主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2
第二章 脇役とは、明るい部屋の中で、そこにある答えを無視し続ける人だ ④
貴様がどれだけ可愛かろうが、こっちにはユズという可愛さの向こう側へと辿り着きし天使と超絶美人で俺に優しい氷高がいるんだぞ。なびく理由が見当たらんわ。
と、そこで我が天使が羊谷へ興味を持ったようで、不機嫌な眼差しを向けている。
「っていうか、羊谷さん。貴女の声、どこかで聞いたことがあるんですけど……」
「え!? い、いやぁ〜、それは気のせいじゃないかな? あは! あはははは!!」
明らかに何かを隠している様子で、慌て始める羊谷。
自分が、Vチューバーの花鳥みやびであることを隠したいのだろう。
そのため、下手くそながら必死にごまかしている──とユズに思わせる作戦か。
羊谷は、頭の回転の早い女だ。
今の言葉だけで、ユズが花鳥みやびを知っていることに気づいたのだろう。
だが、自分のファンであるかどうかまでは分からない。故に、それを知りたい。
「ち、ちなみにぃ〜、誰に似てると思ったり?」
慌てて視線を右へ左と揺らし焦りを演出しつつも、僅かに見え隠れする探るような眼差し。
「花鳥みやびちゃん。私、みやびちゃんの配信よく見てるんですよ」
「えっ! そうなの!」
羊谷の瞳に希望の光が灯る。確信したからだ、これはチャンスであると。
ユズが花鳥みやびのファンであるならば、お願いは聞いてもらえる。
ここを切り口に、俺を騎士として選抜したいのだろうが……
「実はここだけの話なんだけど〜……」
「貴女が花鳥みやびの中身なのは知っていますよ。ただ、泳がせただけですから」
「推しのアイドルにすることじゃなくない!? っていうか、なんで知ってるの!?」
残念だったな。すでに、こちらで手は打たせてもらっている。
そうじゃなきゃ、お前とユズを会わせるものか。
俺にとって、我が天使の護衛は最優先任務だぞ。
「カズから聞きました」
「は!? いや、私、石井君にも言ってないよね!?」
目が飛び出しかねない眼差しで、羊谷が俺を見た。
「声で気づいた。で、即座に氷高とユズに情報連携した」
「せめて、私に事前確認してよ! 勘違いってこともあるでしょ!」
それが有り得ないんだな。なぜなら、俺が知っている理由が本当は声じゃないから。
「安心しろ。学校の連中には言わないでおいてやる。なぜなら、面倒な気がするから」
「理由はひどいけど……。それならまぁ……」
自分が花鳥みやびだと知られていることに、さほど動揺を見せないな。
ストーカーに悩まされているなら、もっと焦りそうなものだが、俺達であれば問題ないと判断しているのだろうか? 嫌な信頼だ。
「なんか、セキュリティが万全すぎる要塞に、竹槍一本で攻め込んでる気分なんだけど……」
それはよかった。ならば、今すぐ失せてくれ。
「ねぇ、妹ちゃん。妹ちゃんは私を推してくれてるんでしょ?」
性懲りもなく、またユズに助けを求め始めた。
今日、羊谷が俺とのコンタクトを目論み、朝っぱらから家の前に来ていたことは、事前にやってきていた氷高からの情報により予め入手済み。
加えて、以前にユズから花鳥みやびの話を聞いていた氷高は、律儀にその動画を確認していたため、転校してきた初日から羊谷が花鳥みやびであることに気がついていた。
(実際は違うが)俺も同様の理由で気がついていたことにして、氷高と共にどうするかを話し合った。正直、当初ユズは羊谷に興味を持つと思っていたので、ユズにこの件を伝えるのは嫌だった。だが、氷高がこう言ったのだ。
『ユズちゃんなら、大丈夫だよ。むしろ、伝えたほうがいいと思う』
氷高がそう言うのであれば、信じよう。俺と氷高は、ユズに羊谷の件を伝えた。
すると、花鳥みやびが転校してきたことに興味は示すも、喜びは示さず。
むしろ、俺達のバイト先までやってきて、俺に絡んできたことに激怒した。
お兄ちゃんは感涙しながら抱きしめようとした。拒絶された。
「それならさ──」
「私は別にみやびちゃんが推しのみやBではないですよ。ただ、配信を楽しく見てるだけなんで。なので、みやびちゃんの中身に興味はありません」
「想像以上に割り切りがすごいね!」
「中は中、外は外ですから」
この辺りの感覚は、アニメキャラと声優の関係に似ているのだろうか?
キャラはキャラであって、演じている声優本人ではない。
もちろん、そうではなく同一視する人もいるが、ユズはそのタイプではないのだろう。
「えっと、私の配信が楽しみなんだよね? 実は最近配信ができない事情があって……」
「だったら、その問題は自力で解決して下さい。カズを巻き込まずに」
「うっ!」
「ほら、行こ。カズ」
そう言いながら、ユズが俺の手を握る力を強めた。
「ユズ、それはお兄ちゃんを天国へと誘ってくれるということか?」
「違うから! カズが変なことに巻き込まれると、私とかパパ達にも迷惑かかるでしょ! だから、仕方なくやってるだけ!」
「くっ! 俺が心配でしゃあないんだな! 俺もユズを愛してるぜ!」
「キモい!!」
まったく、今日もユズのツンデレは絶好調だな。でも、大丈夫。
ユズのツンは愛情一〇〇%だとちゃんと知っているから。
その後、駅に到着したタイミングでユズと別れることになったが、去り際に「ミコちゃん、あとはよろしくね」と告げて、氷高は「任せて」と笑顔で応えていた。
ユズと別れ駅へ向かおうとすると、羊谷が「よかったら、タクシー使わない?」と高校生とは思えないVIP発言をかましてきたが、当然ながら無視。
俺も氷高も羊谷の誘いに乗らないどころか、発言をスルーして駅の中へと入っていった。
やむを得ずついてくる羊谷。その間も、鉄壁の氷高は健在。
ユズがいなくなったことで空いた隣にやってきた羊谷に対して、「かずぴょん、壁際に寄って」と自分の体をグイグイと押し付けて俺を壁側へと追いやった。
普通は、女の子が壁側で男が守るものだと思う。
「あ、あのさ……。氷高、さん」
「なに?」
さすがの羊谷も、ここまでされると心も折れ始めてきたのか、普段の元気はない。
疲弊した様子で、恐る恐る氷高へと語り掛けた。
「私ね、別に石井君に変なことをするつもりはないんだ。ただ、話をしたいだけで……」
「かずぴょんにとっては、それが変なことに該当する可能性がある。そもそも、これだけかずぴょんから嫌がられているんだから、早く諦めて。そっちにも得はないでしょ?」
それは、その通りだ。
羊谷がストーカーに悩まされていて、守ってくれる人間を探しているのは分かる。
その騎士として俺を選ぶのは、どう考えても大間違いだ。現時点の態度を見れば、仮に事情を伝えたとしても自分を守ってくれないと分かりそうなものだろうに。
「うっ! でも、石井君じゃなきゃダメな理由があるし……」
チラリと俺を確認しつつ、思わせぶりな発言。が、俺はそんな理由に興味はない。
瞳を潤ませ、必死な様子を醸し出して俺に語り掛けようとするが、
「私もかずぴょんじゃなきゃダメ。かずぴょん、同じお墓にはいろ」
「せめて、結婚しようで留めてくれないか?」
対抗心を燃やした氷高が、同じように瞳を潤ませてとんでもないことを言い出した。
「つまり、結婚ならしてくれるという……」
「違う」
「分かった。じゃあ、今は恋人同士ということで妥協する……」
「その手にはもう乗らんぞ」
「……無念」
ドアインザフェイス。初めに「大きな要求」をして相手に断らせた後に、本命に関連する「小さな要求」をすることで、本命の要求を受け入れてもらいやすくする氷高の特技だ。



