錆喰いビスコ

17 ①

 しもぶきの雪原地帯を北東へけると、一面のこうがそこに広がっている。

 もとは巨大な湖ががってできたと言われるこの『きたみやだいかんばら』は、旅商人達には単に『かわばら』と呼ばれ、されてきた。

 産物もなければ文明もない不毛の地、というのももちろん理由の一つだが、通行にかくてき便利なこの地形をぎようしようにんが通らないのは、ここに日本政府所有の軍事基地が存在するからに他ならない。近寄れば、軍人にひまつぶしにころされる、というのも、商人達の間では通説であった。

 その、軍事基地内部である。

 一台のジープがつちけむりを上げてせつに入り、止まった。

 ドアが開くと、そこからがらな老人が外へされて、顔を強く地面にこすった。


「おーいおいバカバカやめろって。目上に対する敬意がねえんだな、こいつらには……」


 おくれて車を降りたくろかわが、血のにじむ右目の包帯を気にしながら老人へ近寄り、助け起こそうとする。老人はそれをはらいのけてくるりとき、ぎょろついた眼でひとにらみくれてやった。


れるない。ほうほうみよるわ」

「くく」くろかわは笑って、ジャビにいどみかかる黒スーツを片手で制した。ビスコに吹っ飛ばされたはずのそれは、もう新しい義手にこうかんされ、ぎらぎらと銀色に光っている。


「元気なじいさんだよ。そうでないとな。めい土産みやげわたがない」


 歩き出すくろかわの前方をあおれば、角ばった建物ばかりの軍事せつには異質な巨大なドーム状の建造物が目に入り、どうやらそこへくろかわは向かっているようであった。


(何を考えている……?)


 黒スーツに背を突き飛ばされ、ジャビの思考はさえぎられた。黒スーツ達は、その冬虫夏草みたいな不気味な頭をかくすためか、カエルやらヒツジやら、一様に不気味な、どうじみたふくめんで頭をおおっている。ジャビは自分をばした黒スーツの前につかつか歩くと、そのかんしたたかにげてやって、もんぜつするそいつを後にけろりとくろかわに従っていった。


「そこまできもわってると、こっちもやりやすいな。人質とはあんたのようにあるべきだ」


 くろかわはジャビのとなりへ並び、げん良さそうに話す。暗いせつの中はむわりと立ち上る熱気がすさまじく、ゴウンゴウンとひっきりなしに動く機械のどうおんで、話す声すら聞き取りづらい。


「興味ないのか? 何故なぜあんたを……その、殺さないのか」

「今日が、敬老の日だからじゃ」

「っははは……。大したじいさんだ」


 くろかわじようげんはくしやをかけて、手下が差し出したファンタグレープを引ったくると、四口ほど飲んでそいつを放り捨てる。


「それだとあんたを明日殺さないといけなくなる。まあ、見てもらったほうが早いんだ」


 足場だけのエレベーターに乗って、上階へ上がってゆく。やがてエレベーターのながめが開けると、巨大なドームの中心にある、赤熱化したマグマの海のような一帯が目に飛び込んでくる。


ようこう……?)ジャビは目をらし、その全容をたりにして、きようがくにわなないた。


(これは……!)

「お前達、キノコ守りをはくがいして手に入れた、サビツキアンプルのおかげで……サビツキかんじやが、減ってるのは事実さ」くろかわは、ジャビの後ろからおおいかぶさるようにして、耳元に語りかける。「そうすると……じゆようと供給のバランスが、くずれちまうよな。薬が余ってるなら……かんじやの方を、増やさないといけないだろ?」

「ばかな……こ、こんな……!」

さびを、てるのさ」


 くろかわが口角をげ、「にやぁ」と笑った。

 ようこうに見えたものは、高温につ、人工の『さび』であった。このドーム全体が、じんてきさびを生産するための、およそ人道の真逆をいくせつだということに、流石さすがのジャビも、けんに総毛立つ身体をおさえきれなかった。


「自然発生するかぜ、なんてものはな。もうしばらく前から、えいきよううすいんだ。かんじやは、減る一方さ。それならどうする? ジャビ。とよとみひでよしなら何て言うだろうな。吹かぬなら……」

さびを量産して……風を、じんてきに、吹かせたというのか! まさか、どうやって!」

「いい声出すじゃないか、じいさん」


 くくく、とくろかわは心底楽しそうに笑い、ひらりとジャビからはなれた。


「昔、日本をさびまみれにした巨大兵器は、その体内にさびを飼っていた。自分の中で、無限にさびを生成することができたのさ……」

「……。」

「そいつだよ。そこでてるそいつが、東京に穴を空けて、日本をさびの海にしずめたんだ」


 ジャビはようこうに視線をもどし、赤熱するさびの海の中央にしずむ、巨大な人のがいこつのようなものを見て取る。うすく、のようなものを持つそれは、その胸部にある巨大な心臓を定期的に脈打たせており、どうやらそれがさびの母体になっていることはちがいないようであった。


「テツジン……!」

「日本に現存する五体……だか六体だか諸説あるが、うち一体の生きたテツジンがこいつだ」


 絶句し、よろよろと後ずさるジャビを腹に受け止めて、くろかわやさしくかたたたいた。


「老人にはげきが強すぎたな。ほら、ついたぞ。まあ座ってくれ、ほら行こう」


 ドームにせり出すように位置した管理室に、ずらりとふくめんが並んでいる。ジャビはくろかわに引きずられるようにしてまどぎわに座らせられ、目の前にコーヒーカップをたたくように置かれた。


「べつにテツジンを動かそうってんじゃない。ただ、は生きてる。そこでてるさびかたまりを、たまめて。このドームのとなりにある、ガネーシャほうっぱなす。ドカーン。っつーと、もう、そこでかぜが吹くんだ」


 管理室のガラス張りの窓からは、横たわる巨人の骨と、赤くえるさびの海がよく見えた。


「とりあえず今は、ゆうこく? とかいうところに一発必要でな。つつへびとかいうさびいの元を、ぜんめつさせにゃならん」

「ばかな……! おぞましいと思わんのか。こんな、人道にもとる……」

「そんな感覚がオレにあれば、そもそも、お前らを裏切ってはいない」くろかわはジャビの横へ座り、ずい、と眼前へその顔を寄せた。包帯からす血のかおりが、ジャビの鼻を焼く。


「オレと組め、ジャビ」

「……。」

「オレが、大量のさびいをかかえてることは、知ってのとおりだ。パンダ医師が言うには……さびいの効力をかくせいさせるためには、キノコ守りの血が必要らしいんだよ……それこそ、採取した量からすれば、オレが百人いたって足りねえだろう」


 くろかわは声を低めて、老人をいたぶるように、じっとりと続けた。


しんせんな、若いキノコ守りをりすぐって……提供してくれないか。もちろん金は出す。残ったキノコ守り全員に、飯も、住居も。プール付きでな。お前が、長として説得するんだ、キノコ守り達を。簡単だろ? 尊いせいで、命が助かるみてえな演説を、一発さ……」

しやべるな、どうの、毒キノコめが。そんな申し出、ワシが受けると思うのかよ」

ちがう。受けるしかないんだ、ジャビ。言っただろ、日本のどこでもさびの海にできると。ゆうこくの前に、お前らキノコ守りの集落に、ってやってもいいんだ」


 ぐ、と言葉にまり、二の句のげぬジャビに対して、ほこったくろかわの笑みがせまる。


「言えるよな? じいさん。うんと言ってくれ。オレと……組むか?」

くろかわ……」

「ん?」

「もうちょい、近う……」


 言われるがままに顔を寄せた、くろかわはなつらに、

 ごずん! と、ジャビがしたたかにその額をたたきつけた。


「ひひひひ。バァーカ。つんなら、ちゃあがれ、ぼけ」


 鼻血を吹き散らかしてもんぜつするくろかわを見て、げらげらと笑うジャビ。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
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