前に見ていた夢は、一度目の人生での俺と天田の会話。

 比良坂高校は、どういったわけかラブコメイベントが大量勃発していたからな。

 一度目の俺にとって過去であり、二度目の俺にとって未来で起きる出来事だ。

 まぁ、いいだろう。それより早く起きよう。学校に遅刻するわけにはいかないからな。

 そう判断した俺は、ベッドの上で上半身を起き上がらせる。

 そして、何の気なしに横を確認してみると、


「いつでもいけるよ」


 何やら決め顔の氷高命が、正座をしたまま俺を見つめていた。

 氷高命は、とてつもない美人である。整った目鼻立ちにバランスの良いスタイル。手首についているリストバンドが制服の隙間から見えて、少しだけ気恥ずかしさを覚える。

 信頼した相手には友好的に接するが、そうではない相手にはかなりの塩対応。

 あまりの容赦の無さに、ついたあだ名は『氷の女帝』。

 そんな氷の女帝様が、何か知らんが俺の部屋に鎮座していらっしゃるというわけだ。


「いつでもいけるよ」


 再度、同じ言葉。

 一応補足をしておくが、俺と氷高は一緒に暮らしてなどいない。

 氷高の家は、電車も含めて三〇分ほどかかるそれなりに離れた場所にある。

 にもかかわらず、ストー……改め、アグレッシブな努力家(本人談)であるこの女は、毎朝欠かさず我が家にやってきているのだ。

 遂に、朝っぱらから俺の自室にまでやってくるようになってしまったか……。


「何がでしょうか?」


 どうせろくでもないことだろう。それでも、一縷の望みを持って尋ねてみる。


「おはようのチュー」


 一縷散る。


「ご遠慮させていただきます」


 丁寧に断りを入れて、ベッドから立ち上がる。着替えたいから早く出てってほしい。

 しかし、氷高はその場からまるで動こうとせず、立ち上がった俺を長いまつげをパチパチと揺らしながら上目遣いで見つめている。これだけならば、とても可愛かっただろう。


「じゃあ、ご褒美のチューで我慢してあげる」


 思い切り唇を突き出し、さながらひょっとこの如き顔へと変化。

 どれだけの美人であっても、ひょっとこ化することによって可愛くなくなるという、要らなすぎる豆知識を手に入れた。


「なぜ?」

「眠ってるかずぴょんに、勝手にチューをしないように我慢したの。私、えらいでしょ?」


 どや顔フィーチャリングひょっとこである。


「勝手に部屋に入室したことで相殺されてしまうな」

「それは違うよ。ちゃんと許可を取ったんだから」

「誰から?」

「お義父さんとお義母さんから」


 頼むぜ、マイファミリー。息子を守ってくれよ。

 思わず天を仰いでいると、ドタドタと賑やかな足音が廊下から鳴り響いた。


「ちょっと、ミコちゃん! なに勝手に、カズの部屋に入ってるの!」


 ドアを開く豪快な音。俺の部屋にやってきたのは、我が天使にして妹でもある石井柚希。

 プンスカと怒るその顔と仕草が愛おしすぎて、もうやばい。

 よし。おはようのチューをしよう。


「おはよう、ユズ。さぁ、お兄ちゃんはいつでもいけるぞ」

「何が?」

「おはようのチューだ。される側でもする側でも構わない」


 ひとまず、全力で口をすぼめさせていただいた。


「きっも!! ひょっとこ、きっっっっっもぉぉぉぉ!!」


 あぁ、天使の美声が響いているぜ。俺は幸せ者だ。

 今日もユズが可愛すぎる。どうして、こんなに可愛いのだろう?


「分かったか、氷高。このようにひょっとこ顔は気持ちが悪いのだ」

「つまり、私のひょっとこにかずぴょんのひょっとこをドッキングさせれば、マイナスとマイナスが掛け合わされて、プラスになるということ?」


 違う。そういうことじゃない。


「なに、わけ分かんない話してるの? ほら、ミコちゃん、早く立ってよ」

「それはとても難しい」

「はぁ〜?」


 ユズの怪訝な声。その疑問に氷高は、言葉ではなく行動で応えた。

 正座の姿勢のまま、ポテンと横に倒れ込んでしまったのだ。


「足がとても痺れているの……」


 いったい、この女はいつからこの部屋にいたのだろうか……。


「はぁ……。なにやってんだか……。じゃあ、引っ張るよ?」


 ムンズとユズが氷高の両手を摑んだ。


「できれば、かずぴょんのお姫さま抱っこを……」

「ダメ!」


 そんなことを言いながら、ズルズルと引きずられて俺の部屋から追い出される氷高。

 俺の二度目の人生は、一度目の人生とは随分と異なる世界になっていた。

◇ ◇ ◇

 寝起き直後ひょっとこ襲来という奇想天外な朝を終えた後、着替えを済ませた俺は階段を下りて一階へ。家族に不審人物を合わせた五人で食卓を囲み、朝食を食べていた。

 席順は、誕生日席に父さん、俺とユズが隣同士で正面に氷高と母さん。

 初めて氷高が来た時と、少しだけ座る位置に変化が起きていた。


「ん〜! この肉じゃが美味しいねぇ! 和希君はどうかな?」


 肉じゃがを食べて、かなりわざとらしく大袈裟にリアクションする我が父。

 その時点で何を目論んでいるかは明白なのだが、正直に返答をした。


「美味しいよ。いつもと少し味が違うね」

「だってさ、命ちゃん!」


 俺の返答を聞いた直後に、笑顔で氷高へとパスを送る父さん。

 この不審者はすでに我が家族を籠絡済みで、気がつけば俺以外の三人は氷高を苗字ではなく、名前で呼ぶようになっていた。


「とても嬉しいです……」


 俺の部屋に侵入し、ひょっとこ化した人間と同一人物とは思えない、しおらしい態度で微笑む氷高。俺に対してアグレッシブな氷高ではあるが、うちの家族と過ごしている時は普段と比べると随分大人しい。ただ、遠慮してるわけではなさそうなんだよな。

 何と言うか、幸せを嚙みしめているような……あ、目が合った。


「みんなで食べる朝ご飯、美味しいね」

「……っ! そう、だな……」



刊行シリーズ

主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる3の書影
主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2の書影
主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくるの書影