主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2
第二章 脇役とは、明るい部屋の中で、そこにある答えを無視し続ける人だ ②
「あいつ、局所的には頼れる奴だから……。すごくがっかりだけど……」
「その時点で、頼りたくなくない?」
完全に想定外だ。まさか、月山が持ち前の正義感を振るってしまうとは……。
くそっ! 俺も、中身のない意味深なことを羊谷へ言っておけば……っ!
「というわけで、石井君。君に話を──」
「断る」
「はやっ!」
むしろ、遅いと思え。言葉を発するのを待ってやったんだからな。
「ねぇ、お願い……。どうしても、君にだけ話したいことがあるの……」
はい、きました。羊谷お得意の、サバサバな私が弱気な一面を見せる戦法です。
くせぇ、くせぇ。掃き溜めと吐瀉物をシェイクしたような匂いがプンプンしてるぜ。
言っておくが、今この場にお前のストーカーが現れたとしても、俺は大喜びでストーカーにお前の身を差し出すぞ。なんなら、そのまま事の顚末を見守るね。
「奇遇だな。俺は、お前とだけは話したくない」
「ほえ?」
お得意の戦法が通用しなかったことに、羊谷が目を丸くしている。
ふん。日常的に氷高という美少女と過ごしている俺をなめるなよ。
「面倒な話だったら、月山に話せ。あいつは、正義感が強いから助けてくれるぞ」
「まさかの友達に丸投げ!? 君、それはどうかと……」
「アレは友達じゃない。勝手にくっついてきてる吐き捨てられたガムだ」
「さっき、頼れる人って褒めてたよね!?」
「そうだ。局所的に頼れる正義感と自尊心の高い、吐き捨てられたガムだ」
「友達じゃないところは、譲らないんだね」
当たり前だ。
「なんていうか……ほんと話に聞いてた通りの人だね……」
「話に聞いてた?」
俺が質問をすると、羊谷がしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「興味ある?」
「少しある。話す気があるなら話せ」
「どうしよっか……って、どこ行くの!? まだ、途中じゃん!」
意味深に引っ張るなら、聞く必要などない。話す気がないと判断する。
「ちょうどお客さんが来た。そっちの対応をするから、何も買う気がないなら帰れ」
「ぐぬぬ……。手強い……」
こっちの台詞だ。露骨に敵対心を見せれば怒って帰ると思いきや、まるで帰る素振りを見せないじゃないか。……そういや、天田に操られている時の射場達も似たようなものだったな。
ヒロインは諦めが悪い。俺に不都合であれば、不都合であるほど。嫌な世界のルールだ。
それから先も、羊谷はうちの店を去ることはなかった。
勤務中の俺に話しかけ続けたり、何も買わずに長居したりするのは注意の対象となると理解しているようで、羊谷は時折おにぎりや飲み物を持ってレジへやってきて俺に対して「仲良くしようよ」と語り掛ける。決まって、氷高が別のお客さんの対応をレジで行っている時にだ。
その度に、氷高が恐ろしい視線を羊谷へ向けているが、どこ吹く風。
一口スイーツ、菓子パン、文房具、日用品と様々なものをレジに持ってきては俺へ語り掛ける羊谷。さすが、人気Vチューバー。財力が違う。
自由に使える金という観点だったら、月山よりも多いのかもしれないな。
が、そろそろ限界が近いのだろう。財力ではなく、筋力が。
「あ、あのさ……。少しは、可哀想だと思わない?」
うんざりとした顔。
両手に、様々な商品がみっしりと詰まったレジ袋を全部で三つ持ちながら羊谷が言う。
在庫処分に困っていた物まで、お買い上げいただきありがとうございます。
「まったく、思わない。お前が勝手にやったことだろ」
今回の購入品であるシャーペンのバーコードを読み込みつつ、一言。
「じゃあ、迷惑だからせめて話を聞くとかは?」
「ないな。もう聞きたい話は聞けたし」
複数回のレジ襲来の際、先程思わせぶりに語っていた「聞いていた通りの人」の内容も聞くことができた。羊谷はクラスメートから俺について「誰とも仲良くしようとしない変な男」と聞いていたらしい。誰とも仲良くしようとしないわけではない。
氷高とは仲が良い。他はそうでもないが。月山? あれは勝手にくっついてるガム。
そろそろ、粘着力が落ちてくれないかと期待している。
「なら、教えてほしいんだけど、どうしてそんなに私を避けるの?」
「俺はお前を避けているんじゃない。基本的に、大抵の奴を遠ざけている」
比良坂高校の連中には、一度目の人生でとんでもない目にあわされているからな。
理想を言えば、氷高以外の全員と一切合切関わらずに過ごしたいと思っている。
「その理由を教えてよ」
「人間なんて簡単に裏切る。だったら、最初から仲良くならなければいい。仲良くなるのは、裏切られたとしても許せる相手だけだ」
「ふーん。なら、氷高さんはそれに該当するんだ?」
「ああ」
そう告げると、ちょうど休憩に入っていた氷高が、すかさず事務所から出てきた。
先程までは羊谷を敵意MAXで睨みつけていたのに、なぜか今はすこぶる上機嫌だ。
そのまま、唐揚げ棒を取り出して自ら購入。それを羊谷へと差し出した。
「よくぞ、その言葉をかずぴょんから引き出した。褒美にこれを授ける」
「わっ! ありがとっ!」
お前が絆されているんじゃない。
「じゃあ、石井君じゃなくて氷高さんに──」
「帰って」
「ここから仲良くなる流れじゃないの!?」
が、ブレないところはまったくブレない。
唐揚げ棒を手渡すと、すたこらさっさと休憩のために事務所へと戻っていった。
上げてから落とすスタイルである。
「まぁ、今日はこのぐらいにしておくか……」
「二度と来るな」
「やだよ。だって、私も石井君と同じだから、さ」
なぁ〜にが「、さ」だ。
どうせあれだろ? 私も人を簡単に信じられないんだ。だから、みんなと仲良くする。同じ笑顔を見せていれば、本当の心を見せずに済むからみたいなことを言うんだろ?
「私も人を簡単に信じられないんだ。だから、みんなと仲良くする。同じ笑顔を見せていれば、本当の心を見せずに済むから、さ」
本当にまるっと同じことを言いやがったよ、この女。「、さ」をやめろ「、さ」を。
胡散臭い哀愁が漂っていて、鼻がひん曲がりそうだ。
「今日は迷惑かけてごめんね。話せて嬉しかったよ」
が、本人は哀愁形態になることで俺の興味を惹けるとでも思っているのか、去り際に寂しげな流し目をかましながらコンビニから去っていった。
なので、流れ作業的に「ありがとうございましたぁ〜」と伝えておいた。
どうして、こうも面倒な事態に巻き込まれるかね。
◇ ◇ ◇
「かずぴょん、あの女はどうするの? 処す?」
バイト終わりの帰り道、ピュアな瞳で氷高がとんでもないことを言い出した。
なぜ、その顔でそんな恐ろしいことを言えてしまうのか。
「目につくほどのことはしてないし、処したくても処せないだろ」
「かずぴょん。もしも、自分じゃなくてユズちゃんがやられてたらどう思う?」
「処す」
「それが、今の私の気持ち」
なるほど。とても分かりやすい。
が、しかしだ。現状の羊谷を処そうにも、あいつはまだ何もやっていない。
一度目の人生での恨みは当然ながらあるが、二度目の人生で出会った羊谷は天田のヒロインになったわけではないし、実際のところはただ助けを求めているだけだ。
遠ざけはするが、さすがに処すのは難しいし、ちょっとだけ心苦しい。
「まぁ、勝手な憶測だと、何かに困ってて話を聞いてほしいんだろうな」
「助けたいの?」
「助けたい。ただし、俺は一切何もしない方法で」



