主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2

第二章 脇役とは、明るい部屋の中で、そこにある答えを無視し続ける人だ ⑨

 氷高としても、羊谷がどんなことを俺に話すのかは気になっているだろうしな。


「あっ。そこは大丈夫だよ! 聞かれて困るようなことじゃないしね」


 その程度のことなら、なぜここまで俺に執着するのかが分からん。

 まぁ、いい。答え合わせは、もうすぐそこまできているのだから。


「でね、私の話なんだけど……天田君について教えてほしいんだ」

「は? 天田?」


 ストーカーの話ではないとは思っていた。だが、代わりに出てきた内容が想定外だ。

 なぜ、羊谷の口から天田の名前が?


「うん。全然学校に来てないでしょ? その理由を教えてほしいの」

「うちのクラスの奴らからは、何も聞いていないのか?」


 混乱して、自分が問いかける質問よりも、羊谷の質問を優先してしまった。


「誰も教えてくれなかったんだよ。唯一、教えてもらえたのは『天田のことだったら、石井か氷高に聞いてほしい』ってことだけで。だから、石井君に教えてほしいの」


 俺の与り知らぬところで、問題を丸投げされた気分だ。

 そりゃ、あの事件のことはあまり口にしたい内容ではないだろうが。


「お前の性格だったら、男子から聞き出せそうだけどな」

「ん〜。それは難しいかなぁ。もっと仲が良くなれば聞けるかもしれないけど、それで変な誤解をされたらイヤだし」


 その情報を聞き出せるくらい親密になると、周りに誤解される可能性はあるだろうな。


「というわけで、天田君について教えて! どうして学校に来ないの?」

「その前に俺からも質問だ。どうして、天田のことを知りたい? 知り合いでもないだろ」

「学校に来ないクラスメートがいたら、心配して当然じゃない?」


 至極まともな言葉だが、一般論ではない。

 普通の奴だったら、その時点で面倒事だと察して関わらないようにする。

 健気に心配するのなんて、それこそ途方もない善人だけだ。


「それだけが理由か?」

「うっ!」


 今日までのやり取りで、俺が一筋縄ではいかない相手だと理解しているのだろう。

 情報を隠したままでは真実に辿り着けない。だから、できる限り情報を出す。

 もちろん、取捨選択はあるだろうがな。


「羊谷が途方もない善人だとするなら、心配って言葉だけで信用できたのかもしれないが、それだけが理由だとはとてもじゃないが思えないな」


 加えて、怪しい箇所がもう一つ。

 クラスメートは、『天田のことだったら、石井か氷高に聞いてほしい』と伝えていたと羊谷自身が言っている。にもかかわらず、なぜ氷高には聞かなかった?

 簡単な相手ではないが、今朝も氷高は俺を守るために『かずぴょんへの話は、事前に私を通してから』と言っていた。つまり、羊谷は氷高に天田のことを聞くことができたんだ。

 にもかかわらず、羊谷は頑なに氷高へは聞かずに俺から話を聞こうとしている。

 そこにも、何か特別な理由があるんじゃないのか?


「それ、私が善人じゃないってこと?」

「少なくとも、現時点で信用はしていない」


 もしも、羊谷が途方もない善人に該当するのであれば、一度目の人生で俺を助けたはずだ。

 だが、こいつがやったのは、人気配信者の立場を利用して父さんとユズを陥れること。

 そんな奴を、二度目の人生だからといって善人と判断ができるはずがない。


「別に、石井君に変なことはしてないと思うんだけどなぁ」

「付きまとうのは、充分に変なことだろ」

「そっちが逃げるからじゃん。天田君のことが聞ければそれだけでよかったんだよ?」

「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」

「えなり?」


 ホリフィーチャリングえなりだ。本人は一度も言ったことがないらしいからな。

 しかし、これは想定外だな。てっきりストーカーに悩まされていて、助けてもらおうと考えているのだと思っていたのだが……。


「で、なんで天田のことを知りたいんだよ?」

「それは……」


 言い淀む羊谷を見ていると、沸々と嫌な予感がしてくる。

 もしかして、これはストーカー問題以上の厄介極まりない問題なのではないかと。


「まぁ、仕方ない、か……」


 比較的あっさりと観念した羊谷は、小さくため息をつくと真っ直ぐに俺を見た。

 羊谷美和。花鳥みやびという別名義で、配信者として活動する美少女。

 一度目の人生では、天田にストーカー問題を解決してもらったことで恋心を宿すが、二度目の人生である今回ではそうはならず。なので、面倒な奴ではあるが、危険人物ではない。

 俺にとっての危険人物とは、天田に恋心を宿した美少女だ。

 天田の特殊能力なのか知らんが、天田に恋をした女は全員が猪突猛進になり、天田のためであれば、平然と悪事にも手を染めて天田の望みを叶えようとする。

 ただ、現状の羊谷はそうではない。天田が学校に来ていないことが原因で、俺にグイグイくるのは面倒だが、あくまでも面倒なだけだ。

 これで、すでに天田へ恋をしていたら危険極まりないが、二人が出会っていない以上、そんなことは決して起こり得ないので──


「幼馴染なの」


「…………はい?」


 えっと、この人は今なんと仰って? 幼馴染? 幼馴染と申しましたかね?

 それって、あれですよね? ただ、昔からの知り合いってだけですよね?

 幼馴染で、昔から好きだったとか……ない、ですよね?

 それだと氷高に聞かなかった理由も、元々天田の想い人である氷高の存在を知っていて恐れていたとか、そんな感じで納得ができてしまうんですが……。

 呆気に取られて口をぱっくりとオープンする俺に気づいていないのか、羊谷は僅かに紅潮した頰のまま、もう一度叫ぶように言った。


「お・さ・な・な・じ・み! 私とテルチーは幼馴染なの!」


 だからって、俺にグイグイくるなよ!


刊行シリーズ

主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる3の書影
主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2の書影
主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくるの書影