主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2

第二章 脇役とは、明るい部屋の中で、そこにある答えを無視し続ける人だ ⑦

 どれだけ感謝をしていようが、そこまでせんでいい。


「残念です。あわよくば、石井さんの評判が下がれば良いと思ったのですが……」


 こっちの女は、こっちの女でとんでもないことをぬかしてやがるよ。


「まだ俺に恨みでもあんのか、こら」

「とんでもありません。非常に感謝していますし、大きすぎる罪悪感も抱いていますよ。ですから、私で力になれることがあれば必ず力になろうと決意しています。たとえ氷高さんに頼まれていなかったとしても、私は必ず貴方を助けていました」


 優美な笑みだ。ここだけを切り取れば、非常に魅力的なヒロインに見えるだろう。

 実際にやったことは、俺の机に産地直送おパンティ殿だが。


「ならば、なぜ俺の評判を下げようとする?」

「ふっ」


 決め顔で眼鏡をクイッと上げた。そのまま叩き割ったろか。


「石井さんの校内での評価を下げて、氷高さんにできる限り依存するように仕向けたかったわけですね。そうすれば、お二人が恋人になってくれるかもしれないではないですか」


 だったら、お前が脱げ。肝心なところを牛巻に丸投げするんじゃない。


「それなりに体を張った割には、残念な結果でした……」

「あたしは、それなりどころじゃなかったんだけど!」


 一度目の人生でも、よく射場の口車にのせられていた牛巻だが、今回のほうがひどいな。

 主人公がいなくなると、ヒロインとはここまで残念になってしまうのか……。


「まぁ、牛巻は元気出せよ……。その、ありがとな……」

「うん……。石井の力になれたなら、よかったよ……」


 その後、俺達のグループチャットに氷高から『ありがとう。助かった』とメッセージが送られると、月山から『うちのクラスで牛巻狙いの奴が増えたよ。悪い意味で』と返事が来た。

 既読カウントはグループの人数分ついたが、牛巻からの返事はなかった。

◇ ◇ ◇

 机おパンティ殿のインパクトが強すぎたためか、あれから羊谷が俺へ近づいてくることはなかった。常に俺のそばにいて「これはかずぴょんを守るため。仕方のないことなの」と、これっぽっちも仕方なさそうに見えない幸せそうな笑みを浮かべている氷高も原因だろうが。

 ただ、諦めたわけではないようで、時折俺に対して探るような眼差しを向けている。

 まぁ、向けた瞬間に氷高から牽制されるんだけどな。

 ひとまず、氷高や牛巻が俺の周辺にいる時は、話しかけることはおろか、まともに近づくことすらできないと理解してチャンスを窺っているのだろう。

 実はさらにもう一人、射場光姫という仲間もいるのだが、「私は裏から指示を出す役割なので」とちゃっかり身の安全は確保しつつ、こちらのサポートをしてくれるらしい。

 そんなこんなで、昼休み。俺は、ようやく喜多見紗枝とコンタクトを取ることになった。

 場所はいつもの屋外テーブル。そこに氷高が喜多見を連れてきてくれた。


「は、初めまして、石井君!」


 大人しそうな印象の素朴な顔立ち。綺麗に胸まで伸びたストレートヘアー。身長は高くもなければ低くもない、女子の平均的な高さ。失礼な表現になってしまうかもしれないが、ここまで普通という印象を抱かせる女の子というのは逆に珍しいのかもしれない。

 ただ、違和感が一つ。


「その……、私は氷高さんに変なことはしてないから! ただのお友達で……」


 俺に対して異常に怯えているのは、自分がストーカーに情報を流したことを知られているのかもしれないと警戒しているからだろうか?

 だとすれば、この言葉も疑ったほうがいいだろうな。もちろん、顔には出さんが。


「別に怒ってるとかそういうのじゃないぞ。その、どうしてそんなに怯えてるんだ?」


 あえて、間抜けなフリをして質問を飛ばす。

 そうだよ。お前が警戒している通り、俺は──


「え? でも、石井君は常日頃氷高さんを束縛していて、そばにいられないと怒り狂っちゃうって聞いてたんだけど……」

「……誰から?」

「氷高さん」

「氷高さん?」

「将来的にはそうなる予定だから、噓じゃないよ」

「噓だよ! 全然、そんなことないよ!」


 怯えられていた理由がまさかすぎたわ。


「かずぴょん、そんなことないの?」

「当たり前だろ! そばにいてくれないと寂しいとは思うだろうが怒り狂うほどじゃないし、氷高と仲良くしてる喜多見に怒ってるとかそういうのはないから!」


 必死に弁明をすると、「寂しいと思ってくれるだけで嬉しい」と満足げな笑みの氷高。

 どうやら、この言葉を俺から引き出すためだけに予め仕込みを入れていたようだ……。


「あ、そうなんだ。ふふふ……。噂通り、仲が良いんだね」

「そうなの。かずぴょんと私は、いつだってラブラブなんだ」


 落ち着け、俺。当初の目的を思い出せ。

 元々、俺が喜多見とコンタクトを取ったのは、羊谷に謝罪をさせるためだ。

 パッと見は普通の女の子である喜多見だが、こう見えてVチューバーとして活動している。

 活動名義は、儚リン。羊谷のやっている花鳥みやびと違い、登録者は五〇人にも満たない小規模なものだが、それでもれっきとした配信者だ。


「でも、だとしたらどうして?」

「喜多見って、最近うちのクラスに転校してきた羊谷って知ってるか?」

「うん、知ってるよ。すっごく可愛くて明るい子だよね。体育でも一緒だしね」


 俺達は一年C組。喜多見は、一年D組。隣同士のクラスで、体育が合同であることから氷高と喜多見は仲良くなった。ということは、そこで喜多見は羊谷が花鳥みやびだと知ったのか。


「なら、喜多見は羊谷についてどう思う?」


 さて、難しいのはここから先だ。

 現時点で羊谷がストーカーに悩まされている以上、すでに喜多見はストーカーに情報を流してしまっている。無垢な顔をして、中々えげつないことをする奴だ。

 だが、直接的にそれを指摘するのは難しい。いきなり言ったら確実に警戒されるだろう。

 なにせ、本来であれば俺が知り得ない情報だからだ。


「ん〜。明るい子って感じかな。あんまり絡んだことないから、よく分からないけど」


 まぁ、すっとぼけるか。そりゃ、そうだよな。


「紗枝ちゃんは、あんなぶりっ子と関わらなくていい。絡んじゃダメ」

「あはは。命ちゃんは厳しいなぁ」


 先程は俺の手前苗字呼びだったが、普段は名前で氷高を呼んでいるようだ。

 って、そうではなくてだ。どうやって、喜多見から羊谷の件を掘り下げるかが問題だな。

 もう少しだけ、踏み込んでみるか。


「ちなみに、俺と氷高は羊谷のもう一つの顔について知っているんだが、喜多見は?」

「もう一つの顔?」


 再びのすっとぼけ。ただ、苛立ちよりも感心が勝ってしまった。

 普通であれば、多少は何かしらのリアクションを見せそうなものだが、喜多見は動揺などの感情を一切見せず、まるで本当に知らないかのように振る舞っている。


「花鳥みやびって知ってるか?」

「……っ! うそっ!」


 そこで、ようやく喜多見が驚きの感情を示した……のだが、さすがにおかしくないか?

 これも演技なのか? 本当に驚いているようにしか見えないのだが……。


「え! 羊谷さんがみやびちゃん!? わっ! やばっ! 私の憧れの人だよ!」

「紗枝ちゃん、あんなのに憧れるのはやめなさい」

「そうは言ってられないよ、命ちゃん! だって、みやびちゃんは私と違ってもっのすっごく有名なんだよ! 個人Vで登録者一〇〇万超えって本当にすごいんだからね!」


 個人V……事務所に属さず、個人で活動するVチューバーの略称だ。

 同じく個人で活動している喜多見からしたら、花鳥みやびは憧れの存在。


刊行シリーズ

主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる3の書影
主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2の書影
主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくるの書影