主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2
第二章 脇役とは、明るい部屋の中で、そこにある答えを無視し続ける人だ ⑤
以前、これに見事に引っかかったが故に、氷高は毎朝うちに来るようになった。
今度は絶対に引っかからん。
「マジで、私が入る隙間が全然ないんだけど……」
「そう。私とかずぴょんはいつでも一緒。とても素敵な絆で結ばれてる」
「心なしか、絆で結ばれてるというよりも、鎖で縛られている気がするのだが……」
「かずぴょん、そういう趣味があるの? 分かった。頑張るね」
「ないよ! 頑張るって、どっち側を頑張るつもりだよ!」
「どっちもできるように準備を整えておく。私はかずぴょんのためなら何でもできるよ」
「そこまで、俺のために頑張らなくていいから……」
伝えたのだが、「かずぴょんのためだけじゃなくて、私のためだよ」と幸せそうに笑って俺の腕を抱きしめるので、俺はそれ以上何も言えなかった。
そんな俺達の様子を見つつ、羊谷が「なんで、これで付き合ってないの?」と文句を零す。
どうにか、俺に対して悩みを相談したかった羊谷だが、その全てを氷高に阻まれたことで、何もできることはなかった。
◇ ◇ ◇
比良坂高校に到着し、自分のクラスである一年C組に入った段階で小さなざわめきと大きな困惑が生まれた。理由は簡単。俺が氷高、羊谷という美少女二人と一緒に登校したからだ。
だが、そこに嫉妬の感情を含めて見る者はいない。目立つ感情は、憐憫と同情。
そして、その感情の矛先は俺ではなく、羊谷である。
俺が自席に座ると、いつもの面子がやってきた。
「羊谷も気の毒に……。まさか、石井に近づくなんて……」
「無知は罪なりという言葉がありますが、すでに罰まで受けているように思えますね」
「命知らずすぎだろ。石井に絡みに行くなんて……」
「月山はいいとして、なぜ射場と牛巻までいる?」
「「クラスに居場所がないので(から)」」
キリッと決め顔で、情けない発言をぶちかます美少女が二匹。
俺が教室に入った段階から月山と過ごしてはいたが、俺と氷高が来てからは三人揃ってこっちにやってきた。とても鬱陶しい。
なお、通学中も見事に氷高によって全てを阻まれた羊谷は、やや疲弊した状態で教室に入ったが、クラスメート達に囲まれるとすぐに明るい笑顔へと切り替えた。
さすが、バーチャルアイドル。根性で頑張っているようだ。月山が俺へ尋ねた。
「で、なんで羊谷に絡まれてるんだ?」
「月山のがっかり加減を見誤っていたのが、大きな要因と言えるだろう」
当初の予定では、月山が一切羊谷にコンタクトを取らないはずだったのに、まさか俺の与り知らぬところで心配して声をかけているとは想定外だ。
本当に、こいつは善意で俺を苦しめる。
「お前は俺を傷つけることに、ほんとに余念がないな! どういうことだよ?」
「当初は、月山に面倒事を押し付けて何とかしてもらおうと企てていたわけだが、肝心の月山が俺の想定外の動きをとったせいで、その面倒事が俺に回ってきた。いい迷惑だ」
「全力で俺の台詞だな……」
こめかみ近辺に青筋を浮き上がらせながら、月山が言った。
「となると、やはり彼女は何かしらのトラブルを?」
射場が探るような眼差しを俺に向ける。
「トラブルというよりも、何か悩みがあるみたいだ。それを聞いてほしいらしくて、日曜日から俺に付きまとっている」
実際はトラブルなわけだが、そこまで知っていると伝えるわけにはいかんからな。
あくまでも、現時点で俺が得た情報を伝えるに留めておこう。
「で、みこ……こほん。氷高さんは、そのトラブルに石井が巻き込まれないように、普段よりも近くにいるってわけ?」
牛巻が氷高を名前で呼ぼうとしたが、咳払いでごまかし苗字呼びへ。名前で呼ぶくらい怒らないとは思うが、そこは男である俺には分からない女子同士の何かがあるのかもしれない。
「そう。かずぴょんは私が守る。仕方がないから、こうしてそばにいる」
俺の腕に回した自分の腕をより強く密着させる。絶対に、仕方ないと思ってない。
どうやら、日曜日に言っていた俺を守る手段というのは、常にそばにいて羊谷を近づけないということだったらしい。
その効果は絶大で、今朝もどうにか俺にストーカーの件を話そうとする羊谷だったが、氷高が徹底的にガード。ストーカーに阻まれて、ストーカーの話ができないという奇跡が起きた。
今も教室内で思い切りくっついてきている氷高だが、もはやそれが当たり前の日常となっている一年C組では、多少氷高のアプローチが激しくなろうが誰も何も言わない。
「なぁ、羊谷。大丈夫か? その、石井にはあまり近づかないほうが……」
「あはは! だいじょうぶ、だいじょうぶ! ただ、まだあんまり話してなかったなぁと思って声をかけただけだからさ」
そのレベルで、わざわざ朝っぱらから俺の家に来るわけがないだろう。
ストーカーの件は羊谷としても解決したいのだろうが、だからといって、ここまでの態度を取っている俺にグイグイきすぎだ。
ただ、このまま羊谷と一切関わらないって手段を取り続けるわけにもいかないんだよなぁ。
現状で羊谷が必死に俺を頼っているってことは、すでにストーカーに悩まされている。つまり、引っ越し先がストーカーにバレているってことだ。
そして、その情報を流したのは喜多見紗枝。真犯人がよりにもよって、氷高にとってのたった一人の女友達なのである。
「かずぴょん、どうしたの?」
「ちょっと、気になってることがあってな」
ストーカーに情報さえ売り渡していなければ、喜多見は氷高にとっていい友人だ。
だけど、すでに流してしまっているのであれば、話は別。
もしかしたら、氷高にまで危害を加えかねない危険人物だ。
「気になること?」
嫌な役回りにはなるが、俺が喜多見を説得するしかない。
それで、氷高に恨まれて少し距離があいてしまうとしてもだ。
今だったら、喜多見が羊谷に謝れば許してもらえるかもしれないし、それでトラブルが解決するかもしれない。
「その、氷高に頼みがあるんだけど……」
「分かった。何でも言って」
「せめて、内容を確認してからのほうがいいと思うのだが?」
「その顔をしている時のかずぴょんは、私のために頑張ろうとしてくれている時。だとしたら、内容なんて聞かなくても私はかずぴょんのために何でもする」
とんでもない発言を氷高がしたタイミングで、朝のHRのために教師がやってきた。
それを確認した月山は自席に、牛巻と射場は自分のクラスへと戻っていく。
去り際に牛巻が、「マジで、さっさと付き合えばいいのに」なんて言葉を不満げに残す。
なぜ、お前が不満そうな顔をする。
◇ ◇ ◇
HRを終えた後、氷高に『喜多見と話をしたい』とメッセージを送ったところ、『分かった。紗枝ちゃんに聞いてみるね』と返信。
そのまま、教室から出ていったので恐らく喜多見の下へと向かってくれたのだろう。
これで、氷高が約束を取り付けてくれればストーカーの件を確認できる。
俺は足を弾ませて教室をあとにする氷高を眺めながら、授業のための教科書を取り出す。
すると、この時を待っていたと言わんばかりに近づいてくる女が一人。羊谷である。
「いっしい君!」
天真爛漫な笑み。クラスメート達は、無謀ともいえる羊谷の行動に冷や汗を流している。
俺は、いったいどれほど恐れられているのだろう。
「やっと話せるよ。氷高さんのガード厳しすぎだってぇ」
カラカラと笑いながら、社交辞令かのような言葉。
こうなることは、氷高が教室から出ていった時点で想定できていた。俺を絶対に守ると言っていた氷高にしては、隙の大きすぎる行動だ。普通なら、そう思うだろう。



