主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1
【天田照人(一)】 ①
子供の頃から、俺はアニメや漫画が好きだった。
両親が元々その手のものを好んで集めていたことが原因だろう。
だから、物心がついた時から憧れていた。物語の、主人公という存在に。
子供の頃って、みんなそうだろ?
誰しもヒーローに憧れて、自分もそうなりたいって思うよな?
その中でも、俺が一番憧れていたのがラブコメ主人公だ。
だって、楽じゃないか。バトルものの主人公は、立派な血統とか才能が必要だし、辛い訓練をこなさないといけない。ミステリーものの主人公は、頭が良くないと無理だ。
でも、ラブコメ主人公って違うんだよ。
何もしなくていい。才能がなくても、努力をしなくても、外見が良くなくても、それなりに性格が良ければ都合よくヒロインと恋愛ができる。
バトルものみたいに死ぬような目にもあわないし、ミステリーものみたいに殺人事件とかに巻き込まれずに済む。安全な世界で、幸せになれるんだ。
といっても、子供心に理解はできていた。
そんな都合よく、美少女と出会えることなんてあるわけない。
しかも、ヒロインってのはとにかく特殊な出自の奴が多い。そんな相手と出会うなんて、それこそ宝くじで一等を当てるよりも難しいことだ。だから、憧れはあくまでも憧れのまま。
心の中で、そうなれたらいいなぁなんて思いながら、平和な子供時代を過ごしていたよ。
あの子に、出会うまでは……。
氷高命。
初めて会ったのは、小学校に入学する少し前。
うちから、一〇分程歩いたところにある公園だった。
ビックリしたね。こんなに可愛い女の子が、この世にいるんだって。
たった一人で遊ぶ命に、俺は声をかけた。すぐに仲良くなれたよ。
それから、命について知るために、うちの親を含めた近所の大人達から命の事情を聞いた。
命は、母親と血の繫がりがない。……父親の愛人が産んだ子供だったんだ。
命の父親は、よく言えば仕事熱心。悪く言えば、家庭を顧みない男だった。
家庭よりも仕事を優先。出張も多かったみたいで、一軒家を購入したにもかかわらず、まともに家にいる時間のほうが少なかったみたいだ。だけど、金だけはたっぷりと稼いでくるものだから、奥さんも強く出ることはできず、何も言えなかった。
そんな中で、事件が起きた。
父親は、出張先で出会った女と不貞行為に及んで子供を作ったんだ。それが命。
そのまま愛人が命を育てていれば良かったんだけど、愛人は命を父親に押し付けて、姿を眩ましてしまったんだ。
やむを得ず、命を引き取ることにした父親だけど、当然ながら奥さんは激怒。
父親は父親で、愛人に裏切られたと憤っていたらしい。
ただ、命の父親も母親(って呼ぶのか? 血は繫がってないけど……まぁ、いいか)も最低限の道徳心と理性があったため、命に対してどうこうしたわけではない。
子供に罪はないと、ちゃんと命を育てることにしたんだ。
だけど、そこに愛情はなかった。ただの義務感で育てていただけ。
母親は、自分と血の繫がっている命の姉に対しては愛情をもって接するが、命には事務的に接する。父親は、金を出すだけ。以前よりも仕事へのめり込むようになった。
命は、両親に愛されていないことを幼心に感じ取っていた。
愛のない家に帰りたくなくて、独り公園で時間を潰していたわけだ。
これこそ、まさに運命だ。俺の下に神様が、命を運んできてくれたんだ。
この時、俺は確信した。
自分は、宝くじよりも当せん確率の低いラブコメ主人公になる権利が当たったんだと。
命は、俺に愛され俺を愛するために、不幸な生活をしてくれているんだ。
任せておけよ、救世主になって君を幸せにしてやるからさ。
出会った日から、毎日公園に遊びに行った。俺は、笑顔で命に話しかけた。
困っている女の子を放っておかず、手を差し伸べるなんて超善人だ。命は、もう俺が好きなんだろうな。でも、お互いにまだ子供同士だし、今からどうこうしようってわけじゃない。
あと、命の家庭問題を解決しようとするとか、絶対ダメ。
そもそも、まだ物語は始まっていないんだ。今はまだ、物語のプロローグにすらなり得ない、物語冒頭から命が俺を好きになるまでの準備段階だからな。
命には、ちゃんと家庭で苦しんでもらわないと。大丈夫、最終的には俺が助けるから。
そう思って、命と接していた。……あいつが、現われるまでは。
その日は日曜日だった。朝から親に連れられておばあちゃんの家に遊びに行って、夕方近くに家に帰ってきた後、命に会いに公園へ向かった。だけど、俺は声をかけられなかった。
見てしまったからだ。今までに見たことのないような笑顔を浮かべる命を。
命は、俺の知らない兄妹と遊んでいた。
男は俺と同い年くらいで、女は俺より少し年下。
思わず、その場に隠れて三人の様子を窺った。
いつもとは違う、幸福感と憧憬をない交ぜにしたかのような命の眼差し。
俺といる時に、あんな顔をしたことなんて一度もない。子供心にすぐに分かった。
命が、その男に対して特別な感情を抱いていることは。
何やってんだよ? 俺が命を先に好きになったんだぞ。命は俺を好きになるんだぞ。
どういう会話が為されたかは知らないが、男は命にプレゼントを渡していた。
着けていたリストバンドを、命へと手渡したのだ。
それを命は嬉しそうにはめていた。メチャクチャ腹が立ったね。
周囲の大人に、あの男は誰かと聞いてみた。すると、この辺に住んでない奴だと教えてもらった。どうも、親に連れられて、たまたまこの近くにやってきただけらしい。
住んでいる場所も確認したら、うちからは結構離れた駅だった。
少しして、男の父親が迎えに来て、その兄妹は命に手を振って帰っていった。
去り際に父親が言っていた「かずきくん」という名前は絶対に忘れられない。
翌日、俺は何も知らないフリをして、そのリストバンドが欲しいと命にねだった。
俺のヒロインなのに、別の男からのプレゼントを身に着けているなんて有り得ない。
何も知らないフリをして、奪い取ってやる。
本来ならヒロインを苦しめるなんて、主人公にあるまじき行為だが、今なら大丈夫だ。
だって、まだプロローグすら始まっていないんだ。何をしたって、問題ない。
命は嫌がった。あんなにも抵抗されたのは、初めてかもしれない。
必死に「とらないで!」と叫んでいた。それでも、俺は力ずくで奪い取った。
以来、命は公園に現われなくなった──うん、これも問題なしだ。
ほら、物語でもよくあるだろ? 主人公と幼馴染が、子供の頃の小さないざこざで仲違いするって。でも、最後に幼馴染は必ず主人公を好きになるんだ。
つまり、今俺が紡いでいるエピソードは、プロローグにはならないけど、過去回想には使われるシーンだってこと。より一層、ラブコメらしくなったじゃないか。最高だね。
しかも、命と俺は同じ小学校。公園で会えなくなっても問題ない。
それに、あの男……かずきくんは小学校にいないんだ。
だとしたら、かずきくんは俺と命がトラブルを起こすための装置だったのだろう。
物語を正しく成立させるための装置。なら、その手順に則って行動してやろう。
俺は決して、命に愛情を注ぐのをやめなかった。
どれだけ拒絶されても、命に笑顔で接する健気な日々を過ごすのも楽しかった。
小学校の時も、中学校の時も、卒業式の日に命に告白をしたけど、にべもなく断られた。
さすが、命だ。ちゃんと物語というものを分かってくれている。
物語の本番は、高校生になってからだもんな。ここで、俺と命は結ばれるんだ。
そう思って、臨んだ比良坂高校の入学式。