主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2
第二章 脇役とは、明るい部屋の中で、そこにある答えを無視し続ける人だ ①
転校してきて僅か一日で、羊谷美和は我が一年C組で人気者としての地位を確立させた。
(表面上は)サバサバした性格の羊谷は、男子も女子も気にせず声をかける。
美少女というのは、男子生徒にとって声をかけづらいものだが、羊谷は自分から話しかけてくれるのだから、男子からしたらこれほどありがたい存在はいないだろう。
加えて、人間関係のバランス調整能力も高く、男子から話しかけられている時は、率先して女子に話を振って、会話の輪の中に取り入れる。
これにより、「あいつは男としか話さない」という厄介な僻みを封じ込み、誰とでも仲良く話す気さくな女の子というポジションへと収まった。
ここまでの流れは、一度目の人生と同じ。後に天田のハーレムへと組み込まれる羊谷だが、転校してきてからすぐに参入したわけではない。
むしろ、最初の一週間は交流なし。なぜなら、この時期に羊谷は見定めていたからだ。
自分をストーカーから守ってくれる、騎士となり得る人材を。
そうして、選ばれたのが天田照人。理由は、「誰よりも自分に興味を持たなかったから」。
誰とでも気さくに会話をする羊谷は、その性格と外見が相まってすぐに恋愛感情を抱かれてしまうのが悩みだったそうだ(俺は噓だと思っているが)。
だからこそ、信じられるのは表面上の自分ではなく内面を見てくれる男。サバサバと気さくに話す自分に恋愛感情を抱かない男こそが、羊谷の求めている存在だった。
いや、そんな理由で選ぶなよ。ストーカーなんてやばい相手と対峙するんだから、メンタルよりもフィジカル重視で騎士は選べよ。
で、一度目の人生では転校してきた翌週の月曜日に、羊谷が天田に近づくところから羊谷編が本格的に始まるのだが、もちろん二度目の人生である今回では、そのような展開にはなっていない。なぜなら、そもそも天田が学校に来ていないから。
偽りの断罪劇を繰り広げ、ヒロイン達からの信頼を失った天田は絶賛不登校中。
これでは、騎士として選べない。
問答無用で受けさせられる羊谷選抜試験、唯一の回避方法だ。
では、誰が羊谷をストーカーから守る? 誰が羊谷の騎士として選ばれる?
俺は絶対に嫌だ。
事情を知っているからこそ、危険なことに関わりたくない。
だが、羊谷に一切関わろうとしないと、「誰よりも自分に興味を持たなかったから」という合格項目を満たしてしまい、うっかり選抜試験に受かる可能性がある。
しかも、今は天田が学校に来ていないんだ。これも、合格率を上げる要因になるだろう。
なので、密かに保険をかけておいた。それが、月山遠ざけ作戦だ。
羊谷の騎士選抜試験は、羊谷に対して興味を持たなければ合格率が急上昇する。
一度目の人生では、誰よりも先んじて羊谷へ声をかけにいった月山だが、二度目の人生の月山には大きな変化が起きている。当初の予定よりもかなり早く、そして一度目の人生よりも悲惨な状態で『がっかりプリンス』の称号を獲得したことだ。
その結果、月山は自らの評価が落ちることを極端に恐れる男になった。
そこに加えて、予め俺から羊谷の話を意味深に振っておけば興味よりも警戒心が勝り、羊谷へ声をかけることはないだろうと判断したわけだ。
その目論見は大成功。俺の話を聞いた月山は、警戒心を増して羊谷に近寄らなかった。
これにて、羊谷選抜試験の合格条件である「羊谷に興味を持たない」の条件をクリアしたわけだ。あとは、来週の月曜日あたりにでも羊谷が勝手に月山に相談してくれるだろう。
そうすれば、俺は一切合切関わることなく、羊谷イベントは消化されていく。
正義感の強い月山であれば、羊谷が相談すれば間違いなく力を貸すだろうからな。
しかも、運動神経抜群のフィジカルを持っているうえに、家は金持ちなのだから、パワーとマネーパワーの両方で、羊谷の悩みをちょちょいのちょいと解決してくれるに違いない。
一度目の人生でも、羊谷のストーカー問題を解決する時に最も活躍したのは月山だったからな。なのに、肝心の羊谷は天田に恋をするんだから、月山も気の毒な奴だよ。
だけど、大丈夫。今回の人生では君が主役だ、月山。
是非とも、羊谷との素敵なラブコメディを堪能してくれ。
そんな風に思っていたわけだが……
「へぇ〜! ここが、石井君の職場かぁ! ちゃんと、働いてるねぇ! 感心、感心!」
日曜日の一五時三〇分。
どういうわけか、羊谷が俺のバイト先であるコンビニへやってきた。
商品の陳列をしている俺の横で、カラカラとした笑いと共に店内を興味深そうに見回す羊谷。この世界は、俺に途方もなく不都合にできているようで、なぜか客はゼロ。
客がいれば、「お待ちのお客様がいるので」作戦が使えるというのに、困ったものだ。
「氷高さんも、やっほ!」
レジに立つ氷高に対して、何も考えていなさそうな笑顔で手を振っている。
もちろん、氷高からの返答はなし。むしろ、怒りの臨界点を突破しているのか、背後から途轍もない吹雪が吹き荒れかねん表情で羊谷を睨みつけている。
「ありゃ? 仲良くなれない感じ?」
キョトンと首を傾げながら、俺に確認。
「そうだな。諦めて帰れ」
「うわっ! こっちも冷たぁ……。泣いちゃうよ?」
「どうぞご自由に」
「ふふ。いいねっ!」
これだけ冷たくあしらわれているくせに、羊谷は嬉しそうに笑っている。
なんだ、こいつは。男に冷たくされると、興奮する性癖でも所持しているのか?
「ちょっと石井君と話したいことがあるんだけど、時間とか作れる?」
「バイト中だ」
「休憩とかは?」
「休憩とは休むために使うものだ。疲れるために使うわけじゃない」
「私と話すのは疲れる?」
「存在が疲れる」
「そこまで言われることした!?」
した。一度目の人生で、貴様が俺や俺の家族に何をしたと思う?
冤罪による断罪によって立場を失った後、貴様は人気Vチューバーである立場を利用して、配信内で俺の話をしたんだ。しかも、俺の家族の話もな。
それが原因で、俺だけじゃなく俺の家族まで特定されて、父さんは再就職先を見つけるのにメチャクチャ苦労した挙句、再就職先でとんでもない嫌がらせにあい、ユズは通っている学校でいじめを受けるようになった。
その後、父さんは肉体的疲労が重なり事故を起こして命を落とし、ユズは精神的疲労が蓄積されて信号が赤であることに気がつかずに車道に出て命を落とす。
つまり、こいつは一度目の人生で間接的にとはいえ、父さんとユズを殺した女。
だけど、それは天田に利用されていたからだ。天田にその無垢な恋心を利用されて、騙されていた羊谷も被害者だ──なんてことは、微塵も思わん。いいから、とっとと失せろ。
「そっか……。確かに、君と話すのはこれが初めてだしね」
背中にゾワッと寒気を感じた。やばい……。このセリフは、マジでやばい……。
いや、ないよな? まさか、俺を騎士として選ぶなんてことは……
「この一週間、君だけは私に話しかけなかった。私に興味を持たなかったよね?」
オワタ。こちら、合格通知にございます。
一度目の人生で、天田が騎士として選ばれた時と同じ言葉にございます。
いいや、諦めるな。
「月山もだろ」
「え? 月山君? 一昨日の金曜日に、廊下を歩いてたら急に後ろから『悩みがあるなら相談しろよ』ってニヒルに言ってきて、いい人だとは思ったけど不気味さが勝ったよ?」
がっかりだよ! 本当にがっっっっかりだよ!!
なぁ〜にぃ〜、無駄に正義感を出してるんだよ! お前はもっと保身に走れや!
敵だった時は厄介なくせに味方になるとポンコツとか、貴様はハマーン様(スパ○ボ)か!
東方で不敗のおじいちゃんを見習え!



