主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2

第一章 愚人は過去を、賢人は現在を、脇役は未来を語る ②

 ビックリした。急に優しく微笑むもんだから、心臓が飛び出しそうになった。


「ねぇねぇ、母さん。これって、いい雰囲気じゃない? もしかすると、もしかする!?」

「貴方が余計なことを言わなければ、そうなっていたかもね」

「じゃあ、無理だ! 父さんは、余計なことをするのが大好きだからね!」


 母さんから鋭い言葉を受けても、カラカラと笑って受け流す父さん。

 それは、一度目の人生で失ってしまい、二度目の人生で守ることができた当たり前。

 一度目の人生で、俺の家族は全員が命を失った。天田の企てた策にハマり、ラブコメに巻き込まれるなんて下らない理由で、俺だけじゃなくて家族も全員が死んだんだ。

 だけど、二度目の人生でそうなることはもうないはずだ。

 二度目の人生では、天田が隠していた本性を暴き、あいつはラブコメをできなくなった。

 俺も、俺の家族も、そして氷高も、天田のラブコメに巻き込まれることはなくなった。

 おかげで、これから先も当たり前の家族の時間を過ごすことができる。

 この未来には、俺一人では辿り着けなかった。氷高が助けてくれたからこそ……


「ねぇ、カズ。肉じゃがだけじゃなくて、そっちのたまご焼きも食べてよ」


 俺がどこか照れくさそうに氷高を見ていると、隣から天使の聖声が響いた。

 して、たまご焼きだと?


「こ、これは……っ! ユズが作ったたまご焼きじゃないか! すごいな、ユズ!」

「そうだけど? 私も最近は手伝っているし……」


 うちの天使は頑張り屋さんすぎて、困ってしまうぜ。氷高がうちに来て朝食の手伝いをするようになってから、ユズも朝食を作るようになったんだよな。

 まだ、ちょっぴり不慣れではあるが、それがいい。思わず、涙が溢れてきた。


「くぅ! 食べてないのに、しょっぱいぜ!」

「カズは大袈裟すぎだから……」

「そんなことはない! ユズが朝の四時に起きて、何度も失敗してようやく作れたたまご焼きだ。感動しないわけがないだろう!」

「なんで知ってんの!?」

「ふっ……。俺ほどのユズマスターになると、ユズが目を覚ました瞬間に目を覚ますものだ。午前四時にユズがこっそり一人台所で練習するのを確認し、失敗して悔しがっているのを見つめながら『あぁ、抱きしめたいなぁ』という欲望にかられ、最終的には欲望のままに行動しそうになったから迷惑になると思って、もう一度ベッドで眠らせてもらったよ」

「寝坊の原因、それ!?」


 ユズのことを想いながら眠ったというのに、夢に出てこないなんてな。

 神様は、随分と残酷なことをするもんだ。

◇ ◇ ◇

 いつものように、ユズからの罵倒と蔑む瞳を頂戴した後に我が家を出発。

 最近、氷高と仲が良くなったユズは、欠かさず手を繫いで駅まで向かっている。

 おかげで、俺がユズと手を繫げない。氷高が羨ましくてしゃあない。


「ミコちゃんって、ヨウツベは見る?」

「見るよ。暇つぶしにもお勉強にも役に立つからね」


 ヨウツベとは、動画共有サービスの別称だ。英語をそのまま日本語読みにして、ヨウツベ。

 素人も芸能人も企業も、自分の作った動画を自由にのせられる便利なサービスだが、その分目立ちたがりの変な奴も時折現れてしまう。醬油ペロペロとか……あれは別のサービスか。


「へぇ〜。どんなの見るの?」

「料理系と侵入系かな」

「前半から後半にかけての落差がひどいね!」

「大丈夫。最近は、後半のはあんまり見てない。だから、何か面白いのがないか──」

「それなら、おすすめがあるの!」


 声を弾ませるユズ。最初から、自分が見ている動画を氷高にも見てほしかったのだろう。

 だけど、素直に言えないことを悟った氷高が、さりげなくユズの言葉を誘導した。

 はぁ、うちの天使は遠慮がちで困っちまうぜ。で、どうして俺に薦めてくれないんだい?


「どんなの?」

「みやびチャンネルの花鳥みやびちゃん!」

「ユズぅ!?」

「わっ! どうしたの、カズ?」


 想定外のユズの言葉に、俺は思わず叫んでしまった。

 花鳥みやびだと? よりにもよって、ユズが花鳥みやびにハマっていたのか!?

 一度目の人生では、知り得なかった情報だ。


「ユズは花鳥みやびが推し、なのか?」

「ん〜。推しってほどじゃなくて、面白いから見てるって感じ。フリートークは参考になることも言ってくれるし、たまにやるPONがすごく笑えるし」


 PONとは、ポンコツが語源の、配信者が配信中にうっかりとやらかす失敗の総称だ。

 確かに、花鳥みやびは配信内で何度かPONをやらかす。しかし、だ……。


「その、他の配信者なんてどうだ? ほら、花鳥みやびのPONは、ホラーゲーム叫んだら即終了でゲーム開始前に水を零して叫んだり、加湿器に水を入れないで使ったり……こころなしか、どこかで聞いたことのあるPONを意図的にやっている側面が……」

「はぁ? 何言ってんの、カズ。有名どころを堂々とパクる図太さと、バレないと思ってる浅はかさが、みやびちゃんのPONだよ。ほんと、分かってないねぇ〜」

「ぐっ!」


 できることなら、ユズのやることなすこと全てを肯定してやりたい。

 だが、花鳥みやびは……。


「みやBの人達だって、そういうPONを楽しんでるんだから。あ、ミコちゃん、みやBってのは『ワナビー』と『みやび』を交ぜた造語でね。みやびちゃんを応援する人達のことだよ」

「なるほど。じゃあ、見てみるね」

「やった! 今度、一緒に感想話そうねっ!」


 もはや、俺の存在などいないものかのように楽しそうに会話をするユズと氷高。

 推しというわけではなく、配信が面白いから好きというだけなら……セーフ、だよな?


「じゃあ、またね! カズ、ミコちゃんに変なことしちゃダメだよ」


 そう言うと、足を弾ませて俺達と別れるユズ。

 すると、残された氷高はウキウキとした様子で俺に手を差し出してきた。


「かずぴょん、行こ」

「なぜ、手を繫ぐ前提になっている?」


 氷高の伸ばした手首の隙間から見えるリストバンドに少し照れくささを感じながらも、ユズに言われた言葉を思い出し、手を繫ごうとはしない俺。

 朝の恒例行事で、ほぼ毎回断られているのに氷高はまるで懲りていない。


「大丈夫だよ、かずぴょん。手を繫ぐのは、変なことに含まれてないから」

「含まれていなくても、俺がする理由にはならないな」

「ふっ。確かにその通り。でも、私は成長している」

「果たして、どんな成長を遂げたら──」

「この手には、ついさっきまで繫がっていたユズちゃんの温もりが残っている」

「……っ! き、貴様……っ!」


 言われてみれば、そうじゃないか! くそ! なぜ、俺はそんな肝心なことをっ!


「かずぴょんがいらないなら、私が一人で堪能するけど……どうする?」

「す、好きにしろ……」

「うん!」


 くそう。確かにこの女は、着実に成長しているようだ……。

◇ ◇ ◇


「で、お前らっていつ付き合うの?」


 昼休み。食堂の屋外テーブルで正面に座る月山王子が奇怪な質問を飛ばす。

 目の前に広がっているのは、花見などのイベントでしか見ないような重箱。

 人気取りのために、どこぞの高級弁当を親の金で購入し、クラスメートへと振る舞おうとしたそうなのだが、見事に拒絶されたそうだ。

 で、一人では食い切れないので、食堂の屋外テーブルで俺達に振る舞っている。


「がっかり、とてもいいことを言った。この場にいることを許可する」


 氷高がふてぶてしく、そう言った。


「ありがたき幸せ! って、ここ食堂の屋外テーブルだから! みんなの場所だから!」



刊行シリーズ

主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる3の書影
主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2の書影
主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくるの書影