主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2
第二章 脇役とは、明るい部屋の中で、そこにある答えを無視し続ける人だ ⑧
だからこそ、嬉々として花鳥みやびについて語っているのだろう。
完全に興奮しているようにしか見えない──っていうか、してるよな?
「私と違って?」
意味を知りながらも、あえて尋ねた。
「あっ! その、ね……。これは命ちゃんにしか言ってないんだけど、実は私もVチューバーをやってるんだ。登録者も少ないし、同接も二桁にいかないくらいなんだけど」
同接とは、同時接続者数の略。配信者はリアルタイムで配信を行い、そこに何人見に来ているかが分かるようになっている。
以前……一度目の人生で天田から聞いたところによると、個人勢だったら同接が三〇人もいれば、かなりすごいレベルだとか。もちろん、上には上がいるわけだが。
って、そうじゃない。明らかに雲行きがおかしい。
俺は、喜多見がストーカーに対して情報を売り渡していると判断して、その事実を認めさせて羊谷へ謝罪をしてもらうつもりだった。だが、本当に喜多見はそんなことをしたのか?
「あのさ、喜多見。それでなんだけど……」
まだ夏も到来していないというのに、妙に体が熱い。恐らく緊張しているのだろう。
「羊谷が花鳥みやびだってこと、誰にも言わないでくれよ?」
「言わないよ! Vの中の人を伝えるなんて、思いっきりマナー違反だもん!」
「かずぴょん、大丈夫だよ。紗枝ちゃんはそんなことしないから」
氷高の優しい笑み。それは、喜多見を完全に信頼している証なのだろう。
俺もできることなら、そうしたい。だが、一度目の人生で喜多見は……
「っていうか、できないと思うよ」
「え?」
氷高の言葉に、俺の混乱がより一層大きくなる。
一度目の人生で喜多見はストーカーに情報を売り渡していた。できないわけがない。
だというのに、なぜここまで自信満々に氷高は「できない」と言い切れる?
「どうして、できないんだ?」
「だって、そうでしょ?」
「そもそも紗枝ちゃんは、羊のファンの連絡先なんて、知らないじゃん」
「……っ!」
その言葉を告げられた瞬間、俺は思わず思考が停止してしまった。
羊谷のファンの連絡先を喜多見が知らない。確かにその通りだ。喜多見が氷高に続く。
「そうだね。調べようと思えば調べられると思うよ。例えば、SNSでみやびちゃんについて呟いている人を探して、その人に情報を流すとか……。でも、そんなことしないし、する理由もない。危ない人だっているんだから……」
確かに、その手段を使えば喜多見だけでなく、俺でも花鳥みやびの正体を伝えられるだろう。
だが、花鳥みやびは大人気Vチューバーだ。それだけ、ファンは大勢いる。
その中から、ストーカーを狙いすまして連絡先を伝えることなんて可能なのか?
氷高が俺を諭すように、優しく語り掛ける。
「ね? だから、大丈夫だよ」
「……そうだな」
恐らく、最初から氷高は俺が喜多見を怪しんでいることに気がついていたんだ。
それでいて、俺の行動を否定せずに受け入れて、間違いを正してくれた。
なんだよ……。ちゃんと、自分の意志で行動してるじゃないか。
自分の決めつけを恥じると同時に、無性に喜びが湧いてきた。
だけど、今は喜びに蓋をして喜多見に謝罪を伝えよう。
「ごめん、喜多見。変なことを言って……。完全に俺が悪い」
深々と頭を下げた。今までの人生で、最も反省した瞬間かもしれない。
「え? ううん、大丈夫だよ! その、羊谷さんって厄介ファンに困ってるの?」
どこか不安げな表情で喜多見が俺へと問いかけた。
厄介ファンとはその言葉の通り、迷惑行為に及ぶ厄介なファンの総称だ。
「そうかもなって思ってたんだが……」
自分の間違いを正されたことで、俺の中に一つの新たな疑問が生まれていた。
そもそも、羊谷が俺に話したいことって、本当にストーカーの件なのか?
冷静に今までのことを思い返してみると、羊谷は『話したいことがある』とは言っていたが、『助けてほしい』とは言っていない。
一度目の人生で天田は、羊谷の騎士に選ばれた直後に『助けてほしい』と告げられていた。だからこそ、月山達と協力してストーカー問題に取り組んだんだ。
だが、二度目の人生の羊谷は違う。なぜか知らんが、やけに俺に執着してグイグイときて、何としてでも話を聞いてもらおうとしている。
もしも、それがストーカーの件でないとしたらいったいなんだ?
「かずぴょん?」
氷高が俺をジッと見つめている。
本来であれば、このまま氷高に守っておいてもらったほうがいいかもしれない。
だが、そんな他人任せな状態でいいわけがない。
これまでの俺の行動が原因で、未来は確実に変わっているんだ。
ここは、一度目の人生と同じ世界じゃない。二度目の……新しい別の世界なんだ。
だとしたら、俺はとんでもない誤解をしていて、羊谷のトラブルに介入しないことこそが、何か別の取り返しのつかない事態を引き起こす可能性すらある。
「氷高。その、頑張ってもらっておいて悪いんだけどさ。俺、羊谷と話してみるよ」
「分かった。かずぴょんがそうしたいなら、私は止めないよ」
これまでの頑張りを否定するかのような行動を俺が取ろうとしているにもかかわらず、氷高は笑顔だった。本当にいい女だよ……。
「ふふふ。やっぱり、命ちゃんと石井君は仲が良いんだね」
それから、俺達は三人で他愛もない話をしながら昼休みを過ごしていった。
羊谷の本当の目的。それがいったい何か、探ってみせようじゃないか。
◇ ◇ ◇
放課後になり、氷高と共にバイト先であるコンビニへ向かい業務に勤しんでいると、心なしか不安げな表情で入店してくる客が一人。羊谷だ。
普段から芝居めいた女なので、それが本当に不安なのか、わざと弱みを見せてこちらの興味を惹こうとしているのかの判断はつかない。だけど、どっちにしろやることは同じだ。
「あの、さ、石井君……」
「話だけなら聞いてやる」
「え!?」
俺からの想定外の言葉に、目を丸くしている。
ただ、これまでのことがあったからか、まだ完全には安心できていないのだろう。
やや上目遣いで、恐る恐る俺の表情を確認している。
「本当にいいの? その、氷高さんには……」
「氷高にも伝えてあるから邪魔なら入らないぞ。ただ、今はバイト中だから無理だ」
「あっ! 全然! 全然、そんなのいいよ! マジ、ありがとう! めっちゃ嬉しい!」
本当に喜んでいるんだろうな。普段の少しわざとらしいサバサバした態度とは違う、子供のようなはしゃぎっぷりだ。
「だから、明日にでも──」
「バイトが終わる時間教えて!」
「結構、遅いぞ。二二時だ」
「分かった! じゃあ、その後でよろしく! お仕事の邪魔して、ごめんね!」
そう告げると、羊谷は足を弾ませて店を去って……いくと思いきや、店内に置かれたかごに様々な商品を入れて再び俺のレジへとやってきた。
「売り上げに貢献させてもらいまぁ〜す! あと、唐揚げ棒もお願い!」
「かしこまりました」
◇ ◇ ◇
「お疲れ様、石井君」
「ああ」
バイトが終わり、コンビニの制服から比良坂高校の制服へと着替えて外に出ると、笑顔の羊谷が待ち受けていた。会っているのは、俺一人だ。
「えっと、氷高さんは? ……あ、いるね」
もちろん、いないわけがない。しっかりと店内からこちらの様子を窺っている。
「話を聞くのは俺一人だが、聞いた話は伝える可能性もある。っていうか、絶対に言う」
羊谷が俺に何かを話したいのであれば、氷高はそばにいないほうがいいだろうと判断してのことだが、かといって何も伝えないわけではない。



