主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2
第二章 脇役とは、明るい部屋の中で、そこにある答えを無視し続ける人だ ⑥
「お、おーっす、石井!」
が、当然ながら氷高はこの状況を想定して、対策を講じている。
顔を真っ赤にして、たどたどしい言葉と共に教室へと入ってきたのは牛巻風花。
なぜだか、呼吸が凄まじく荒い。
さらに、教室の入り口には密かにこちらの様子を窺う射場の姿も確認できる。
「あれ? 君って、朝も石井君と話してた……」
「そ、うそ、う! あ、たし、石井の、と、友達ぃ、だからさぁ!」
とんでもない歯切れの悪さだ。
通常、牛巻と射場が俺と交流する時は、必ず氷高が同席している。
それが、二人が自らに課したルールであり、これまではそのルールが徹底されていた。
だが、今回に限っては例外。なにせ、牛巻が来ることは氷高も知っている。
というか、呼んだのが氷高自身だ。
HR終わりのメッセージのやり取りで、最後に氷高から送られてきたメッセージは『私がそばにいれないから、代わりの護衛を送る。牛と射』。
要するに、牛巻は氷高に代わって俺を助けに来てくれたのだ。
感謝すべきことなのだが、それ以上に氷高の牛巻と射場の呼び方が気になりすぎた。
「あ、そうなんだ。実は、私も石井君と仲良くなりたくてさ。えっと……」
「A組の牛巻風花。よろしく、羊谷さん」
「うん、よろしくね、風花ちゃん!」
美少女同士の交流に、なぜだか沸き立つ一年C組。ただし、蟹江だけは牛巻に対して冷めた視線を送っている。仲が悪くなったわけではないと思ったが、そうでもないのか?
「それで、牛巻は何をしにきたんだ?」
俺が質問をすると、分かりやすく体をビクッと揺らした。なぜ、そこまでビビっている。
しかも、一切何も言わないし。ほんと、何しにきたんだ、こいつ。
それを見過ごす羊谷じゃないぞ。
「あれ? 別に話はない感じ? だったら、私がさせてもらおっかな!」
羊谷もすでに牛巻の目的に気がついているのだろう。だが、ここまでのやり取りで確信している。この女は、氷高命と比べれば御しやすい相手であると。正直、教室にいる時点でストーカーの話はできないと思うので、羊谷も勝手に話せと思っているわけではあるが。
「あのね、石井君」
「ま、待ちな!」
「どうしたの、風花ちゃん?」
「石井、と仲良く、なりたかった、ら、やらなきゃ、いけないことがあるんあ!」
んあって言ってますやん。んあってなんだ、んあって。
ちなみに、そんなこと俺は知らん。そもそも、誰とも仲良くする気はないし。
「はぁー! はぁー! はぁー!」
尋常ではない呼吸の荒さだ。正直、今だけは羊谷より牛巻のほうが恐ろしい。
いったい、何をするつもりだと思ったら、牛巻は覚悟を決めた表情を浮かべて、自らのスカートのポケットへ右手を突っ込んだ。
そして、取り出した物をバンッ! と俺の机の上へと叩きつける。
「これ! 今日の分だから!」
「「…………」」
机の上に置かれた物を確認して、俺と羊谷だけでなくクラスメート全員が絶句した。
いや、こいつ、ほんとに何をやってるわけ?
なぜ、俺の机の上に……
「おパンティ?」
「口に出すなよ!」
可愛らしい、薄ピンク色のおパンティ。
原産地はどこだ? 心当たりが一つだけあるが、もしそれが事実だとすると、現在の牛巻のスカートの中が大変なことになっているはずなので確認したくない。
「あ、あの、風花ちゃん。これって……」
羊谷が恐る恐る確認を取った。
「知らなかったのか? 石井と仲良くするには、これを献上する必要があるんだ!」
「えぇぇぇぇぇ!!」
俺も初めて知ったわ。しかも、メチャクチャいらねぇわ。
「言っておくけど、あんたが石井に献上してないなら友達にはなれないよ!」
「噓でしょ!? っていうか、風花ちゃん。そこまでしてるの!?」
「当たり前だろ!」
なぜか念入りにスカートを押さえつつ、胸を張る牛巻。
おパンティ殿の原産地が、どこか特定できてしまう行動は控えてほしい。
ついでに、教室の外からこちらの様子を窺っている射場は、不敵な笑みでサムズアップ。
どうやら、あの女が全ての黒幕らしい。
「どう? あんたはできるの!?」
「いや、その……」
羊谷は、というか今まさに教室にいる誰もが、牛巻の発言が噓であることは分かっているだろう。常識的に考えても、非常識的に考えても、おパンティ殿を産地直送せねば友達になれないなんて有り得るわけがない。だが、もはやそんなことはどうでもいいのだ。
事実として、牛巻はおパンティ殿を献上してしまっている。そんなとんでもない状況に、脳の処理が追いつかず、ただただドン引きすることしかできないのだ。もちろん、俺も。
牛巻が顔を真っ赤にしながら、そのまま羊谷にまくし立てる。
「できないなら、早くどっか行ってよ! 迷惑だから!」
そういえば一度目の人生でも羊谷が天田に近づいた時、最初は牛巻が羊谷を警戒して「テルを利用しようとするなら許さない」とか言ってたなぁ。
決して、おパンティ殿は献上していなかったが。
「さすがに、そこまでする必要はないでしょ? ただ、話したいだけで……」
「なに!? なんか文句あんの!?」
完全にゴリ押しのパワープレイだが、時に力は理性に勝る。
「ない、かなぁ。うん……。なんか、ごめんね……」
結局、羊谷は牛巻の剣幕に負けて逃げるように去っていった。実際、逃げたのだろう。
俺だって、こんな行動に出る女は恐ろしくて仕方がない。
というか、このままでは俺の評判がさらに落ちるのではないか?
以前にトラブルを起こした相手に、おパンティ殿を献上させたと……
「牛巻、やばいな……」
「あんなことがあったのに、おパンティ閣下を渡すのかよ……。むしろ、あんなことがあったからなのか?」
「ド痴女だ。紛うことなきド痴女だよ……」
「なぁ、牛巻なら頼めばいけるんじゃないか?」
落ちてないらしい。というか、全員が牛巻に注目しすぎてそれどころではない感じだ。
当の本人は体を震わせ、顔を真っ赤にして俯いている。涙目だ。
さすがに、これは可哀想だと思ったので、助け船を出すことにした。
「牛巻、今日の分は大丈夫だから、それは持って帰ってくれ。あと、少し外に出よう」
「ほんとか! ありがとう! ほんっとうにありがとうっっっ!!」
切実すぎる礼を伝えた牛巻は、凄まじい速度でおパンティ殿を摑むと、うちの教室のカーテンで自分の全身をくるりと包み込み、ゴソゴソと何かを身に着ける動きをしている。
どうやら、おパンティ殿は原産地へと帰還なされたようだ。
そして、とても元気になった牛巻と共に、俺は教室から外に出た。
「射場ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
とりあえず、教室の外に出ると同時に全力で叫んだ。
いくら、俺を守るためとはいえ、なんてとんでもない計画を企てるんだ、こいつは。
「いかがですか? これであれば、羊谷さんも余計なことは何も言えないでしょう?」
「余計な誤解は盛大に生み出しているけどな!」
二度目の人生を歩む俺でも、牛巻がおパンティ殿を産地直送してくるとは思わなかった。
絶対に他の方法があったと分かっているにもかかわらず、なんてことをしてるんだ。
「ふむ……。作戦は半分成功、半分失敗といったところですか」
が、当の射場は冷静な面持ちで現状を分析しているときたものだ。
「無事に成功しつつ、牛巻が傷ついたよ! っていうか、牛巻も何やってんだよ!」
「だって……石井には助けてもらった恩があるし……感謝してるし……」
涙目でしおらしい態度をしているのは可愛らしいが、やったことがダイナミックすぎる。



