主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2
第二章 脇役とは、明るい部屋の中で、そこにある答えを無視し続ける人だ ③
最初はまったく関わりたくなかった羊谷のトラブルだが、騎士選抜試験に合格してしまった以上、対応を変える必要がある。羊谷のトラブルを何とか解決してしまいたい。
なぜなら、解決しないとこれからも絡んできそうでダルいから。
「なるほど。確かに、それには私も同意見」
「詳細は説明していないぞ?」
「ふっ。私ほどのアグレッシブな──」
「あ、もう結構です」
言葉を途中で遮ると、少し不満そうな顔でつついてきた。くすぐったい。
ついでに、「いじわるした罰」と手を繫いできた。罰とは?
「もし困ってるなら、俺よりも月山を頼ったほうがいいだろ。あいつのほうが──」
「それはない」
ハッキリと氷高が否定した。
「私なら、困ったら絶対かずぴょんに頼る。けど、それ以上にかずぴょんを助けたいな」
小さな微笑み。普段も美人だが、こういう時の氷高は恐ろしいまでに美人だ。
「もう充分助けてもらっているから平気だよ」
つい照れ隠しで視線を逸らしてしまう。実際、俺は氷高に充分助けてもらっている。
氷高がいなければ、比良坂高校での生活はもっとつまらないものになっていただろうし、天田の件だって解決できなかっただろう。感謝しているんだ。
「私が満足してないから足りないよ。ねぇ、私が頑張っちゃダメ?」
本音を言えば止めたいし、少し……いや、かなり心配になってしまう。
氷高は、どんな時でも必ず俺の味方でいてくれる。ただ、そうやって俺のためにだけ行動するのは、『いい女』であっても『都合のいい女』にならないか?
もちろん、氷高を利用するつもりなんて毛頭ない。
だけど、俺が何か間違えたことをしてしまったら?
それすらも信じて、俺と一緒に間違った道を歩んでしまうかもしれない。
そんな風には、なってほしくないんだ。
「あの仮面女をかずぴょんに近づけさせない。そこだけやらせてほしいな。ダメ?」
ただ、こういう時の氷高は何を言ってもダメだろうからなぁ……。
「羊谷に直接文句を言うとか、氷高が羊谷の悩みを解決するとか、そういうのはなしだぞ」
「もちろん関わらないよ。かずぴょんと一緒にいたいしね」
それで、いったい何をするつもりだ。そんな疑問を持ちながらも「なら、任せる」と俺がシンプルな返事を伝えると、「うん」と小さな可愛らしい言葉が返ってきた。
けど、実際のところどうするべきだろう? 羊谷の問題は非常にややこしい。
現時点での羊谷は、ストーカーに追われていて、守ってくれる騎士を求めているだけの状況だ。だが、この問題にはその先がある。
実は、羊谷と同じようにVチューバーとして活動している女子生徒が、羊谷が花鳥みやびだと気がつきストーカーに対して情報を流しているのだ。しかも、金をもらう形で。
そして、自分の悪事を暴かれた女子生徒は、比良坂高校での立場を失い転校していく。
たった一人、その女子生徒とだけは仲が良かった氷高は寂しそうにしていて……
「なぁ、氷高」
「どうしたの?」
ふと、気になった。一度目の人生ではあの女子生徒と仲が良かった氷高だが、二度目の人生ではどうなのだろう? この時期には、もう仲良くなっていたはずだ。
「その、さ。学校で俺とほとんど一緒にいるけど、それ以外の時間は寂しくないか? 例えば、男女別の授業の時とか」
「かずぴょん、それは私を束縛したいという欲望が……」
「違います。心配していただけです」
「それでもすっごく嬉しい。でも、心配いらないよ。実は、最近仲良くなった子がいるの」
「へぇ……」
「D組の喜多見紗枝ちゃん。私に踏み込んでこないでくれる優しい人」
どこか幸せそうにそう言う氷高を見て、俺は複雑な思いに駆られる。
どうやら、一度目の人生の時と同じ相手と仲が良くなってしまったようだ……。
氷高にとっては大切な友達である喜多見だが、その本性は羊谷の情報をストーカーへと売り渡している少々……いや、かなり性格に問題のある人物だ。
もちろん、その事実を氷高に告げるようなことはしない。俺がいきなりそんなことを言ったら混乱するだろうし、何より一度目の人生での喜多見が転校した後の氷高の寂しそうな顔は、今でもよく覚えている。だからこそ、俺が何とかする。
できることならば、まだ喜多見がストーカーに情報を流していないと助かるんだが、羊谷が俺に助けを求めている以上、すでに喜多見は情報を売り渡してしまっているのだろう。
にしても、気に入る理由が「踏み込んでこないから」ってのが氷高らしいよな。
普通なら、本当の自分を知ってくれている人を好きになりそうなものだが、氷高は違う。
必要以上に近づいてこない優しさというのを理解しているからこそ、喜多見を信用して仲良くなったってことか。
けど、仲が良くてもお互いに少し距離があったからこそ、知り得なかった。
喜多見が羊谷にどんな感情を抱き、何をしてしまったかを。
「なら、よかったよ」
「うん。これからもお友達でいたい」
そうなると、羊谷のトラブルは一度目の人生とは違う形で解決する必要があるな。
仮にこのまま月山や射場達に任せてしまったら、前回と同じ結末になる可能性が高い。
一度目の人生でも、天田はおいしいところだけかっさらっただけで、実際に動いて解決していたのは、ほとんど月山や射場達なのだから。
◇ ◇ ◇
人生とは予想外の連続だ。それは、たとえ人生を二度経験していたとしても変わらない。
羊谷美和の転入。そこからまさかの騎士選抜合格。予想外の展開だし、最悪だ。
これから、俺は相当面倒なことに巻き込まれてしまうだろう。
あぁ、学校に行きたくない。月曜日なんて来なければいい。
羊谷め、俺に面倒事を持ってくるお前が憎くて憎くて仕方がないよ。
そんな風に考えていたわけだが……
「羊谷、グッジョブ!!」
今の俺は、歓喜の涙を溢れさせながら羊谷美和へ感謝の言葉を告げていた。
「私は全然嬉しくないんだけど……」
現在は、朝の登校中。
いつものようにユズと氷高と共に家を出ると、なんとそこには羊谷美和がいたではないか。
羊谷自身も俺を驚かせようとしていたみたいだが、逆にとんでもなく驚いていた。
そりゃそうだ。俺と一緒に、氷高命が現れたのだから。
困惑した表情のまま「同棲してるの?」と聞いてきたので「していない」と返答。
そのまま、当たり前のように俺の横に並び、一緒に学校へと向かおうとしたわけだが、
「カズの隣は私だから!」「かずぴょんの隣は私」
両サイドにユズと氷高が立ち、見事に羊谷をブロックしてくれたのだ。
俺は左手をユズと、右手を氷高と繫いでいる状態。羊谷は、完全に蚊帳の外。
久しぶり……実に、二六二時間ぶりにユズと手を繫げたことに、俺は涙が止まらない。
これが、俗に言う焦らしプレイと呼ばれるものだったのだろう。
まったく、お茶目な天使さんだぜ。
「あ、あのさ、石井君……。できれば、私の話を……」
三人で並んで歩く中、背後にいる羊谷が遠慮がちにそう言った。
すぐさま、俺ではなく氷高が振り向き羊谷へ答える。
「かずぴょんへの話は、事前に私を通してから。審議結果、不合格」
「氷高さんにすら、通せてないんだけど!?」
悲しき羊谷の声が、通学路に響いた。
そこでターゲットを変更したのか、今度はユズへと語り掛ける。
「ねぇ、妹ちゃん。貴女からお願いできない? 私の話を──」
「ユズへの話は、事前に俺を通してからだ。審議結果、不合格」
「もはや、通れる部分が見当たらないんだけど!?」
当然だろう。そもそも、なぜ話を通せると思っているのだ。



